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子供と大人と善と悪?

 私の記憶が正しかったなら、子供の頃は何をしても楽しかったように思います。・・そして飽きるのも早かったようです。・・子供は興味を持つ天才であり飽きる天才なのかもしれませんがそれが子供の無邪気なところでもあります。
 
 それが段々と成長して行くうちに行動に意味を求めるようになります。・・その結果、教養に執着し、金や物、地位や名誉に執着するようになります。・・それらに一体全体、なんの意味があるのでしょうか?、それは単に利己主義的な自己顕示欲もしくは自己満足にすぎないと言えなくもない。
 
 この世に悪があるのなら、それは執着する事と言っても良いと思います。・・そして善は執着しない事です。・・物への執着、人への執着、そして生への執着。・・・全ての執着を断ち切る事で人は始めて自律できるのでしょう。・・そして、真の幸福とは自律の事ではないでしょうか?・・本日の考察終了。

 私はある時、この世の全てのものは『主と客』によって成り立つと確信した。・・『主と客』とは解かりやすくいうと『プラスとマイナス』の事である。・・早い話が『表裏一体』という事である。・・天と地、表と裏、善と悪などであるが、私流に『主と客』とした。・・主は主観の主であり、客は客観の客であるが、主体と客体でも良いでしょう。
 
 私は始め、主と客の関係を対比の関係としていたが、対比とするには違和感が残る。・・この違和感こそが私の閃きであり客観である。・・そしてある時、主と客の関係は『流転』ではないかという結論に達した。・・流転とは、主と客が少しづつ入れ替わることであって、それが延々と繰り返される事である。・・主と客の関係を流転とすることで私の中の違和感は解消した。
 
 そして、『生と死』の関係も『主と客』の関係に違いないと確信した。・・例えば、我々がご飯を食べてウンコをする。・・これ即ち流転である。・・我々を主とするならば、ご飯は客であり、ウンコは主である。・・これはまさしく客を取り入れて主を排除する、そしてそれが繰り返される。・・生命活動そのものが生の世界と死(不)の世界が少しつづ入れ替わる事によって生じているのである。
 
 人間の体の細胞は約3年で全てが新しいものと入れ替わるということは、3年歳をとるごとに3年分死んで3年分生まれていることである。・・そしてその現象が全ての万物において繰り返されているとしたら、輪廻転生はあると言えないだろうか?。・・・本日の考察終了。 
 
 
 

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