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旋回からの続きですが、その高齢の旦那さんは雪かき途中の狭い道路からバックで車を車庫に入れようとするだろう、そして失敗して動けなくなると私は予測していました。・・おかげで私ともう一人近所のお父さんとが脱出を手伝わされる羽目になったのです。
無事脱出に成功したものの、私は愚痴の一つも言ってやろうと思って、前進で良かったんじゃないの?って言うと、出るとき出にくいって言うんです。
やはり車を停めるのにも何かしらのこだわりがあるようです。
私は若い頃から今日まで、どちらかといえば面倒な事は後回しで、それが車の止め方にも表れるのかもしれない。・・その結果が経済的弱者。
私が高齢の旦那さんというのは地元では名家で町長まで務めた事がある人だ。・・別に尊敬をしているわけでもないが、お金に不自由している様子はない。
私はこれからもバックで車を停めることなどめったに無いだろう。・・そしてそれが貧乏人の貧乏人たる由縁なのかもしれない。
追記、以前ほんまでっか?テレビで学校の宿題をちゃんとやった子供の方が大人になってからの年収が高いというのを聞いた事があります。・・私はほとんどしませんでした・・・。
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プチ哲学
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私なんかはまずバックで駐車する事などめったにないのですが、他人の様子を見ていると不自然なくらいバック駐車にこだわっている方を見かけます。・・車を駐車場に停める時はバックで停めておいた方が出る時出やすいという事はよく分かるんですが・・・。
昨日の大雪が一段落して雪かきをしておりましたら、隣の高齢の旦那さんが車庫に車を入れようとしていました。・・そのまま全身でズドーンと駐車すれば何の問題もないように思われるのですが、高齢の旦那さんはバックで駐車しようとしています。
結果、案の定、吹きだまりにタイヤを乗り上げて動けなくなってしまいました。・・それから無理に脱出しようとしたせいで前と後ろのバンパーが雪の壁に接触して歪んでしまったのです。・・新車で買って何年も乗っていないコンパクトカーなんですけどね。
そこで私が何を言わんとしているのか?、車を停める時は出るとき出易いようにバックで停めるべきか?、これは哲学の問題であり、その人の将来性の問題で、どちらが正しいのかじっくり検討しようと思います。
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悟りとは何か?、私には分からない。
ただ、悟りの境地まで到達した人間は、もう生きる必要などないのだ・・。
チベットの高僧は、悟りの境地に達すると自ら息を止めて死んだという。
しかし、人生の目的が悟りの境地かと聞かれれば
そうでもないみたい
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生きるも死ぬも同じと思える究極の平常心を習得した者に与えられる力。
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