プチ哲学

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 過去数回にわたって精神の開放をテーマで書いてきました。・・神や仏は誰の心の中にも存在します。・・私の想像する神や仏とは、自我を完全に消去した人間です。・・人間が神や仏になる事は論理的には可能ですが物理的には不可能と言いましたが、インドの山奥で何年も修行すれば可能なのかもしれません。
 
 自我を完全に消去した人間とは、あかんぼうのようなものかもしれません。・・あかちゃんにとって、見る物、触れる物、聞こえる物すべてが考える世界ではなく感じる世界なのだと思います。・・・私は、神や仏などになりたいなどとは思いません。・・現代人として生まれて来て、現代人としてそれなりに幸せに生きる事が出来ればそれで良いのです。
 
 だだ最後に一つだけ言っておきたい事は、本性を忘れてしまった人間は、決して幸せにはなれないということです。・・人が人として生まれて来て、本来の人があるべき姿を忘れてしまってはいけないのです。

 簡単な自己啓発法のように軽く考えていただければ、良いと思います。・・自我が強い人は、自意識過剰に陥りやすいと思います。悪くすると自己中にもなりかねません。・・少しだけ自我を抑制することで、本当の自分の本心が求めているものが見えてくるのかもしれません。

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自我の抑制?

 前回私は、自我を抑制することが大切であると述べたましたが、では何故そうすべきなのかを説明したいと思います。・・例えば、とんびやからすには自我がありません。・・そしていつか自分が死ぬという事さえ知りません。彼らは自分がとんびである事もからすである事も知らないで生きているのである。
 
 したがって、彼らは自らの本性で生きているわけであるが、人間には自我があり、いつか死ぬ事も知っているのです。・・そして人間は人間らしく文明人らしく生きようとするのですが・・・。もしそれが本来の人間の本性でないとしたらどうでしょう。
 
 きっと人間の心に矛盾が生じ、思想に矛盾は生じる。・・したがって社会全体に矛盾が生じるわけです。・・おそらく現代社会に生きる人間は、本来の本性とかけ離れたところで生きているようです。・・自我を抑制することで本来人はどういきるべきなのかが分かってくるに違いないからである。

 現代人はなんらかの形で精神に抑圧を受けていると言う事には、大概の人は認識している事と思います。・・最近の考察によると、人間が生まれてすぐは精神の抑圧はありません。・・「オギャー」と力いっぱい鳴くのは、100パーセント純粋な本能の声であります。
 
 それから赤ちゃんが成長して物心が付くと、家族を認識する事が出来るわけですが、更に成長すると「生きているものは必ず死ぬ」という事を知るのです。・・この辺からでしょうか?、「自我に目覚めるのは・・・」。
 
 人間が自我に目覚めた時から精神の抑圧は始まります。・・・聖書に「幼子のような者が救われる」と書いてあるのは、自我の無い者が救われるという意味ではないでしょうか?・・これは歴史上類をみない聖書の解釈のしかたでありますが、ほぼこれで間違いないでしょう。
 
 仏教の本来は自我を消してしまうことですが、これは一般人には難しいです。論理的には可能でも物理的にはふかのう?・・ですね。・・ということで、自我がある限りは人は救われないのである。・・しかしながら、ある程度の自我は訓練によって抑えることが出来ます。・・機会があれば「自我の抑制法」について書きたいと思います。・・・それは、人の幸せにも通じる道であると付け加えておきます。

道徳の危険性?

 道徳教育が衰退してしまうのは悲しい事であります。・・善悪の認識が欠如していると言われる現代社会において、唯一の希望が消えてしまうような気がします。・・ぜひとも道徳教育は続けていただきたいものです。

 しかし、最近私は道徳教育で教える、良い事、良くないことが、じつは間違いではないのか?という疑問を抱き始めたのであります。・・例えば「人に迷惑をかけてはいけない」とか・・。
 
 人が生きていく以上は必ず他人のお世話にならなければいけないのであるが・・・お世話になる事=迷惑をかける事でないかい?、などと思ってしまいます。・・・ドラマや映画を見ると、主人公は「人の迷惑かえりみず」みたいなヤツばかりで、それがまた魅力的にも思います。
 
 多少の迷惑は許されるべきだと思います。・・迷惑はお互い様で、困った時もお互い様で良いと思います。・・「他人に迷惑をかけてはいけない」、このことで「精神を抑圧」してはならないのです。

 いけないのは「危害」であって「迷惑」ではない。

 
 

 「人は何の為に生き、・・何処から来て、何処に行くのか」などを論理的に考える。・・それが哲学と言うものであろう・・。・・そして、皆は必ずと言って良いほど生きずまる。・・論理では説明できないことのほうが多いのだ。・・そして皆、出口を見つけられずにいる、そして悩み、苦しむ・・。
 
 しかしながら、その答えは簡単である。・・窓を明けて外を見渡せば、蝶は花の蜜を吸い、小鳥達は戯れ、とんびは自由に大空を舞う。・・彼らは何の為に生き、・・何処から来て、何処に行くのかなど考えているはずなどない。・・それでも生きている。・・それが生きるという事なのです。だだひたすら生きる為に生きる、それが本当に生きることなのである。

 何の為に生きるのか?、考える事すでに非論理的なのです。・・人間が人間であるが為に考えてしまうのはわからんでもないが、人間である前に一種類の野生動物なのだということを自覚するべきである。・・そして、人間らしく生きたいが為に本来の動物らしさを失うべきではないのです。

 きっとそうすることによって、人間は人間らしく生きなくてはならないという抑圧から解き放たれ、動物としての本能や、輝き、みなぎる生命の息吹が蘇るのではのではないでしょうか?。


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