プチ哲学

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 最近はそのように考えるのが妥当ではないかと思います。・・当然、人によって個人差はありますからいちがいには言えませんが、おおむねそれでよろしいかと思います。・・説明に入る前に、私の祖父と祖母の話をしたいと思います。

 祖父が畑仕事から帰ると、家には婆さんがいて「両親から、ここに嫁に行けと言われて参りました」とのことであります。・・婆さんは17才だったと聞いております。そして、二人は夫婦となり一生連れ添いましたとさ?。・・二人が愛し合っていたかはわかりません。・・昔はそんなもんだったのかもしれません。
 
 私の最近の考察によると、教育が発達して頭が良くなると、物事を論理的、合理的に考えるようになりますと、心の領域が狭められる事によって人格形成が困難になるのではないか?という仮説であります。・・昔の人は結婚が早かったといわれるが、既に若くしてそれなりの人格を形成することが出来たのだと考えます。
 
 女性のほうが精神年齢が高いといわれるが、それは男性のほうが物事を論理的、合理的に考える傾向があると考えると一部うなずけるところもあろうかと思います。・・論理合理主義者は、人格が欠落しやすい、そしてそんな人が出世が早いなどのことを考えますと、やっぱり世の中おかしいぜ?。
 
 小学校の道徳教育がなくなるのはとても寂しいことだと思います。

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神と仏?

 私は無宗教人間ですが、「神と仏」は信じます。・・というよりは、存在します。・・私の中では、「神と仏」はまったく同じものなのである。・・それは、外的なものではなく内面に誰の心の中にも存在するものなのです。・・どんな人にも小指の先くらいはあるかと思いますが、その程度では気が付くのは難しいでしょう。
 
 しかし、私の場合のそれは親指くらいに成長しておりますので、とてもよく実感できます。・・「南無阿弥陀仏」と唱えれば救われる?。・・イエスを受け入れれば救われる?・・幼子が救われる?・・最近この意味不明な言葉の意味がようやくわかるようになりました。・・「なーんだぁ〜、こんな事か〜」って感じです。
 
 きっとそのことに気が付けば、人として動物としてより生き生きとした生涯を全うできるであろうと思います。・・ご興味のある方は質問していただければ、論理的に説明いたします。・・勿論無料。

宗教の危険性?

 前回私は、哲学は論理の学問であるのに対し、宗教は善悪の学問であると申しました。・・おおむねそれでよろしいかと思います。・・そしてあまり宗教に深入りするべきでないとも言いました・・その理由を少し説明したい。
 
 宗教の多くは人間の欲望を抑える為の教えが非常に多いのであるが、人間の欲望といっても様々であります。・・それをおおまかに二つに分類しますと、本能的欲求、物質的欲望です。・・後者の欲望を抑える事にはなんの問題もありませんが、前者の本能的欲求は抑えるべきでないと考えます。・・食欲、睡眠欲、性欲もです。
 
 人間が人間である前に、一種類の動物であると考えるべきでしょう。・・人間らしさ保つ事が動物らしさを失う事であってはならないのです。・・私の最近の考えでは、本能的欲求が満たされればある程度の欲望は自然に抑制されるはずです。

 よく食べ、よく眠り、よく遊び、よく愛し合う。・・他に何が必要だというのでしょうか?。・・最近の少子化問題、若者の無力化、などを考えますと、拝金主義社会の闇といってもよいでしょう。・・もう一度人間は人間である前に、一種類の動物であると言う観点にたって物事を考えるなら、あなたがたの拝金主義社会によって抑圧された精神が解放に向かうであろうと私は信じております。

哲学の危険性?

 最近の日本社会では、善悪の認識が欠けていると考えているのは私だけでしょうか?。・・その大きな要因として日本人の宗教離れが考えられます。・・宗教に深入りする事はあまりお勧めできませんが、宗教は善悪を学ぶには最適な学問ではないかと思います。
 
 日本人の宗教離れは、すでに団塊の世代から始まっているのです。・・今の若い人にはさらにその傾向が強いようです。・・「人は何の為に生きるのか?」を論理的に説明するのが哲学なのですが・・。最近の若い人達、特にインテリジェンスな若者はその答えを哲学に求める傾向にあるようです。
 
 「論理はいきずまる」、この言葉は、日本を代表する頭脳の持ち主、数学者の藤原正彦先生の言葉であります。・・これだけ優秀な頭脳をもった人がいきずまるというのですから、一般人がいきずまらないはずがないのです。
 
 結果、多くのインテリジェンスな若者は悩み、苦しみ、無力化するか狂気化し、その多くは欲望に走る傾向があるようです。・・そして、完全な合理主義、論理主義、それに自由。その中から一握りの成功者が現れるのですが、・・・その代表がホリエモンであることは言うまでもない。
 
 ここで私が言いたいのは、合理主義、論理主義、自由主義によってもたらされた富の背景には必ず犠牲者が存在すると言う事であります。・・「マチガイ、ナイ」という言葉も付け加えておきましょう。・・永井ヒデカズでした。

 最近の私の考察では、これは案外言えてることです。・・きっと論理合理主義に走りすぎますと、人間の心の部分が失われていくからなのでしょう。・・・アメリカを例に挙げますと良くその事が分かります。   アメリカは徹底した論理合理主義でありますから、寂しいのです。・・常に世界のリーダーでなくては気がすまないのである。・・最近は日本もそれに似てきましたね。・・アジアのリーダー?「そんなもんにならんでもいいワイ!」と思うのは私だけでしょうか?。
 
 これは、人間にも共通だと思います。・・私自身もつい最近までは、「論理合理主義の寂しがり屋」でしたが、人間の本心のもっと奥底にある「善と悪を司るモノ」に忠実でいたほうが、いかに合理的で楽であるという事に気が付きました。・・物質的なもので人間は満足できないと分かっているにもかかわらず、物質的な欲望を抱いてしまう。・・じつに、非論理的で非合理的であることに気が付かなければなりません。・・そして、物質文明によって抑圧された精神から解放されなければいけないのです。


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