『自我の研究』

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 ヒトの祖先はサルだということは誰でも知っています。・・そのサルを更にさかのぼるとネズミらしいのです。・・いわゆる哺乳類の祖先です。
 
 昔の日本人は鳥や魚は食べても豚肉や牛肉は食べないのが普通でした。・・アメリカ人は牛肉を食べるから野蛮人だなどと言っていたものです。・・豚や牛を四つ足と言って食べる事を嫌っていたようです。・・何故でしょう?。
 
 私はそこに昔の日本人の高い精神性を感じます。・・豚や牛は人間と同じ哺乳類でありますから、それを食べることは共食いと同じと考える事も出来ます。・・子供の頃なんかは、さっきまで生きていたものが食卓に並ぶと可哀そうだからって食べることを拒んだりした記憶は誰にでもあるのではないでしょうか。・・そんな子供心にも高い精神性を感じます。
 
 戦後の経済成長のなかで私たち日本人は、脳みそで論理的、合理的に物事を考える事にとらわれすぎて、心で感じたり思ったりすることが衰えてしまったのではないかと思います。
 
 私も肉はよく食べますが、肉を食べるときはもう少し牛や豚に対して哀れみや感謝の気持ちをもって食べようと今思いました。・・本当は食べないほうが良いのかもしれませんね。

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 私の学生時代は、日本の教育は皆横並びでまるで缶詰工場みたいだと批判する人もいたように思います。・・私自身もそんなふうに思っていたように記憶しています。・・しかし最近は、子供の個性を伸ばすという考え方が主流になってきているようです。
 
 最近私は個性という言葉に疑問を感じるようになりました。・・個性を重視するという考え方を間違えると他者との隔たりを大きくしてしまうのではないかと思うのです。・・ヒトとサルのDNAは98パーセント同じだと言いますから、同じ人間どうしであるなら限り無く同じではないのかと思うのです。
 
 今から30年ほど前の日本は、社会主義国家で最も成功した国だと言った人がいるそうですが、そのころの日本にはまだ日本古来の思想が残っていたからだと思うのです。・・その思想とは『人も自然の一部であり、人も動物も生きているものは皆同じという考え方であり、即ち人も皆同じ』という思想です。
 
 それから時が経つにつれて、日本人の思想も随分と欧米化したようです。・・欧米の思想は『人間は特別ある。即ち私は特別』。・・非常に極端ではありますがそういうことです。
 
 西洋の資本主義の根底には『私は特別』とう考え方があり、社会主義の根底には『皆同じ人間』という考え方があるように思います。
 
 話変わって、つい最近『ALWAYS三丁目の夕日』って映画が話題になりました。・・映画のテーマは、『携帯もインターネットもテレビゲームも無かったあの頃、何故あんなに楽しかったんだろう?』らしいですね。・・私が思うには、あの頃は皆同じ貧しくて、皆同じ一生懸命で・・、きっと皆同じという思いが心の底にあったからではないかと思うのです。
 
 最近は自由競争などと言いますから、誰もがきっと自分は特別な人間だと思いたいようで・・「それじゃー誰も幸福にはなれないぜ」って思います。

 今日は手抜きで、最近読んだ本の一部を紹介します。・・・『欲望が肥大するのは、それが単純な身体的欲求を置換するからであろう。・・しかし単純な欲求は、単純であるだけに別なものでそれを満たすことはできない。・・別なものでそれを満たそうとしたとき、無限欲求の地獄におちいる。』
 
 この文章を読んだとき、私の最近考えている事ととても似ているので驚きました。・・と言うか、似たような考えの人を探していたのですが。
 
 人間が生きてゆくためにどうしても必要な食欲や睡眠欲などは欲望というよりは身体的欲求と言ったほうが良いのかもそれません。・・欲望とは意識の世界にあるのだと思うですがそれは妄想に過ぎないのではないか?と思ったりします。
 
 意識(自我)とは手段に過ぎないのではないか?・・意識に操られて生きるのではなく、意識を利用して生きるのが本来の人間だと思う。・・今後の私の課題でもあります。

 人間はサルが脳ミソが進化して人間になったと思っています。・・そうではないと考える方もいるのかもしれませんが・・。ここで考えたいのは、脳が進化する、いわゆる頭が良くなるということは果たしてそれは良い事なのでしょうか?。
 
 大概の人はそれは良い事だと考えるでしょうが、良い事もあれば悪いこともあると考えるのが正解ではないかと思うのです。・・その良い事や悪い事を考えたり、行ったりするのは人間の進化した脳ミソの意識の世界であります。
 
 宗教にも大きく分類すると、東洋の仏教と西洋のキリスト教ですが、仏教で言う『無』、『空』、『諸行無常』、『無我の境地』などは意識の世界ごと抑制するという目的ではないかと思うのです。・・それに対し、キリスト教は意識の世界に直接的にものの考え方や行いを教えているという感じがします。
 
 人間の脳ミソが進化しなければ、仏教もキリスト教も無用なものに違いありませんね。
 

 野性動物には肥満が無いと言います。・・何故肥満が無いのか考えるとやはり体に必要な分量しか食物を摂らないと考えるのが普通でしょう。・・私はそんな野生動物の生き方にある種の精神性を感じます。
 
 私は意識の世界と精神世界を分けて考えるようにしています。・・例えば私がマグロのトロを食べたいと思うのは意識の世界であり、私の体がそのように思うわけがない。・・身体にこそ精神性があるのではないかと思うのです。
 
 意識の世界が大きくなれば、精神世界は狭くなります。・・言い方を変えれば意識の世界が精神世界を抑圧しているのではないのかとも考えられます。・・真の幸福なるものがあるとすれば、それは精神が抑圧から解き放たれることだと思う。
 
 私は現代の日本に人間として生まれてとても良かったと思っていますが、もしかしたら野性の動物のほうがその何倍も幸福感に満たされているのかもしれませんね。・・勿論、幸せも不幸せも人間の意識の世界が創造した妄想にすぎないのだが・・・。


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