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両者とも自分で自分の命を絶つ行為には変わりはないのですが、自我の観点から考えると大きな違いがあると思うのである。 |
『自我の研究』
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例えばここに一つのりんごがあるとしよう。・・花子さんがこのりんごは美味しそうと思えばそれは花子さんの主観である。・・そして、他の誰かもこのりんごは美味しそうと思えば、そこに客観性が加わるわけであるが、誰もがそのりんごは美味しそうと思えばそれは、集団的主観にすぎないのである。 |
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私はどちらかと言えば、魂の存在を信じるほうかもしれません。・・たぶんそれは生命の源と言ったほうが良いと思います。・・それはきっとすべての生命に共通してあるものなのでしょう。・・ |
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私の持っている哲学書(まんが哲学入門)には、おもに西洋の思想は『自我』を中心とするのに対し、東洋の思想は『無我の境地』を重視する点に大きな違いがあると述べています。 |
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戦後、高度成長期を経て我々日本人の自我は間違いなく強く、もしくは大きくなっていると思う。・・自我が強いと言うのは、主観が強いものの考え方や見方に偏る、いわゆる欧米型の思想であります。 |




