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今の暮らしは決して楽な暮らしではない、しかし私はあえてそれを選んだ。・・それが心が求めるものだと思ったからである。・・脳は楽や贅沢を望むのに対し、心は苦労と質素な暮らしを望むのだと思う。 |
『精神世界の探求』
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私は最近ふと『閃き』で生きてみようと思った。・・何故そんな事を思ったのかと言えばそれは『閃き』である。・・私はある時、『客観』こそが『真の心』ではないかと思った。・・そして常に客観に目を向ける事で『真の心』にたどり着けるはずだと仮説した。・・しかし、私が私である以上『真の客観』であるはずがないと思う。・・なぜならばそこに主観が入るからである。・・真の客観は閃きにおいて他は無いと思う。 |
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私は最近、自分が今起こした行動、もしくはこれから起こそうとする行動が心に従ったものなのか脳に従ったものなのか考えるようになりました。・・心と脳は別であって、心の性質、脳の性質が理解出来ればそれは容易だと思います。 |

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松尾芭蕉や西行法師、山頭火、親鸞、仏陀も旅をしたそうですが、放浪癖といえば私は『山下清』や『ふうてんの寅さん』が思い浮かびます。・・普通の人ならこの両者の事をバカかも知れないが純粋で心が綺麗な人だと思うでしょう。・・私は前回、誰の心も同じで綺麗であると書きましたが、心に従って生きている人ははたから見て心が綺麗という風に見えるのだと思います。・・そして心に従うと放浪癖になるのです。 |
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人それぞれ考え方は違うのかもしれませんが、心は同じだと思うのです。・・そして誰の心も美しい。・・ただ、強い弱いはあります。・・大きい小さいもあるかもしれません。・・広い狭いはきっと、どのくらい自分の心を見る事が出来るかで変わってくるのだと思います。 |




