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前回、『戦争とは』にて客観には主観を攻撃する性質があると述べました。・・この考えは自殺にも当てはまると思います。・・おそらく自殺する人はさぞ主観的になって悩んでいると考えられますが、当の本人が死ねば主観も同時に無くなります。 |
『精神世界の探求』
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私は前回の『対比世界の考察』において、人間には心など無く『主観、客観』が在るのみという結論に達した。・・しかし、さらに『主観、客観』をつきつめて行くうちに客観が心であるという結論に至りました。・・『客観は心の説』の誕生です。・・おそらくこの説を論破する事は不可能です。 |
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この言葉の本当の意味は「人間としてこの世に生を受けるのは3回までだ」という意味である。・・したがって3回目には御仏の心を会得しなければチャンスは二度とは来ません。・・『三度目の正直』も同じ意味だと思います。 |
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『悟り』とは、自分の心を見る事である。・・ここで言う『心』とは、大半の現在の日本人が考えている『脳の意思』の事ではありません。・・・『真の心』です。・・しかし、『真の心』を見るのは半分にとどめておく方が良いのかもしれません。・・それ以上見てしまった者は死にたくなります。って言うか?「これ以上生きる必要が無い」と悟るのだと思う。・・三島由紀夫もそうだったのかもしれません。・・そして、今の私もそうです。・・明日、精神科に行って来ま〜す、バイナラ〜。 |
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最近そのように考えるようになりました。・・だって『渡る世間は鬼ばかり』と言いますからきっとそうなんです。・・そんなふうに考えると全ての事につじつまが合ってきます。・・例えば、キリスト教の『罪人』、仏教の『精進』です。・・自らを罪人だと思って精進しなさいという事なのでしょう。 |




