『精神世界の探求』

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 前回は、人間は創造主(神)がその形を模って創られたものであるから、人間そのものが創造主(神)であり全知全能であると述べました。・・しかし、私の知る限りでは全知全能と思われる人間などいません。・・この矛盾について少し説明してみます。
 
 過去に聖人と呼ばれた基督、釈迦などいますが両者とも全知全能と言うには少しニュアンスが違うように思います。・・しかし、とても精神性の高い人物だったに違いないと思います。・・ここで精神と言う言葉を使いましたが、精神とは心の事です。
 
 もしかしたら精神こそが全知全能なのかもしれません。・・無知なのはむしろ脳の方です。・・科学が進歩した今日では、目に見える物、科学的に立証されたものしか信用しない人も多い事でしょう。・・ある人が言っていましたが、「たかだか1500グラムの脳で分かることなんてたかが知れている」と、・・。・・私もこの意見に賛成です。・・当たり前に分かる事までもが脳の思い込みによって分からなくしてしまっている可能性のほうが高いと思います。
 
 おそらく脳を捨ててしまえばそこは全知全能の精神世界なのかも分かりません。・・私が前回述べた「始めにあった意思」の正体そのものです。・・それを理解するには、私たち現代人の『言語に汚染された脳』では不可能と思われます。・・それをあえて表現するなら『ただ思う』かもしれません。
 
 『ただ思う、ゆえに我 人(神)なり』・・・春人

 私の研究によって『客観』の性質が解かりつつあります。・・客観は『主観』を攻撃する習性があります。・・戦争は『客観』が『主観』と『主観』を争わせる事で『主観』を滅ぼそうとしているのです。・・『客観』とは、解かりやすく言うと『神』です。・・誰だって考えれば分かる事ですが争いは主観(脳)が引き起こすのです。・・客観的に争う事などありません。
 
 このまま日本社会の主観化が続けば、日本は間違いなく戦争に突入します。・・なお私の研究とは、ボーっとする事です。・・おしまい

 私の研究によって魂の性質が少しずつではあるが明らかになっている。・・今までに判明した事は、魂には階層があります。・・階層の高い魂は永く霊空間を浮遊するのに対し階層の低い魂はその逆です。
 
 階層の高い魂にとって、霊空間はとても居心地が良い所であるが、低い魂にとってはその逆です。・・その為、低い魂はコッチに来たがるのに対し、高い魂はずっとアッチにいたいようです。・・しかし、どちらともある時期が来ると物質世界に強制的に生まれてきます。
 
 その結果、階層の低い魂は物や愛に執着する傾向がありますが、高い方は物や愛には無頓着で野生や夢やロマンを求めるようです。・・これを解かりやすく言うと『女の現実、男のロマン』となります。・・ちなみに、女の現実は生への執着の裏返しで、男のロマンは霊空間(故郷)への憧れです。
 
 低い方は女性に生まれ、高い方は男性に生まれる事が多いようです。・・男女平等を訴える方々には申し訳ありませんが、女性が男性に従うというのは自然な形であると言えます。・・しかしこれは昔の話で最近はコチラもアチラも事情が変化しているようです。・・なおこの文章はデタラメです。・・本日の考察終了。

 私はある時、この世の全てのものは『主と客』によって成り立つと確信した。・・『主と客』とは解かりやすくいうと『プラスとマイナス』の事である。・・早い話が『表裏一体』という事である。・・天と地、表と裏、善と悪などであるが、私流に『主と客』とした。・・主は主観の主であり、客は客観の客であるが、主体と客体でも良いでしょう。
 
 私は始め、主と客の関係を対比の関係としていたが、対比とするには違和感が残る。・・この違和感こそが私の閃きであり客観である。・・そしてある時、主と客の関係は『流転』ではないかという結論に達した。・・流転とは、主と客が少しづつ入れ替わることであって、それが延々と繰り返される事である。・・主と客の関係を流転とすることで私の中の違和感は解消した。
 
 そして、『生と死』の関係も『主と客』の関係に違いないと確信した。・・例えば、我々がご飯を食べてウンコをする。・・これ即ち流転である。・・我々を主とするならば、ご飯は客であり、ウンコは主である。・・これはまさしく客を取り入れて主を排除する、そしてそれが繰り返される。・・生命活動そのものが生の世界と死(不)の世界が少しつづ入れ替わる事によって生じているのである。
 
 人間の体の細胞は約3年で全てが新しいものと入れ替わるということは、3年歳をとるごとに3年分死んで3年分生まれていることである。・・そしてその現象が全ての万物において繰り返されているとしたら、輪廻転生はあると言えないだろうか?。・・・本日の考察終了。 
 
 
 

 私の考えでは、絶対的な善や悪は存在しないと思う。・・あえて善と悪を分別するとすれば、心に従えば善で脳に従えば悪で良いと思う。・・ここでいう心とは良心の事であると言えば大概の人は納得すると思います。
 
 しかし、脳に従えば悪とはこれいかに。・・何度も言うように心と脳は別である。・・私は脳に他人を思いやる気持ちがあるとは思えないのです。・・おそらく脳は自己を満足させることしか考えることが出来ないと思う。・・もしも脳が他が為の行いをしようとするのであれば、それは利害関係によるものである。
 
 真の他が為の行いは心(良心)によってもたらされると私は確信している。・・そこで人は常に良心に従って行動すれば良いのかというとそうではない。・・何故ならば脳が満足しないからである。・・そこで私は、類まれなる客の神通力によって一つの答えを見出したのである。
 
 それならば心と脳を変わり万古で満足させてはどうかと・・。ある時は心に我慢してもらい、またある時は脳に我慢してもらう。・・我慢の後の喜びは倍増するというのは誰でも理解する事が出来ると思う。・・真の平等とは変わり万古の事だと思う。
 
 これは人間関係にも言えることであるが、片方だけ満足させれば片方がいじけてしまうし、両方同じにすれば無気力になる可能性もある。資本主義VS共産主義の問題も同じではないだろうか?。・・話を本題に戻すと、常に脳と心に変わり万古に我慢のあとの喜びを与えるように心がける事によって身(脳)も心も満足し、生の喜びを存分に感ずる事が出来るのではないでしょうか?・・本日の考察終了。


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