『精神世界の探求』

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 ある特定の宗教の人たちは、神とか仏とは言わずに創造主と言ったりします。・・なにぶん宗教には疎い私ではありますが、神と仏は全然別物だと思います。・・私個人的には創造主の方がピンとくるような気がいたします。・・そこで今日は創造主について考えてみたい。
 
 創世記には、「始めに神は天と地とを創造された」とありますが、私は始めになんらかの意思があったと思うのです。・・それで『天と地』を『プラスとマイナス』とした方がより科学的だと思うのです。
 
 その『プラスとマイナス』が反応して始めの意志に基づいて物質が出来、生命が誕生したと思うのです。・・そして生命の頂点に君臨するのはやはり人間です。・・創造主があるすれば、『始めにあった意思』こそが創造主でしょう。
 
 ここまでくるのに何十億年も経過しているわけですから、少しずつ変化(進化)しているのですが、それは偶然ではなく、ある意思に従いながら今日に至っていると考えたほうが自然です。・・その進化は既に終えているのか、今も進化の途中なのかは判りません。
 
 そこで二者択一となるわけですが、私は進化は既に終えていると思うのです。・・あちらの神話では、人間は神の形を模って創られたとされていますから、もしそうだとすれば人間そのものが神(創造主)と同じということになります。・・つまり、私もあなたも全知全能です。・・ちなみに私は無知無能です。・・本日の考察終了

 その証明は非常に困難です。・・人間に限らず全ての生命は誕生した瞬間から死に向かい始めます。・・聞いた話、人間の体はほぼ3年で新しい細胞と入れ替わると言いますが、見方を変えると3年歳をとるごとに3年分死んで、三年分生まれていると考えることが出来ます。
 
 宇宙空間では、あったものが無くなる事や、何も無いところから何かが現れるなんて事はありません。・・何かから何かに変化する事はあります。・・と言うよりは、常に何かから何かに変化しているのです。
 
 例えば私が死んでも私が無くなったわけではなくて私が何かに変化すると思うのです。・・そしていつか私が戻ってくるはずだと最近思うのです。・・私は大きな円を想像します。・・その円が私でその一部が私の生涯です。・・その円に沿って私はモグラのようにご飯を食べながらウンコをしながら、生涯を進んで行くのですが、ある時点で死(不の世界)で、またある時点で生(正の世界)です。
 
 私は正の世界を『主の世界』、不の世界を『客の世界』と言ったりもします。・・『諸行無常』とは、「すべてはうつろいゆくもの、かたちあるものは必ず壊れる」としていますが、壊れても無くなるわけではありません。・・・変わるとはそういうことです。・・「何かを取り入れて何かを排除する、そしてそれが循環している」、すべてがそのようになっているではありませんか。・・
 
 先ほど『円』と言いましたが、最近の考察によるとその円は循環しながら大きくなっているのではないかとも考えるようになりました。・・本日の考察終了。
 
 

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心訳 般若心経?

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 ちなみに私は、2ヶ月ほど前に頭がおかしくなって、医者には死ななければ直らないと見捨てられましたが、その代わり悩み、苦しみも無くなりました。・・人間はバカになったほうが幸せなのかもしれません。・・本日の考察終了。

 だぶん2年ほど前のことだったと思います。・・いつものように車に乗った私はルームミラーに映った私の右目が少し垂れ下がっているのに気づきました。・・ちょっとむくんだだけか?とも思いましたが、ルームミラーに顔を近づけてその目を覗き込んだとき、私は唖然としました。
 
 それはなんと表現して良いのか分かりませんが、まるで死人のような目でした。・・自分の体に何か恐ろしい事が起こっているに違いない、それはきっと脳に関係することではないだろうか?って思いました。・・何事にも無頓着な私ですから病院にも行かずに今日に至っています。
 
 最近になってその目の正体が判明しました。・・私の右目は野生の目です。・・たぶん犬か狼だと思います。・・右目の奥に意識を集中すると、茂みの中に一匹の野生の私がいるのです。・・そして一人の侍が見えます。・・その侍と私の因果関係がなんであるかは今のところは判りません。
 
 テレビでよく『さんまさん』が「僕、右目と左目、違うんですよ」って言っているのを耳にします。・・おそらく『さんまさん』の目の片方は野生の目だと思います。・・あの人は私と同じミュータントです。・・そして最近のブログの目的は私の仲間である、犬科の人間を探すことです。・・ちなみに私は『犬科サムライ属素浪人』です。・・・本日の考察終了

 私の長年の考察によって脳と心は正反対の性質があるということが判明した。・・脳が喜べば心は悲しむ、心が喜べば脳が悲しむ・・。目的地に行くときは、脳は最短距離を選択したいのに対し心は遠回りしたいのである。
 
 諸君達が人生をより良いものにしょうと思うのであれば、脳と心を変わりばんこで満足させることを心がけると良いと思う。・・そうすることによってエネルギーが生じるのである。・・・それはまるでシーソーのようなものである。
 
 ギッコンバッタン、ギッコンバッタン・・・・と、別にふざけているわけではない。・・それが『生のエネルギーの源』です。・・・肉体や脳は物体にすぎません、それに心が加わるから生命なのである。
 
 そしていつの日か、喜びは悲しみに、悲しみは喜びに変わる時が来るでしょう。・・最終的には死さえも喜びに変わります。・・それを専門用語で『お釈迦になる』と言います。・・本日の考察終了。
 


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