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ここまで晴れるか?ってくらい快晴のある日の午後。
さるローカル駅の前で人と待ち合わせ。いろんなところいい加減なくせに時間に関しては体育会系なものだから、この日も待ち合わせの時間よりかなり早めに着いてしまった。
どこかタバコを喫める場所はないものかと周囲を見回すが、それらしいところが見当たらない。春の終わりころから約10年振りに再開した喫煙だけど、喫煙を取り囲む環境の変化に吃驚した。兎に角喫煙出来る場所が異状に少ないのである。
しょうがないので、目の前にあったコーヒーチェーン店に入り、飲みたくもないコーヒーを頼み一服の涼とタバコ。
むぅまだかなり時間あるな・・。どうしたものか・・。と思いつつ斜め前のテーブル席に座るカップルと思しき二人を見るとはなしに見る。
男の方は真面目そうな大学生風。女の方は茶髪の少しポッチャリ。
男が何事か楽しげに浮ついた感じで懸命に話をしている。それに女は適当に相槌を打ちつつスマホを操作している。
そうこうするうち、自分の話よりスマホに夢中の女に疲れたように、男のテンションが下がっていくのが目に見えて分かる。女は目の前の男のそんな傍目にも分かりやすい変化にも気づかずスマホに夢中。
数分後、男がついに黙って、視線をやや斜め下に脱力。
それでも女はスマホで何事か文章を打つ操作をし続ける。
最近、よくいるよな、こういう人。
こういった人は何を求めてるんだろう。
目の前に人がいるのに、スマホの中の人とのやり取りに夢中。
相対する人には不遜に接し、スマホのなかで愛想。
世界から目を離してスマホに没頭している隙にその人の望まぬ世界が構築されていってる気がする。
ふと気づきスマホから目を上げたときには、もういろいろ手遅れ。
そんなことになりそうな気がする。
生きているといろいろマンネリしてきて、見飽きた景色、見飽きた顔、そんなものに興味がなくなっていくのはわかるけど、そういうものほど、観察を欠かしてはいけない。微細な変化に気づけるのも、日頃のしっかりした観察があってこそ。
僕は最近、観察を怠たった為に、いや変化に気づいていなかった訳ではないけど、一過性のものだろうと高をくくって何の手も打たなかったことで、どエライ目に遭った。
眼前の世界を無視し続けると、いつか仕返しをくらう。
LINEだかメールだか通販だか知らないが、目の前に広がる世界を無視してバーチャルなスマホのなかに埋没する女よ、向かいに座る男に気がないのかもしれないし、話がつまらないのかもしれないが、それならそれなりにそいつと向き合わないと、きっといつか世界に仕返しされるぞ。
ネットの中なんてほんのオマケで、どこまでも大事にすべきは目の前の世界、現実。
見るべきもの、聞くべき音、味、匂い、手触り。
と言いつつ、私も先月スマホの使いすぎで通信制限かかったけど。
目を逸らしたいのかな、現実から。
「天才スピヴェット」 2013年 フランス/カナダ 監督 ジャン・ピエール・ジュネ
僅か10歳にして、何やら永久運動をする機械を実際には永久というわけではないけど、かなりイイ線行ってる機械を発明した科学の天才少年が主人公。
この少年、弟の死に対するトラウマを持っていて、どこか影がある。
このトラウマが彼を突き動かし、ある行動に出る。みたいな話。
発明とかする人はこういうものかな?それとも子どもの純粋な好奇心からなのかな?身近なあれこれのデータを収集して統計、そこに自分の考えを当てはめ、なにがしかの答えを得てそれをまた検証していく。それが彼の遊び。
すごく世界をよく見ている。
彼を見ていると、自分の周りのほんの少しの範囲だけでも自分には世界は広すぎる、自分の周りのことでさえ知らないことばかりだと妙な焦りを感じる。
通信制限かかってる場合じゃないよ。
もっと世界をよく観察しないと。
善哉。
そう思いました。
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僕は携帯をいまだにネットにつなげませんが家に居るときはPCに張り付いてますね…
ジュネの映像の色彩感覚ってちょっと人を不安にさせませんか?
2015/9/3(木) 午後 9:03
> ボクサーひこさん
パソコンは一度所有してしまうと、無い生活が想像できませんもんね。
この作品に関しては、自然が綺麗で映像的にも自然で美しかったですよ。物語に軸を置いた作品だったように思います。
2015/9/4(金) 午前 0:09 [ 吊り上げ太郎 ]