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たくさん何かを知っている。ということが賢さのバロメーターってのは、猫も杓子も情報端末を持ち歩く現代においては時代遅れな考えだろうと思うのだけど、受験や試験なんかは記憶に頼る、記憶を試す、みたいな形式で今も行われているから、たくさん何かを知っている人が賢いなんて風に染み付いているのか何なのか考えてしまうところが未だにある。
そういった考えの人を見かけたりすることも珍しくない。新しい出来事、有名人のちょっとしたしかしどうでもいいエピソード、世界の動向、そんなものをさも価値があるかのごとく、知ってた?みたいに訳知り顔で話したりしている人をみると、少し寂しい気持ちになる。・・・・で?みたいな。
そんなものは、今の時代ググれば簡単に手に入る情報。
問題は、その情報に対して、その人がどう考えるかということで、情報はあくまで単なる素材でそれをどう料理するかというところに今の時代の賢さというのがある気がするけど、その情報を他人に伝えるということは、その情報自体に価値を認めているということで、たくさんの情報の中からの取捨選択にその人の個性は発揮されているのかもしれないななんてことも思うから、それはそれでいいのかと思ったりもする。そこには捨て難い素材もあったりするから、お隣さんからの頂き物、それをどういう風に消化するかは自分次第だし。
しかし、自分が当事者でない出来事など、本当に本当のところは分かりえないのだし、たくさんの人が手にする情報、そこには都合のいい改竄、敢えて秘匿する部分、見えているのは表面だけ、そんな感じが強くしたりしなかったり。
「ピエロがお前を嘲笑う」 2014年 ドイツ 監督 バラン・ボー・オダー
自首してきた天才ハッカーのどこからどこまでが本当か分からない自供。
最後まで見ても、・・・ん?どこからどこまで?って自分の鈍い頭がもどかしい。
人間心理の複雑さ、ネット社会の脆弱さややこしさ危うさ。
情報なんて簡単に操作されるんだな。
って前から分かってはいたけど、思っていたよりずっと簡単で大胆になされているのかもね。とかね。
善哉。
「ナイトクローラー」 2014年 アメリカ 監督 ダン・ギルロイ
イってるな。この主人公かなりイってる。
テレビ局に事件や事故の映像を売り込む仕事をしているのだけど、より画が過激になるように、構図を考えて怪我人や死体を動かしたり、仲間を見殺しにしたり、無茶苦茶。
こういうイカれた人間が、報道に携わっていたら、それこそ情報なんてものに価値はなくなる。
味付けしすぎ。
だけど、ここまでではないにしても、作為的な味付けを施された情報を受け取っているのだろうね。僕ら。
手にしている情報の頼り無さ。それに対してうんぬんするアホらしさ。
蜃気楼。
見えているけど、実体はない。
触れられないものを有難がるのは、よそうかな。
なんて。
善哉。
そう思いました。
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