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寒い!
物凄く寒い!今日は休みだったのに、寒い上に風が凄いから家から出る気がしない。
冷蔵庫には卵のみ。食材を調達しに行くべきだけど、家の中でも聞こえる大きな風の唸りを聞くと外に出る気がしない。
ということで、米二合と卵4個で一日を凌ぐ。
といった今日ほどではないけれど、それなりに寒いある日。
寒い日が続くから、車など自分では洗えんなと思い洗車機にかけたのだけど、その洗い上がりに甚だしく不満が残り、結句自分でやらねばならんか・・と嫌々外に出て、ぬあ寒い!ぐう寒い!など言いつつバケツに水を溜めていると、近所のマダム二人が何やら話し込んでいる。マダムといっても、まだ20代の後半くらいだろうけど。
立ち聞きは品が無いので、懸命に気を逸らせて聞かないように聞かないようにしていたのだけど、結構なボリュームで話すものだから、否応なく耳に入ってくる。
一人の茶髪マダムが言う「うちの旦那、怪しいねん・・最近帰ってくるの遅いし、携帯もパスワード変えてんねん・・この間なんか、女の香水みたいな匂いまで付けて帰ってきて、付き合いでキャバ行ったからとか言うねん・・」
答えてメガネマダムが「あ〜それ、アカンかも・・携帯見せられへんってとこがもう怪しいもんな」
茶マ「やっぱり?!そうやんな!あ〜腹立つっっ!臆病者のくせにこういうことは大胆にするから余計腹立つ!」
なるほど。よくある話だね。今日も日本は平和だ。空は青。
くだらねぇと思いつつも、頭の中はその問題を考えてしまっていたりして、「茶髪マダムよ。お前の旦那のその浮気者で臆病といった性質、それは相反するものではないのだよ。どちらも人間性が欠けているがための性質で、動物は本来臆病で浮気なものなのだ。それを人間は理性の力で、臆病に打ち克ち、恩義や美しい思い出をしっかと胸に抱くことができるから浮気などという裏切りもしないできないのだよ。スポーツでもそうだけど、ルールを守れないなら、その競技に参加する資格はない。ハイキックでボクシングの世界チャンピオンを倒しても誰も褒めてくれない。で、結婚したということは、そのルールに則ると契約したということ、それを守れないなら結婚を続ける資格はない。しかしそこは人間も動物、本能に理性が負けることも多々あるだろう。その割り合いが多い人は多分に動物的。今回のことでもう許さぬというなら、それは致し方のないことだけど、もしもう一度しっかりとやっていこう、「あなた、今回でイエローカード一枚だからね」と思うならば、その動物に近い臆病で浮気な旦那に、文学を読ませてみればどうだろう。そこにある情緒や人間の心の機微、理性、克己心、そんなものが彼の人間性を呼び覚ますかもしれない。」
まで考えて、バケツの水が溢れてハッとなる。読むわけないわな。若しくはもう読んでいてそれかも知れないしな。全ては茶髪マダムの勘違いの可能性もあるしな。退屈で平坦な日常に刺激を求める有閑マダムの戯言かもしれないしな。そんなものに付き合っている暇はない。って勝手に立ち聞きしただけだけど。
あぁっ!冷たい!水が冷たい!
やめたい!車洗うのやめたい!冷たい!でも車汚い!
私は理性の立ち優った人間だ!洗う。冷たいものから、厭なことから逃げたい本能に逆らって、汚れを落とす。
セイッ!と臍下丹田に力を入れ、気合一閃洗車開始。
あまりの手の冷たさに、力が入らず、かつ早く終わらせたいからいろいろ手抜きになって、汚れがまだらに残り変な感じの仕上がりに終わる。
・・・文学を読もう・・・。
「笹まくら」 丸谷才一著。
過去というものは、どこまでもそれは当たり前のことだけれど、その人についてまわり、
なかったことには絶対に出来ないもの。
順調な今を過去が追いかけてきて、飲み込もうとする。
不気味に迫る過去が恐ろしい。
今と未来の基礎になる過去。
自分自身の基礎を省みて思う、
ガッタガタやんけ・・。とか。
善哉。
そう思いました。
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らしく。
この「〜らしく」。
これが実に曲者。
年を取ればそれなりに大人らしく。
会社など因果なものに勤めれば社会人らしく。
結婚など紙切れ一枚の心もとない契約を結べば、家庭人らしく。
人の親となれば、親らしく。
男は男らしく。
女は女らしく。
子供ですら子供らしさを強いられたりする。
人は生きていればどうしたって何らかの形で社会に参加せざるを得ないし、そこで他人と個的に関係を結んだりもする。
そこで上手くやっていくために、いろいろ考えて、「〜らしく」振舞おうと努力する。
そして、その「らしく」あろうとする、若しくは「らしく」あれと周りから強要されたり、強要まではいかなくとも、それっぽい圧を感じたりして、気が付けばいろんな「らしく」に囲まれていたりする。
そのうち何か行動を起こしたり、何かに対しての言動などを指して他人に、「ああ、それは君らしい」と言われたりして、何となく違和感を感じつつも、そうかそんなものかな、自分では自分のことは分からんもんだものな。と妙な納得の仕方で違和感を片付ける。
「らしく」「らしく」過ごすうちに、大事な物を失くしている気がする。
それは「自分らしさ」
「タツキ 愛とボクシングに生きた男の半生」 原功著。
古本屋を野良ついていたらば、目に付いた一冊。
確かこの人ひこさんのブログに出てきたな・・。試合は見たことがないけど、KO率の高いパンチャーだったということは覚えている。
よくは知らないのだけど、読んでみようと買。
読了後、今更だけど、この人のファンになった。
この人は、本当にこの人らしく生きている。
世間に蔓延する「らしさ」なんて根拠のないただの潤滑油に頼ることなく、ただ川崎タツキとして生きている。
そして、それがそのまま男らしく、人間らしく、ここが一番凄いところだけど、愛らしい。
きっと会った人を楽しくさせる、素晴らしい魅力の持ち主なんだろう。
たくさんの「らしさ」にまみれて暮らすうち、自分らしさを見失った今の僕には眩しい存在だ。
そうだよ、自分らしくだよ。
そんなことを。
善哉。
そう思いました。
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厭なことのあった年が明ける正月とはキツイものだ。
元嫁の名前も入っちゃってる年賀状が届いたり、あけおめ〜なんて浮かれ切ったノリのメールが届いたり、離婚したことをまだ告げてない親戚から電話があったり「うん。まぁぼちぼち。うん、別に何事もなく元気ですよ」とか新年早々嘘ついたり。言えばいいのだろうけど、世の中が新しい年を寿ぎまくってる、親戚家族も当然そのノリに乗っかって飲めや歌えの正月モード、そのいいムードを壊したくない。もっと早くに皆に知らせておくべきだったのだろうけど、正直いいお知らせではないので、会ったときでいいか・・と先送りにしていた。
誰も亡くなってはいないけど、気分的には忌中だから、正月も正月らしいことは一切していない。
律儀に年賀状を送ってくれた人にも、メールくれた人にも返事すらしていない。心苦しくはあるが、返事しちゃうといろいろあった去年、その出来事を話さなくてはいけなくなると思うと、気が滅入る。ベッキーがやらかしたあと生出演したテレビ番組を偶々見たのだけど、共演者たちの表情の強張りが凄かったwwwあの顔分かる。去年いっぱい見たww相手に触れにくい事情があるとき、それでも素知らぬ振りで今までどおりのノリで行こうとすると、あの顔になるww自分のことで相手があんな顔になるところを見たくない。面白いけど見たくないw
まぁしかし一年間連絡を取り合わない程度の関係であるから、詳しく話す必要はなくテキトーに話せばいいのだろうけど。
本当に独りで過ごす正月というのは生まれて初めてで、今の立ち位置から俯瞰して、改めて正月とは家族あっての行事なんだなと思った。
独り身だと正月だからといって何もすることがないよ。
むしろ、ホームのスーパーは閉まってて食材調達出来ないわ、ゴミの回収が来ないわ、一人暮らしだと喉に詰めたとき誰も見つけてくれないから餅は食えないわで、ロクな事がない。
しかし、一度経験してしまえばこっちのものだ、独り正月。来年は上手くやるで。
と年が明けたばかりで、早くも来年の話。
でも、本当にそのくらい早くていい。何事もなく一年早く過ぎてくれればいい。
いいことなどなくていいけど、悪いことはもう勘弁だ。
そう思い・・・
って締めそうになったw
「家族という病」 下重暁子著。
何ともタイムリーなタイトルじゃないですか。
僕の場合は、家族という病というよりは、病の家族といった方が正しいけど。
病の家族のその原因菌のヒントでも見つかるかと思ってタイトル買い。
・・・中見てから買えばよかった・・・。
ただのオバちゃんの思い出話やん・・・。
タイトル大げさww
そんな話なら、ブログですればいい。
お金取っちゃうと大変じゃないだろうか。
この程度でお金取っちゃうと大変じゃないだろうか。
読んでいる間中そんなことを思っていたことは覚えているけど、内容はもうすでにさっぱり・・・。
そう思いました。
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大掃除といえば、普通年末にやって、今年の汚れを来年に持ち越さない、新しい年を気持ちよく迎えるために。みたいなことだと思う。
僕も年末あたりにやらねばなと思って、大掃除といえば、みたいなこういう時しかやらない箇所を中心に下見をした。
まずは定番にして最大の難所換気扇。「う・・うお・・・きたねぇ・・・なるほどなるほど」、ここをやるには相当な覚悟がいる事を確認。次に脱衣所。ここも一回も掃除してねぇんじゃねぇの?ってくらいの惨状。洗濯機の下なんてもうどうなっているんだろう。怖い。次に二階の今はもう使っていない7畳の部屋。使ってないのに?なんで?くらいホコリっぽく、捨てる物がいっぱい。これも時間かかるで・・。なるほど。今年の大掃除は戦争だ。War掃除だ。
しかし、僕は基本的には平和を愛する民草の中の雑草。そして昨年は疲弊に疲弊を重ねて、もう戦う気力も体力もありはしない。ということで、戦争回避。
なので今のところ、つりを国各地で毎日起こる小さな紛争を片付けていっているに留まっている。
しかしいつまでもこの状態でいいとは思わない。どこかでWar掃除をしなくては・・。
正月、僕の栄養の8割を支えているスーパーが3日まで休みなんだか、営業時間を短縮していたのだか知らないが、閉まっていて、正月三が日全てコンビニ飯というロケットスタートを決めた2016年。
いろいろあった昨年を振り返り、いずれにせよ今年からだなと気持ちも新たに、何もかもゼロからの気持ちで明けた新年。ゼロのメーターが早くもマイナスを記録。・・取り敢えず掃除でもするか。
大きく変わった環境の中で迎える新年。はじまりのはじまり。
「西遊記 はじまりのはじまり」 2013年 中国 監督 チャウ・シンチー
西遊記といえば、僕の中では子どもの頃に見た堺正章と夏目雅子のもの。
というかあれ以外西遊記を知らない。ドリフでも何かやっていたような記憶が薄くあるけど。
なので、ほぼ知らないも同じ。
かなりコメディ寄りに作られていて、何度か馬鹿馬鹿しさが過ぎて、今年一発目にタイトルで選んだことを少し悔みましたが、何も考えずに観られるという意味では頭も心もどこか弛緩して呆けた雰囲気になる正月向きだったかもしれません。
いかにも続きそうなラストでしたが、続編出たら観るかなー。的な。
そう思いました。
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あけましておめでとうございます。
お正月ですね。
ここ数年は、はえーもう一年経っちゃったよ。ものすご早いね、ってか速いね。
なんてスピード感で正月を迎えていたものですけど、昨年は何だかんだ凶事がミルフィーユかなくらいの重層で起こり続けたもので、頭も精神も常にいっぱいいっぱい、身体にもその影響は顕われ、周りから「病気なの?」とかいわれるくらい痩せたりして、毎日がサーヴァイブ、皮肉にもガッツリ一年間、時間を余すところなく満喫した気がします。
日本は八百万の神の国、その八百万のうちの暇なのが、ボンクラな僕のために分かりやすいターニングポイントを作ってくれたのだ。と今は良いように解釈して生きています。プラス思考にも程がある。とは無論言われなくてもわかっているのですけど、余りにマイナス面が多すぎた一年。それを力に変えるには、アホなの?と言われるくらいの振り切ったプラス思考が必要ではないか。そう思いまして。
ママゴトの延長擬似結婚生活を送っていた間は、毎年正月が出勤で、家に居ることがなかったのに、離婚をして初めて迎える正月がこれまた皮肉にも、休み。
休みならば、実家に帰るなり親戚宅に行くなりすればよいと思われるかもしれないけど、両親は九州、親戚もほぼ九州。とても一日の休みでは行けない。し、離婚などといういわば忌み事がまだ生々しく記憶にあるものだから、幸せに生きている人たちに接することが躊躇われる。折角日光浴を楽しんでいる人を、影で覆うようなことはしたくない。もう少し憑き物が落ちて、楽しいことが言えるようになるまでは、出来るだけ人との接触は減らしたい。そんな思いがどこかにあるんですね。普通の離婚であればそこまで考えなかった気もするけど、事情が事情だけに笑い話にするには時間がかかる。と言いつつもう離婚ネタでかなり笑い取ってたりするけど。
みたいなことで、元日も普通の休みと変わらぬ過ごし方で、気づけばもう終わりですよ。
明日から仕事です。
今年は兎に角楽しく過ごすこと。それだけをね。
ただね、この間人生の先行く先輩に教えてもらったのですけど、今年僕前厄とかいうやつらしいです。
何でもない去年、あれだけのことが起こったというのに、今年来年再来年と前厄本厄後厄。
大丈夫だろうか、乗り切れるだろうか?死ぬんじゃないか?あれ以上のことってもう死ぬくらいしかないんじゃないか?
そんな懸念もありますけど、
まぁ、それならそれで、その日まで、
楽しくやろう。
明るいうちは見えるものを出来るだけたくさん見て、幸せな時はそれを疑うことなく浸かりきって、
楽しくやろう。
今年一発目のブログであるから、何だか華というか、心ウキウキみたいな、さぁこれからやで!みたいな、
景気のいいこと書いたろ。と目論んだのだけど、明度が上がらない。しかし、これから徐々に上げていきます。
まずは、この間後輩無理山に貰った、滅茶苦茶異性にモテるという香水。これを大量に噴きつけて、合コンにでも参加してやろうかと思っています。
皆様にも善い一年でありますように。
今年もよろしくお願いします。
そう思いました。
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