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おーるどぼーいすね。

中学生の頃のこと。

今より更にずっと節操のない馬鹿であった僕は、その日も教室で自分の席に近いところに座るマッキーという実家が美容室を営むにも関わらず、清潔感のない坊ちゃん刈りの猿みたいなそいつに「ヘイヘイ」なんてちょっかいを出していた。

常のマッキーならば、「やめろやー、もうー、やめろやー」とかアホみたいに嫌がるのだが、この日は様子が違った。

どこか思いつめた目をして、机の中に右手を突っ込んだまま、前方に視線を据え微動だにしない。

この新しい反応が面白くて、更に頭を小突くなどちょっかいを出し続けたそのとき、

机からおもむろに出した右手には、通常の文房具屋で売っているものよりは随分と大きなハサミ。

それを振り上げて、チャッキーのように襲いかかってきた。

唐突なマッキーの乱心に、驚いた僕は、それでも咄嗟の防衛本能で、近くの教壇に乗っていた出席簿を取りマッキーの横面にフルスイング。

「ぽぎょっ!!」とか訳のわからない声を発し、倒れるマッキー。

何だよあいつ危ねー。

とんだチャイルドプレイに巻き込まれるところだった・・。

僕はどちらかに分類するならいわゆるいじめっ子ではあったのだろうけど、陰湿なことは一切しないし、本気でいじめたことなどはないつもりでいた。

僕的には軽いコミュニケーションくらいのノリだったのだけど、マッキーには殺意を覚えるくらいの重大事であったのだな。

なので、このマッキーの件は、僕に猛省を促した。

ところがここが中学生の未熟なところで、その後マッキーに謝るどころか軽くお仕置きをするという鬼畜。

あの頃の僕を僕はボコりたい。

自分には何気ないことでも、相手を傷つけていることがあって、そして心の傷ってやつは外傷と違って血も流れなければ、目に見えて腫れたり潰れたりしない。

だから、加害者は事の重大さに気づけない、罪の意識も持たない。

被害者の負うた傷が時間程度のことで癒えるものではないとき、その傷口から怨嗟、怨恨が流れ出る。そして人によってはそれを復讐という治療法で癒そうとする。

僕はこんなんだからね。人の気持ちを忖度できない人間だからね。

随分いろんなところで相手に傷を負わせているんじゃないだろうか。

そう思えば、いつ何時復讐の的にされてもおかしくない。

個別にはっきりした自覚はないけど、確実に傷つけてきた。とそれは自信を持って言える。から困ったものだ。

私が誰かにつけた傷が、時間とともに癒え、傷跡も残っていませんように。

とは虫の良すぎる願望。


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「オールドボーイ」   2013年  アメリカ  監督 スパイク・リー

これは日本の漫画が原作で、韓国で映画化、それを更にスパイク・リーがリメイク。

なんとも贅沢なルートを歩んでる物語だ。

自分的にはそうでもないことを、相手が凄く恨んでいて、えぇっこんなに?!ってくらい復讐される。

人間という生き物の業の深さをまざまざと感じさせられる物語。

何気ないことで、本当に大したことではないと思っていることでも、外に与える影響は予想外で、思わぬ方へ人生を動かしていく。

こういうことってあるよな。

いや、この物語みたいなことは、そうそうないですよ。

でも、自分的にそうでもないことが、思わぬ方向へ話を持って行ってしまって、どうにもならなくなること。

あるよね。

今もまだ真っ最中の「何かがおかしい2015」からして、そうだもんな。

面倒だし、僕は馬鹿だから単純に考えたいのだけど、「人生」ってやつはどこからどう見てもやはり複雑。

そんなことをね。

そう思いました。














いろいろすね。

神様の言うとおり。

神様の声なんてそんなもの通常聞こえやしないけど、仮に聞こえたとして、そのとおりに生きたとして、それでそれはその人の人生と言えるだろうか。

第一、神様がその人個人に何らかのアドヴァイスを授けるなんてのは、不公平じゃなかろうか。本当の神様ならそんなことしないんじゃなかろうか。そして、いろいろな物語のなかでこの個人的便宜を図られるのは、大抵善人で、そこも少し引っかかる。神様の希望がこの世を善くすることなら、悪人にこそアドヴァイスが必要じゃなかろうか。

それに、神様が本当にこの世を善くしたいのであれば、お願いするのは神様の方ではなかろうか。

実は、我々が思うほど神様ってのはこの世のことなんか考えてないんじゃないか。

神様なんて胡散臭いものの声が仮に聞こえたとしても、僕はおそらくその通りにはしないだろうと思う。

幸も不幸も我が身一つ、命一個賭けて、甘んじて承けるのみ。

カンニングしてせいぜい50点くらいの人生ならば、真っ向勝負で0点の方が気持ちがいい。

みたいな思考の結果、他人様から見れば不幸にしか見えない(そうでもないのだけど)現状を作り出していて、物凄く辛い思いもしたし、これからも何だか良い目が出る気がしないから、説得力は無いに等しい話ですけど。

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「神様の言うとおり」  2014年  日本  監督 三池崇史

何が何だか・・・。

神様の正体はイマイチはっきりしないし、目的もよく分からん。

GANTZ的な印象の話だったけど、

よく分からなかったかな。


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「アオハライド」  2014年  日本  監督 三木孝浩

歯に衣着せぬ後輩「土足」が、

つりをに問う。

「つりをさん、再婚とか考えないんですか?」

むっ、離婚して昨日の今日くらいの短期間でこの質問をぶつけてくるとは流石は土足。

「今のところ、本田翼とのっち以外との再婚は考えてない。」

「ノッチってあの、オバマ・・・」

「そら、デンジャラス、このバカタレがっ。」

「ぶふっwwなるほど、考えてないってことかぁ」

「いやだから、本田翼とのっち以外って・・」

「ノッチって、あのイエスウィーキャン・・」

「だから、そら、デンジャラスッッ、このバカタレがっ!」

「ぶふっーwww」

この時、もう少し気力が充実していれば、叩いて伸ばしてのち丸めて市指定のゴミ袋に入れて、電柱の脇に置いておいたのだけど。

と言ったところの・・って何にも言えてないし、何だったら言わない方が良かった位の話の犠牲者本田翼が主演の作品ですね。

この手の青春恋愛物は、おぢさんにはこそばゆい。全身を無数の羞恥虫が這っているような。

家庭事情に起因する様々な労苦を背負って、若いくせに人生にくたびれたような影のある男子校生と、天真爛漫、優しさと底抜けの明るさを持った真っ直ぐヒロインの、よくある恋愛物。

大体ね、あれだけの事情を一人の高校生に背負わせるって、周りの大人が悪いよ。そして、それを真面目に背負おうとするお前もおかしいよ。無理に決まってるじゃないか。自分ひとりの責任もまだ取れない歳だよ。ほら、お小遣いあげるから、翼ちゃんと遊んでおいで。

なんて真っ当な突っ込みは、オッサンの証。

昔から思っていたけど、いい加減高校生を必要以上に大人に描くのをやめないか?とか。

そう思いました。
















この間、会社の健康診断だったんですね。

少し用事が立て込んで連日寝不足気味の夜勤明けで、しかもよりにもよってこんな日に、健康診断に行く前に仕事のちょっとしたゴタゴタを片付けるお話を小一時間、早く帰りたすぎて布団に入っているところばかり想像するという限界状況。人間、本当に疲れると寝ることしか欲さないんだな。ゴルフしたいとかパチンコ行きたいとか、美味いもの食いたいとか、女の子と遊びたいとか、そういうよく聞く欲望は、元気な証だね。

で、フラフラで健康診断に行くと、出遅れたため、すでに長めの行列が・・。

何て日だ。

しかも、僕のすぐ後に並んだのが、普段は顔を合わせることのない、あまり好かないプチ偉いさん。

これが腰巾着と一緒に来た。このふたりのやりとりたるや、プチ偉がなにかおそらくは冗談なのだろう、実に下らない上に、他人を卑下するような聞いていて不愉快でしかないことを喜々として言う。それをこしぎんが大仰に笑う。

何が面白いのか分からない僕も、一応デヘヘなんて合わせておく。結構な労力。

もう頭も身体も靄がかっているような感覚の中、どのくらい待ったかな、多分時間的にはそれほどではなかったと思うが、自分には永遠に思える時間を過ごし、ようやく順番が廻ってきた。

レントゲンやら検尿やら採血やら視力聴力、その中で、身長体重を測ったときのこと。

「あれ?おかしいな・・。もう一度体重計乗ってくれます?」と係のオバちゃん。

ふん、何やら機器の不調かな。そう思いもう一度乗る。

「あれ?合ってるのか・・。吊り上げさん、前回より10キロ体重減ってますけど、何か大きな病気でも・・」

「いえ、離婚ダイエットに挑戦したら、見事結果にコミットしただけです。」

「あら〜・・・。それは・・」と係のオバちゃんに気を遣わせる。

次に心電図のところでも、腹囲を測った際、係の少し若めの女性が、

「ハイ、息を吐いて楽なところで、お腹の力抜いて〜」って指示に従っているのに、

「ハイ、ちゃんと力抜いて!」「いや、抜いてますって」

「・・・前回よりかなり・・・」と先程と同じくだりが繰り返されそうになったので、

「離婚したんやー!」って陣内バリに。

何とか全ての項目を終え、帰路に着くと、うちの外に出しているゴミ箱が倒れていたのを隣のオバちゃんが直してくれていた。

そこで、お礼を述べ、いつもすいませんと挨拶すると、自転車が失くなっているけどどうしたの?と聞かれる。

「実は・・」って、今日何回目だろう、またも離婚の説明。

しかし、独り身にご近所さんは強い味方、ましてや不規則労働者で、家を空けることの多い僕には、得難い味方。

内情までは言わないが、現状を説明しておく。

すると、僕の話に喚起されたのか、オバちゃんが自分の過去を語りだす。

年上の方の人生譚は面白いよ、確かにたくさんの教訓を含んでいて、面白いのだけど、今日は、もう今日は寝かせてください。朦朧とする意識のなか「あ〜」とか「う〜」とか妙な相槌を打ちつつ何とかオバちゃんの話を聞き終え、ようやく家の中に。

久々に疲れを実感。

クタクタの脳で考える。体力の消耗でかなり弱気になっていたからだろうか、

思ったことは、「俺、こんなんで生きていけるかな?」って、自分でもぎょっとするほど深刻なものww

よくよく考えれば、別に生きていかなきゃいけない理由もないので、特段深刻でもないのだけど、

って、またこれ、何の話???



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「わたしは生きていける」   2013年 イギリス  監督 ケヴィン・マクドナルド

メンタルに少し問題を抱えた少女が主人公。

彼女は休みの間過ごすため、離れた親戚の家を訪れる。

そしたらば、折悪しくテロリストがクーデターを起こし、少し離れたところで核爆弾を落としたりする。

その頃には、その家の長男坊といちゃこらした関係になっていた少女。

突如勃発した戦争に、二人は引き離される。

「必ず、ここに帰ってくる」お互いそう約束して、離れ離れ。

からの再会までのお話。

独りじゃないんだね。

独りで生きるヒントがあるかと思いきや、

愛があれば生きていける的なことなんだね。

話も細部がちょっと詰めきれてないというか、それがいいんだったら何でもありじゃん。

みたいなことも感じたし、ラストも都合良すぎに思えたけど、

生きていける。

メンタル弱めだった彼女が、どんどん成長して、こう思えるまでになる過程は、自然に入ってきました。

僕もね、家庭を支えるなんてある意味他人に依存した考えでずっと過ごしていたので、

いざ支えるべきものがなくなる、言うなれば言い訳がなくなると、

何のために生きているのか。

などという中二にタイムスリップしたかのような考えがいつも頭にあるようになって、

早く、

わたしは生きていける。


胸張って言えるようになりたいな。

とか。

そう思いました。









国勢調査がしつこい。

今日夜勤から帰ってきての寝入りばな、いい感じに眠りに入ろうとするそのときインターフォンが鳴る。

くっ、ただでさえ不眠の気があって、一度この眠たい感を逃すと次にいつ波がくるかわからないというのに。

いささか不機嫌にインターフォン越しに応対すると、「国勢調査ですぅ」と最近幾度か見たオバちゃん。

しつこい・・。前に期限までに出すと言っただろう。

「出すっ!」と一言言ってインターフォン切断。この隙に乗じて去った睡魔。くそう。

オバはんめ、確かにすぐに出さない僕も悪いが、今正直国の勢いとかどうでもいいんだよ。

この国に勢いがあろうがなかろうが、そんなことは心の底からどうでもいいんだよ。

家のこととか書いてたらいろいろ思い出すじゃないか、ようやく落ち着いた心がまたざわめくじゃないか。

何でもないようなことが幸せだったと思う級の虎舞竜に見舞われて、ルクプルを解散するまでのあの日々が重たい鉛を飲み込んだように胃蔵を沈ませるじゃないか。

世帯人数の欄一人にマークする侘しさは、いやに独りを実感させるじゃないか。

なんてことを思いつつ明日も来たら嫌なので、今日出してきた。

後で知ったけど、ネットでもできるんだね。早く言ってよオバちゃん。

言ったのかな?聞いてなかっただけかも、ごめんねオバちゃん。

・・・・何の話?

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「君と歩く世界」  2013年  フランス・ベルギー  監督 ジャック・オーディアール

事故で両足を失った女性と、仕事も定まらず日々を胡乱に生きる子連れの男の話。

当たり前にあると思っていたものが、失われた女性。

当たり前にあると思っていたものを、失いそうになった男。

当たり前の日々に有り難さを見出した二人。

それまでその気配はあったものの決定的に重ならなかった世界が、重なるまでの話。

大事なものは失って気づくことが多いけど、

大事なものに気づいて大切にできる人は、幸せだな。


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これは先月のラーメン会で、行こう行こうと以前からずっと言ってたラーメン屋に、

ようやく行って参りましたよ。の写真。

いつ前を通っても行列があって、暑いときは並びたくないし、寒いときも無論。

で、季節的に今だろう、とN氏と意を決して並んだ。

約30分くらい並びましたかね。

狭い店内でようやく頂いた一杯は、期待通りの美味さでしたよ。

でも、春雨みたいなのの上に乗ってる赤い粒、これがすごく苦手だったよ。

噛んだら、何だか妙な味がして、それが強烈なものだから、ラーメンの味が分からなくなったり。

総合、すごく美味かったんですけどね。


「らーめんstyle JUNK STORY」

そう思いました。







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「味園ユニバース」  2015年  日本  監督 山下敦弘

何やら組の為に罪を犯したヤクザ?チンピラ?が、いわゆるおつとめを終え刑務所を出所。

ところが出て早々に何者かに襲撃される。そのとき頭に負った衝撃で、記憶がぶっ飛ぶ。

記憶をなくした彼は、ライブ開催中の公園を通りがかり、まさにライブ中のバンドヴォーカルのマイクを取り上げ、和田アキ子の、なんという曲が知らないが、「あのころハッ!」ってあの有名な曲を歌う。

それが上手いっていうので、そのバンドが練習に使っているスタジオに連れ帰る。

その後、すったもんだの末、記憶を取り戻すのだけど、そのとき彼を取り囲む状況は、チンピラ時代に比して大きく変容しており、選択肢がいくつかある。

彼の選んだ道は。

みたいな。

芸は身を助く。

何事も身につけておいて損はないのだな。

例えば、僕が彼と同じような状況に陥ったとしよう。

・・・何にも芸がないよ。

唯一、人があまりやらないことと言えば、天井クレーンを運転できることくらいだけれども、

誰がこれ思いつくんだよ。「よし、一度天井クレーンに乗せてみよう!えっ、何こいつ、ウマッ、うそっ」なんて展開にどうしたってなるわけない。クレーンじゃダメだ。特殊すぎる。

もっと一般的でないと。しかも芸術的であればその方が望ましい。なぜなら人は何故か芸術なんてものに弱く、それを感じさせるものには何やら崇高で曰く名状しがたい手放しの尊敬、畏怖をすら抱くので、大事にしてもらえそう。

記憶をなくした時のために何か一芸身につけておかんとな。

そういえば、最近ジョージさんがバイオリンか陶芸をやりたいとか突拍子もない事を言っていたな。

乗っかるか・・・。

いや、でもどっちも興味ない・・・。

自分を自分たらしめているもの。

自力に依って立っていると思っていることの、

如何に頼りないことか。

僕を僕たらしめているもの。

それは、どこまでも周りの人たちなのだな。

と、いい年していつまでも無手の自分を鑑みて。

そう思いました。









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