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悪いことが起こったらば、悪い面ばかりがそれはやはりそうで仕方のないことだけれども、目について、ましてやその渦中にあるときは、もう身悶えするほど悪い面ばかりがクローズアップされる。
ところが、時間が経って、少し距離を置いて考えてみると、それは小さくてとてもじゃないけど悪い面と釣り合いのとれたものではないのだけど、良い面なんかも目を凝らせば見えてきたりもする。
自暴自棄になって、もういろんなことがどうでもいい、何もかも放棄して、どこかで命の灯が消えるまで、黙然と置物と化したごとく座りこんでもう何もしないでいよう、とか、自分の知っている自分であれば考えるはずだと思っていたが、いざ人生最悪の困難に直面してみると、善後策を懸命に考え、どこから出てくるのか分からぬ馬力で諸事奔走し、仕事も一日も休むことなく勤め、これ以上周りに心配掛けまいと作り笑いしたりと、僕の心は意外な弾力を発揮。
これは自分の知らない自分で、己の心に知らぬ間にできていたらしい貯蔵庫、しかも随分大きなその容量に驚いた。
今現在も、自分の知らぬ自分に驚いている最中で、飼っていた小鳥も何も奪われてしまい、家に帰っても生体反応のないその寂しさに、きっと自分は打ちのめされるだろう。周りの評価も僕は寂しがり屋で通っていて、自分もそうかもしらんとの自覚はあったものだから。
しかし、いざ独りになってみるとどうだろう。独りで生きていく覚悟が、日を追うごとに強くなっていく。
人間、生まれるときも独りなら死ぬるときも独りよ。
そんな野武士のような豪壮な言葉が脳裏を去来したり。
俺って実は自分が思っていた以上にタフガイなのかもしれん・・。と驚く。
自分のことって、本当に自分でもわからんものだな。と今更ながら。
困難に直面したときその人の個性が現れる。とはこれから写真貼っつける本に載っていた言葉だけれど、
今回現れた個性は、僕自身結構気に入った。
もっと早くに知っておきたかったな、この個性。
自分に対しての思い込み。
これもまた人生の可能性を大きく阻害するものだな。
そんなことを。
「アブラクサスの祭」 玄侑宗久著。
昔音楽の世界を志したことのある、精神を病んでるお坊さんが、地元で音楽ライブをやると決意。
その日までを彼の過去、思想、行動など交えて描く。
何かは分からぬが、懸命にもがきあがき生きる姿が心を打つ。
誰の心にも、自分でも説明のつかないモヤモヤ、不安、形をなさない悩みなどあると思う。
傍目には、一体何考えているのか?と思われるような行動も、その人にはやむにやまれぬ何かがあるのだろうと思う。
人生って、どこに落とし穴があるかわからない。
でも、それなりに懸命に生きていれば、知らぬ間にできてるかもよ、心の貯蔵庫。
うわ〜楽勝だわ人生wwwって感じで、何もしない頑張らない、迂闊に時を過ごす。
なんてことが、何もやってないようで、実はガンガン落とし穴を掘っている行為だったりするのかも。
迂闊に生きたここ何年かをいたく反省しおる僕は、そんなことを、後悔の奔流の中で。
そう思いました。
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じ・・じ・・自由だっ〜!!!!
遂に元嫁が我が家を巣立ち、本格的な独り暮らしが始まった!
荷物が全然運べていなくて、まだ人を呼べる状態ではないけど、独りの暮らしが始まった!
今のところって前置きはつくけど、すごく快適。
どこで寝ようが、どの時間に何をしようが咎める者もなく、すごく時間を贅沢に使えている気がする。
この間、二階の寝室に行くのが面倒で、リビングのソファーで寝てみたら、首を思い切り寝違えて、その影響は肩まで及び、首が回らん、肩上がらん、みたいなことになって、いくら自由でもある程度節度ある暮らしは心がけるべきだな、なんて自重もあったりしたけど。
今のところって前置きはつくけど、寂しさを大きく上回る快適さ。
煩わしさと寂しさの天秤の問題で、寂しさが上回れば、煩わしくともまた誰かと生活することを考えるのかもしれないけれども、今のところ、独りで生きていく気満々。
とはいえ、数年後に宮崎での仕事を終え、こちらに帰ってくる予定の両親がいるので、それまでの独り暮らしではあるけれども。
車も携帯も変えて、心機一転、少し気持ちに張りも戻ってきた。
焼きうどんと焼きそば率が矢鱈に高い食生活を除けば、マジでいい感じ。
処理するべき事柄もあと少しあるだけで、日に日にフリーダム。
問題があるとすれば、相手が約束事をきちんと履行するかどうかということくらいで、それだって、やらなければガンガンにとっちめてやるだけの気力が戻ってきているので、こちらに問題はない。
さぁ、遊ぶで。と言ったところで、遊び方知らないんですけどね。
とりあえず、粛々と身の丈にあった生活を心穏やかに伸び伸び過ごそうかと。
「教団X」 中村文則著。
この著者の作品はいくつか読んでいて、何かの広告でこの小説は、現時点での僕の全てです。みたいなことを書いてあるのを見て、そら読んでみんといかんね。と思い購入。
これまでのものより、人物に随分動きが多いというか、アクションが豊富に感じた。
スケールデカかったです。
帯に名前の出ている、又吉の芥川賞受賞作「火花」、羽田圭介「スクラップアンドビルド」も読みました。
どちらも面白かった。
ようやく頭も空いてきて、読書なんかも少しできるようになってきた。いやもともと空き空きなんだけど、5月からこっちしょうもない考えに頭を占有されていたものだから、読書どころじゃなかったんですね。
徐々にではあるけど、いろいろなものが目に入るようにもなってきた。
人生にリセットなどという便利な機能はないけれども、
人間関係も含めて生活そのもの、もう一度、あれだけの経験をした後なのだから、それが活きるように、一期一会の精神をもってしっかりやっていく。
でなければ、高い授業料を納めた意味がない。
明日は山中の試金石、最強の挑戦者を迎えた防衛戦がありますね。
しかし、夜勤・・。朝まで情報遮断できるか・・。
楽しみ。
この何ヶ月か、この手のことも全然楽しみに思えなかったから、
この楽しみに思う自分が嬉しい。
これからっすよ。
高く飛ぶために一度しゃがんだだけです。
しゃがみすぎて、足痺れてるけど。
そう思いました。
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「エターナルサンシャイン」 2004年 アメリカ 監督 ミシェル・ゴンドリー
記憶の一部を消してしまうことができる、というトンデモ設定を上手く活かしたラブストーリー。
僕も最近割に大きめの別れを経験したのだけど、ちょっとした揉め事とかしょうもない痴話喧嘩での別れであれば、この作中の記憶除去手術でも受けて綺麗さっぱり忘れてしまいたいところだけれども、いろんな人を巻き込んでの泥沼であるから、僕だけ忘れる訳にはいかない。むしろ、皆が忘れても僕だけは忘れてはなるまい。
記憶がなくなっても惹かれ合う二人。運命とか縁とか言われるものは確かにあるのかもしれない。とか思ったり。
人間の思い通りになることにドラマは生まれない。
思い通りにならない、そこに何らかの障害があり、それに人間が抵抗する。
その力がドラマを生む。
力足らざる故に生まれるドラマも、たくさんあるのだけど。
「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」 2014年 アメリカ 監督 アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
過去の栄光よもう一度。
強くそう願う往年の人気映画スターが、舞台で再起を賭ける。
しかし、彼が人気者であったのは、ヒーロー映画でいわば作品に恵まれたからと世間的には思われている。
彼の内面の声は、栄華を極めたそのときの思いが人格化したもの。
その声を振り払うべく、彼は己の演技力、役者としての力量で世間に認められたい。
そうすることで新たな一歩、本来の自分を取り戻せるのではと考える。
財産プライドこれまでのキャリア文字通り全てを賭けた舞台、是非とも成功させたい。しかしそこには様々な困難が。
誰にも自分的にノリノリであった時期というのがあったはずで、その頃の自分を取り戻したいな、なんて思ったりすることがあると思うんですね、ほらピッコロ大魔王も、ドラゴンボール集めて叶えた願いが若返りだったじゃないですか?僕も長いあいだ平和ボケというか、その安逸で簡単な生活に何となく違和感を感じつつも、大体「みんな」こんな感じでしょ?なんて普段「みんな」なんてものは信用もしていなければ、どこも何も良いと思わないものをこんな時だけ言い訳に使って、のんべんだらりと過ごしてきたんですね。でも、やっぱり誤魔化し誤魔化し生きていても、メッキというのは簡単に剥がれるもので、所詮偽物は偽物。手抜きはいけない。ツケが凄いよ。本当に、ツケが物凄いwwもう少し感性に正直に生きないと、どこかに無理がくるんすね。
といつもながら話逸れましたけど、この作品面白かったです。
善哉。
「幕が上がる」 2015年 日本 監督 本広克行
とこれまた演劇物で、しかもアイドルが主役。ももクロ。
これは、タイトル借りで今の僕の心境にリンクしたタイトル。
いよいよ10月から、新しい生活の幕が上がる。
吊り上げ劇場第二幕「災い転じて・・?」などと都合の良いタイトルを考えているけど、
「終わりの始まり」とか「見てあれ!獅子座流星群!?いや、あれは全てつりをに降りかかる災難だ!」なんかかもしれん。
この幕開けに際していくつか自分ルールを暫定的に設けたりしている。
同じ轍を踏まないように。
泥沼に嵌まり込む前の自分を取り戻すために。
と、また話逸れた。ノーコンにも程がある。
この作品、彼女らも正念場なんだろう。アイドルという枠にいつまでも入ってはいられない。
可能性をいろいろ模索しているのだろう。
この作品が新しい幕開けになっただろうか。
どうだろうか。
そう思いました。
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はじまりはいつも雨。
どころか、タイフーンですよ。
よりによって以前お伝えした車購入、その納車日、その日がピンポイントでタイフーン。
何かがおかしい2015。
もうでもこれくらいのことでは動揺しない。
矢でも鉄砲でももってきやがれ。
というある種の僕の開き直りを見て、不運を投げかける悪霊死神貧乏神何だか知らぬが、その手のやつが、興を削がれたのか、納車の時間には雨も小降り、風もないお天気に。
で、いざ乗ってみると、確かに一時的にここ最近の沈んだ気分を払拭するくらいにはテンションが上がった。上がったが、家の近所をフラフラ走り回っていたら、すぐに落ち着いてきて、うん、まぁ、こんなものかな。くらいに。
物から得られる満足程度では、やはり心の穴は埋まらないらしい。
しかも、当然修復暦ありの格安中古車だから、見に行ったときから傷があることは把握していたのだけど、それがお日様の下で見ると、意外と目立つww
気分一新の使命を帯びて我が家に来た車としては、ちょっと役不足だったか・・。
しかし、内装はこれまでの車に比して、格段に快適になって、いい感じ。さぁこれからどこへ行こうか。と在り来りなことを考えたり。
何かがおかしい2015のこれまでの傾向からして、
このまま終わる気がしない。まだ何かこの車に関しても問題が起こりそうな予感がしているけど、
もうここまでくればね、命に関わることでもない限り動揺しない。
なんじゃい、ワレ、ワシに何かあるんやったらタマ取る気でこんかい。
くらいの極道ノリ、「平成任侠伝 バツイチつりを 2015不運に咲いた狂気の華。」
そんなタイトルのVシネマで主役張ってる気分でこれからの不運災厄に臨む。
ここ数週間、この納車を楽しみに何とか気分をアゲて過ごせたけど、
今日から何を楽しみにしようかな。
・・・・って何これ????
と、どうでもいい話だけで終わるのもなんなので、ずっと貼り忘れていた8月のラーメン会で食べたラーメンの写真でも。
これ「石原ラ軍団」なる妙な名前の店で食べた一杯。
二度目の訪問ですけど、
やはり美味い。
メニューがめちゃくちゃ増えていました。
写真のこれ、なんて言ったかな?
忘れましたけど、
何とか熟成醤油みたいなメニューの品に、ワンタンをトッピング。
もう一回言いますけど、美味かった。
このあたりで一番かも。
「石原ラ軍団」
そう思いました。
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吸血鬼って僕はまだ会ったことないのだけど、これだけ世界中で認知されているのだから、どこかにはいるのだろうか。いたらおっかないね。
この吸血鬼の設定てのが大体、人の生き血を吸わないと生きていけない。太陽の光を浴びると灰になる。心臓に杭を打たれると、あれは死ぬのかな?一時停止みたいなもので、抜くとまた動くのかな?その辺記憶が曖昧だけれども、おおよそどの吸血鬼も設定にそれほどブレがない。
などと吸血鬼のことを考えていると、今の世の中に跋扈するオレオレ詐欺やら、ぼったくりバーやら、美人局やら、闇金やら、そういった法律無視の裏社会的なところで生きる人たち、そんな人たちのメタファーに感じたり。
そう考えると、たくさんいるね、吸血鬼。
僕のうちにもいてね、思いっきり噛まれたけど、なんとか致命傷は免れた。
でも、感染しているかもしれない。
感染したらどうなるんだろう。人を騙しても平気、友情を金に変える、信頼を笑顔で踏みにじる、人の未来を踏み台に自分の幸せを求める。なんてことが出来てしまうようになるんだろうか。
そうなったら、自ら太陽の下に出て、灰にならなきゃな。
そんなやつ生きている価値がない。という価値観。それよりは信念にも近いか。
他人を犠牲にしてまで、生きなければならない理由。
それを明確に示せないのなら、他人を犠牲にしてはいけない。
自分にはない生きる理由を、犠牲にするその他人は持っているのかもしれない。
よしんば、生きていかなければいけない理由を明示できたとて、その理由に他人を犠牲にしてまでの価値があるかどうかをよく考えなければいけない、さらにいざ噛みに行った相手も、生きる理由をちゃんと持っていた場合、どちら側により理があるかを見極めないといけない、そうなるとまずは話し合いみたいなことになって、そうこうしているうちに、何だか情が移っちゃったりして、ダメだこの人は噛めない・・みたいになって、次の獲物を探しに行く。なんてことを繰り返しているうちに、結局誰も噛めないで、干からびる。
どちらにしろ行き着く先は灰だ。
それは、吸血鬼も人間も同じか。
なんだ、この話。ローな気分で書いた灰だ。
「アフリクテッド」 2014年 カナダ/アメリカ 監督 クリフ・プロウズ デレク・リー
脳に不治の病を抱える青年と、その親友が、世界を周る旅に出る。
この導入部から、吸血鬼の話だとはとても想像できなくて、旅の終わりに青年の病が発症、親友「ウオー」みたいな感動物かと思った。
ところが、病の青年旅に出て早々に吸血鬼に襲われて感染、吸血鬼になるw
そこからは世界一周の旅もクソもなく、吸血鬼としての逃避行。
人間を襲い、人間から逃げ、行き着いた果ては・・。
一つ疑問はね、猟銃のようなもので自殺を試みるシーン。
死ぬことができず、吸血鬼青年、嘆き悲しむのだけど、
それ、お前、昼間に外出たらいいだけじゃない?
死ぬ気ある?と思ったり。
どんな生き物でも、「自我」がある限り苦しむのかもね。
そう思いました。
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