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言いたいことも言えないこんな世の中じゃ、ぽいずん。
と昔、テレビで歌っている人がいた。
ぽいずんの意味はさっぱり分からないし、それ、いる?とか思ったけど、その前の言いたいことも言えないこんな世の中という部分はよく分かる。と思った。
社会に対してとか、会社の上司に対してとか、鬼嫁に対してとか、いろいろ言いたいけど、言ったら60倍くらいになって返ってきそうでおっかない、とてもじゃないけど言えないな。なんてことを溜め込んで鬱々と暮らしている人は多いだろう。
上記のように恐怖から言えないというパターンとは別に、言っても同じだろうな、こんな奴に正論を説いたところで、伝わるわけないよね。なんて諦めから言いたことを言わない人もいるだろう。
しかし、まぁこれらは、損得を天秤にかけて、言うことの方がどうも損らしいとの結論を得るから言わないのであって、そこでどうも言った方がお得らしいとの結論が出たなら、きっと言えるし、言うんだと思う。
だから、厳密には言いたいことも言えないには該当しない気もする。
じゃあ言いたいことも言えないとはどういうことか?
それは、己の真情を己の知りうる語彙を散々に駆使して説明に及ぶも、相手に「は?」とか「え?」みたいな顔される。
言いたいことを気持ちよく話しているとき、相手からのリアクションが薄いことが気になって、ふと相手を見てみると、耳にイヤーホーン。
さて、映画を観て、鑑賞中、そこにあった己の思考を少し書き記そうかなと思って、書き始めるとだんだんに話が逸れて、最終的には何を書きたかったんだか分からなくなる。
なんてことが、本当の意味で言いたいことも言えない状態じゃないのかな。と思う。ぽいずん。
結局、言いたいことも言えないというのは自らの力不足に拠るところが大きいんじゃないか。
しかし、その言いたくて言えないことをあまりに溜め込むと、心が屈折する。そして、言葉にできないそれを衝動に任せた行動に移してしまったりして、それが問題に発展したりして、後で周りになぜ早く言わない。などと叱責を受け、ごめんなさい。となる。そこにはでもまた言い分があって、「でも・・」なんて謝罪の後に続けようとすると、「うるさい、言い訳をするな」などと言われて、そこからまた言いたいことも言えないが溜まっていく。
そう考えると確かに、人にとって言いたいことも言えないということはぽいずんかもしれない。
とここまで書いて、悲しい気持ちになる。
そう、お察しのとおり、言いたいことと違うのである。
今回観た映画は「心が叫びたがってるんだ」だったから、自分にとって心が叫びたくなるときってのは、どんなときかなと考えて書き始めたのに、いつの間にかぽいずんを理解していく過程になっている。
このブログを始めて随分になるけど、未だに言いたいことを言えたためしがない。かなしい。ぽいずん。
だからこそ、ダラダラと続いているとも思えるのだけれども。
「心が叫びたがってるんだ」 2015年 日本 監督 長井龍雪
僕は基本的にアニメを好んでは観ないのだけど、以前に偶々観た「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」に甚く感動し、それ以来アニメを観ることのハードルが少し下がった。
この作品は、アニメに対する小さくはあるが部分部分にあった穿った偏見を取り除くきっかけになった「あの花」のスタッフが製作した新作ということで、観るわなそら。みたいな感じで観た。
期待値が高かったせいもあるが、「あの花」程の感動はなかった。
如何せん、ちょっと狙いすぎというか、「要素」を詰め込みすぎた感がある。
眼目を一点に集中出来ない感じがずっとあった。
この物語をしっかり表現するには時間が短すぎたのかもしれない。
言いたいことも言えない。の理由の一つには時間的な制約もあるんだろう。
誰かの言いたいことも言えないを一つでも減らすために、
自分自身の理解力を高めておかないとな。
ね?また関係ないこと言っちゃってる。
ぽいずん。
そう思いました。
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