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おばすね。

八月に七回忌を迎えるうちの叔母さん。
 
この叔母さんに僕はメチャクチャ可愛がってもらってましてね。
 
言葉を話せるようになる前から、彼女が亡くなってしまうまでのあいだ、ずっと何かにつけ相談にのってくれたり、心配してくれたり。
 
いつ会っても元気だったので、ずっといるもんだと。
 
受けた恩は、彼女が年老いてからでも充分に返せるものだと。
 
それが、ある日突然、不治の病に罹ったとの知らせ。青天の霹靂。
 
それでも、僕はなんとなく助かるんじゃないかと心のどこかで思っていた。
 
報せから数日後、僕はたまたま取れた休みを利用して、彼女に会いに宮崎へ。
 
彼女を一目見て、本当に絶句。どちらかといえば、ふくよかだった叔母が、見る影もなく痩せている・・。
 
これは、本当にいけない病気になってるんだな・・とその時に実感。久しぶりの再会で、嬉しいはずなのに、笑えない。むしろ悲しみがすごい勢いでこみ上げてきて、言葉も出ない。
 
それでもその時はまだ、叔母は自力で歩くことができたし、声も出せた。
 
「また、来るからな。」って僕の言葉に、
 
「もう、来なくていいよ。今度は私から会いにいくから。」って。
 
そこから、半月ほどは何事もなく、病状を気にかけながらも、仕事に勤しんでいた。
 
ところに、母から電話、叔母の意識がなくなったと。
 
僕はすぐに仕事先に連絡をいれ、宮崎へ。
 
病室に着いて、叔母を見ると、たくさんのチューブに繋がれ、前に見たときよりもさらに痩せて、もう本当に骨と皮だけの状態。
 
手を握って「来たで!ねぇちゃん、来たで!」って声をかける。意識がないのだから聞こえるはずもない。
 
そう思っていたら、彼女の目が薄く開いて、握りしめていた手を少し握り返してきた。
 
皆もそれに気づき、それぞれに声をかける。
 
ほどなく、また意識のない状態に戻ってしまう。
 
そこで僕の強がっていた心の糸が切れたものだろうか、涙が溢れて止まらない。
 
涙越しに見える、叔母のベッド、そのとき、その場所が金色に輝いて見えてね。
 
彼女がその光に包まれて、何かすごく神々しかった。
 
意識はないものの小康状態を保っていたので、僕は仕事を片付けに一度帰る。
 
そこから、十日ほど過ぎた深夜、けたたましく鳴る電話。
 
この時間の電話。
 
良くない報せと相場は決まっている。
 
受話器のむこうで、「よく頑張ったけど、さっき亡くなったよ・・」と嗚咽混じりの母の声。
 
僕は不思議と何の感情もなくそれを聞き、「・・・うん。あした帰る。」
 
その後の通夜、葬式は呆然として、どう過ごしたかあまり覚えてないんすよね。
 
ただ、一つ、僕用に彼女の位牌を作ってくれないかとお願いしました。
 
何もできなかった僕にできることは忘れないこと。
 
そう思ってね。神とか仏とかご先祖がどうとかそんなことはどうでもよくてね。
 
ただ、彼女に何の恩返しもできなかったことの悔い。
 
後日届いた位牌。
 
裏側を確認すると、命日に誤りが。
 
これはすぐに言わないと、そう思って母に業者の連絡先を聞こうと思ったんですけど、
 
この日付、よく見ると、僕と彼女が最後に会った日。
 
薄く目を開けて、手を握り返してくれたあの日の日付。
 
彼女の命日は、親子ども親族が覚えてるでしょう。
 
でも、この日付は僕だけのもの、僕が忘れればそれまで。
 
だから、直さないでおいた。
 
(ねぇちゃん、今年は暑くなりそうだよ。)とか仏壇に向かって話しかける。
 
こういうときいつも背中に感じる暖かいしびれのようなもの、これを勝手に返事だととらえてる。
 
・・って話がオカルトに流れたっすね。
 
というよりですよ、今日は金子哲雄氏の本の紹介をしようと思ったんですよ。
 
彼も、不治の病にその若い命を奪われた。
 
その本を読んでるあいだ、ずっと叔母が頭に浮かんでいたので、そっち書いちゃった。
 
本の事はまた次に書きます。
 
まぁ。・・・あの・・・うん。・・・・すいません。
 
 
 
 
 

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