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先日、コメント欄で「映画、お好きなんですね」的なことを言ってもらって、はて?本当に好きかな?って今まで、疑問に思わなかったことを考えた。
僕の周りも、僕のことを映画好きと認識してるっぽい。
それなりの本数を観てはいるものの、これ、好きで観てるのかな?どこか自分の中で釈然としない。
だって、本数観ている割には、それほど詳しくはないし、もっと深く知りたいとか、技術的なこととか、ほとんど興味がない。少しでも何か考えさせてくれればそれでいい。
そこで思う。僕が映画を観る大きな理由は、一日に意味を持たせるためなんじゃないか、とか。
日常のほとんどを労働に費やす僕の一日は、実に機械的。
朝、起きて出社、朝礼みたいなことをやる時間まで、会社の人間と少し雑談(ほとんど仕事の話)、朝礼後、仕事開始、こうなると、もうほとんど人と話さない。機械的に、日常の業務をこなす。で、終業、いつもと同じ道を同じくらいの時間をかけて家路に着く。帰宅後、すぐに夕餉の後、入浴、嫁と少し談笑、明日も早いからって就寝。
・・・・しょっ、しょーもなッッッ!!!!
我ながらのっぺりしすぎて、目を背けたくなる。
表情で言ったら、これ、無表情。
そら、この生活で生きてはいけるけど、生きてるだけ。
一日の大半を機械的に過ごし、その間はいつもイライラ、実に狭い視野で、たださえ狭い自分の世界をさらに狭めて、自分勝手に四苦八苦。
その日一日の最大の記憶が、仕事だと?それじゃあまりにも切ない。
そう思うから、帰って、少しくらい疲れていようが、眠たかろうが、本か映画に手を伸ばす。
こういう時、映画は一本大体約二時間と収まりがいい。
映画を観ながら、仕事場では果たせない、人間らしい思索ってやつに耽る。登場人物に、自分のどこかしらを投影させて、自分なら・・とか、自分と会話を試みる。その日の不全感を何とか消化しよう、人間らしさを取り戻そう、みたいな。
なんの引っ掛かりもない、面一のっぺらぼうな一日、立て板に水のごとく流れる時間に、なんとか引っ掛かりを、楔を、そんな考えから映画を観てる気がする。
やじろべえの持ってるあの棒、あれの両端の玉が、本と映画。それでバランス取ってるのかも。
表情の無い一日に対する、約二時間のささやかな抵抗。
・・・って、マジで、何これ????
さーせん。
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