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忘れたいと思っていることは、いつまでも覚えていて、覚えていたい、覚えていないといけないと思っていることは簡単に忘れる。自分の頭なのにひとつも思い通りにいかない。

誰しも経験のあることだと思うのだけど、誰でもそうだからと安心出来ないのは、どうもその頻度が人よりも随分と高い気がするからなんですね。

約束事、人の顔、目的地までの道、買い物に行って買う物、毎日忘却が原因で失敗をしでかす。

あかんことだなぁと反省する。毎回。

で、その反省を活かして、何か対策を採るかとかいえば、これが何もしない。

メモくらい取ればいいものを、それもしない。反省だけならサルでもできる。とか何かのキャッチだろうか、聞いた覚えがあるけれど、正にそれで、反省だけはする。サルでも出来るやつ。

これだけ毎日なにがしかの失敗をするのにも関わらず、まだ己の頭を信頼しているらしい。愚かだ。

もしくは、これは最悪のケースだけど、その失敗反省すらも忘れてしまっているのかもしれない。

今年も終わることだなぁと何となく反省でもしてこますかと、備忘録がわりのこのブログを過去に遡って、少し読み返してみた。

・・・忘れとる。

そこにはこれホントに俺が書いたの?みたいなことがたくさん。

忘れていた思い出の切れ端もたくさん。思い出して心が少し温まる。

思い出は電子レンジみたいなものであることだななんて、安い歌謡曲の歌詞みたいなことを思う。

心が寒く凍えそうな時季を思い出で心温めて乗り切る。なんてことが必要なときもあるのだな。

などと感傷的になりつつ読み返していると、忘れてしまいたい厭な思い出もたくさん出てきて、折角温まった心がまた酷寒。

サウナと水風呂を往復しているような、したことないけど、想像が、ニュアンスが、そんなような感じで、これはこれでデトックス的な効果があるかもしらん、みたいなエモーショナルな年末。

・・・もう読み返している目的が違ってしまっている。

こういうの人としてなんていうのかな?伸び代が無いっていうのかな?

でも、多分、こいつ伸びようとする、伸び代が無いこと忘れて、伸びようとする。

忘れて、忘れたことを忘れて、同じところでいつまでも。

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「忘れないと誓ったぼくがいた」   2015年  日本  監督 堀江慶

少し前に終わった「掟上今日子の備忘録」、あの物語の主役忘却探偵掟上今日子は、一日寝ると記憶がリセットされて会ったことのある人も物も全部忘れてしまう。という特徴を持っていたけど、

この物語は、それとは逆で、相手に忘れられてしまうという特徴を持った女子高生が主人公。

どんなに親しい人にも数時間で忘れ去られてしまう。

しかし彼女自体は記憶にも何も問題が無い普通の女子高生。女子高生ですから、お年頃ですから、そら当然恋もする。

とても好きな人がいるのに、相手は自分を忘れてしまう。自分は覚えているのに、ガッツリ想っているのに。

一度は成就した恋なのに、

次に会うと相手は自分を忘れている。

切ない。

ヒロインの想いが身悶えするほど切ない。

他人に忘れられてしまうという、原因不明の絶望的状況。

それと健気に純粋に向き合い、抗う姿がもう何とも。

ちょっと、えっ?と思った投げっぱなしな感じの意味深なラストも、その意味を自分なりに考えていると、

物語冒頭からの伏線にたくさん気づく。

記憶をくすぐられる作品。

善哉。

そう思いました。











今日はクリスマスなんですね。

車のエンジンをかけると、ナビが起動し、今日はなになにの日です。みたいなことをいつもどおりの無機的な感じで言う。

それが、今日は「メリークリスマース!」ってこれまで聞いたことのないハイテンションでいきなり言うものだから、「うおっ!?」ってビクッとした。

そうか、クリスマスか。今サンタさんに何が欲しいかと聞かれたら、「不動心」と答える。

ナビに言われるまで、クリスマスという世間的には大きめのイベントを忘却しておったことが、何か一歩、憧れのその不動心に近づけたような気がして嬉しかった。が嬉しかったという時点で不動心ではないからやはりそれは、「俺は世間のくだらぬ流れ、行事に一喜一憂、右往左往して浮き足立つような唐変木ではない。一日は同じ一日、そこに楽しむ理由や特別な意味を付与せねば人生のこの得難い一日という時間を大事に出来ぬ衆生の物悲しさよ。」などいう不動心を体得した男前のそれではなく、単に忘れていただけというのが正しい。悲しい。

こういうことを考える時点で、もうその不動心との距離が物凄くあることを感じて、絶望してまたそれが不動心との距離を遠ざけて、何だよ不動心、絶対無理じゃないか、もうここまでくれば特殊能力だよ、先天的な素質がないと無理なんじゃないか、後天的な努力でどうにもならないんじゃないか。それ系の悪魔の実食べるとか、石仮面被るとかバグズ手術受けるとかしないと無理じゃないのかとか。

ふと思う。

特殊能力。

そんなものをもし仮に持っていたとして、それはしかし人生をいいものにするのだろうかな。

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「ストレイヤーズクロニクル」   2015年  日本 監督 瀬々敬久

何やら名目は忘れたけど何かのための人体実験の結果生まれた、特殊能力を備えた子どもたちが主人公。

最近は「ワンピース」を代表に、ジョジョ、テラフォーマーズ、何だか忘れちゃってたりするけど、兎に角たくさんの作品で特殊能力を持った登場人物が戦うものが花ざかり。

あまりにたくさんあるから、その手の物語にはちょっと食傷気味。

しかし、どの物語も特殊能力があるから、余裕で幸せぶっこいて生きているかと言えばそうではなく、何だったら普通に暮らしている人たちよりも苛烈過酷な日々を過ごしていたりする。

無ければ欲しい、手にすれば苦しい。

隣の芝生は青い、青い、青い。

何だかな。

そう思いました。














年末ですね。師走ですね。みなさんいかがお過ごしでしょうか。

真っ当に生きておられる方ならば年末進行!年内納期!帰省準備!カウントダウンパーティー!なんつって通常忙しさマックスなのでしょうけど、私は特に際立って忙しいというわけでもなく、いつもどおり、抑揚のない日々をそれとなくなんとなく生きております。

「何かがおかしい2015」今年の私的流行語大賞でございます。

その2015年もいよいよ残すところあとわずか。といったところで、それが待ち遠しくもなく、だから?みたいなことも思うのは、分かっているから。2015なんて年のせいにしているが、そんなもののせいでは全然なく、ただこれまで逃げてきたこと、避けてきたこと、怠けてきたこと、妥協したこと、誤魔化してきたこと、安逸に過ごしてきたこと、目算違い、食い違い、そんなものが満を持して結晶化したタイミングが、今年だったというだけのことで、おみくじや星占いのような運勢とか星回りとかのせいでは全くもってない。ただ、呼吸が鼓動がいやでも押し進める人生の時間、その途上のある点に到達したというだけのこと。

これまでもそうだったけど、やはり人の心というのはどこまでも不可解で、今年起こった様々は、私に一生分の問題集を与えてくれたように感じます。休まず弛まず怯まず怠らずまずまずの感じでこれに取り組んでいこうと、今は薄ぼんやりと考えています。あと、一人では広い家のどこかにサンドバッグを吊るせないだろうかとも考えています。それと、上に寝転がるだけで姿勢が矯正されるなんて謳い文句のヨガポール?だったかな?何ポールだったか忘れましたけど、それの購入も考えています。ただ、もしこれが使い物にならなかった場合、とんでもなく邪魔だなかつ何の役にも立たないなとの思いが購入を踏みとどまらせています。

と、さっきから何やらお便りみたいな文章だけれども、誰に語りかけておるの?との疑問はもっとも。

これは今年いろいろにお世話になり、お見苦しい姿もお見せした、いらぬ心労を与えた、心配をかけた方々の顔を思い浮かべながら、それと、お顔は拝見したことがないものの、いつも下らない上に今年は愚図愚図と愚痴っぽい内容がかなりの頻度でコンボしたこのブログを、見捨てることもなく読み続けてくれた奇特な方々にも感謝しつつ、「運命」なんてことを念頭に何となく書いたらこうなった。勢いで書いて読み返して思う。

結局、何が言いたい?・・・・んん。


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「蒼穹の昴」   浅田次郎著。

この作品の主人公、春児のように、運命に抗って雄々しく生きたいものだ。

彼は雄の証は取ってしまっているけど。

すごくドラマチックで、幾度か泣かせの浅田の術中に嵌まり目頭が熱め、みたいなね。

続きが気になる。魅力的な登場人物たちのその後が気になる。

善哉。

そう思いました。






ねすとすね。

家から歩いていけるところに、焼き肉食べ放題の店がある。

近所の飲食店くらいは把握しておきたいので、いつか行きたいと思っていた。

ここ最近、人と外食に行くことが増えたから、どこに行こうか?なんて話になったときには、「あそこ行ってみようか?」なんて感じでそれとなく誘導するのだけど、そこを知る人には皆一様に、何故折角の楽しい外食の予定を立てているこの時に、その楽しみを阻害するような妙な提案をするのだ、ふざけるな味覚音痴め、行きたければ貴様一人で行け、みたいな険しい顔で「あそこは無い」とかなり強めの口調で断わられる。

そこで、そのそこを知る人たちに何がそんなにダメなのか聞いてみると、大体同じような答えが返ってくるのだけど、一言で言えば「シンプルに不味い」らしい。

そうか。不味いのか。しかし、その店は基本は焼き肉だが、寿司もおでんも炊き込みご飯、カレーなんかもあるらしく、それらも食べ放題に含まれる。肉がダメなら、それらを食べればいい。パンがなければクッキーを食べればいいじゃない。ほほ。みたいな考えで、折角そこを知る人からのネガティブな情報も、何故か僕の中では、絶対に行ってこます。という決意の方向にポジティブに作用してしまった。

さぁ、行くで、近々行ってこますで。と言ったところで、ご一緒してくれる人がいなければ行けない。何せ一人で外食ということが出来ないダメンタルの持ち主であるからね。お恥ずかしい話。

ましてや焼き肉の食べ放題に一人なんて、いける人がいっても変な感じになるようなところに、とても一人では行けない。

そこで、「あの男に連絡だ。」と連絡したのは、安定の狂拳。

この男は、食べ物にうるさい。

うるさいが、それは本当の意味でただうるさいだけで、グルメでもなんでもない。

うるさく何でも食う。食べ物にうるさいのではなく、食事中うるさい。が正しい。

何事も経験だ。自分の世界を拡げたければ、自分で動くしか方法はないのだ。

思い込みは人生の障害だ。人に言われたことを手放しで信じるなんて怠け者だ。怠惰だ。

世間の声なんて胡乱なものがこれまでどれだけ人生に正解を与えてくれたというのだ。

そんな声に絡め取られて動かないなんて愚はもう僕は犯さないんだ。

ファッキュー世間、マザファッカー大衆、ノーフューチャーアアアアアア。

と勢い込んで、行ってきた。

土曜の夜だというのに、客がまばらな少し寂しい店内。

客層は圧倒的に中高生くらいの子どもが占める。値段がすごく安いからね。お小遣いでも来やすいんだろうね。

大人がいないというのは、一抹の不安を感じさせる。

席に着き、バイキング形式だとの説明を受け、肉を取りに行く。

狂拳は、好物の寿司を取りに行く。

肉の種類が少ない・・。まぁこの価格であれば致し方あるまい。しかし、これは何の肉だ?と思われる肉もあって、それは少し怖いから取らないでおいた。

席に戻り、肉を焼いていく。寿司を取って狂拳も席に着く。

「おっ、かに味噌とかあるんや?」と軍艦巻きを指して問う。

「あほう、これネギトロや!」

・・・へぇ〜そんな灰色のネギトロあるんや・・・やっべぇぞ。この店やっべぇぞ。

「不味い!」狂拳が叫ぶ。今日ばかりは僕も止める気にならない。

肉が焼けていく。これがまた不思議なことに、焼く前の見た目はそうでもないのに、焼くとパッサパサになってまるでビーフジャーキー。こんなに固くて筋張っているのに、カットが大胆で一切れが極めて大きいものだから、いつまで噛んでも飲み込めない。

「不味い!」この日ばかりは僕もおらんだ。

食べ放題であるのに、腹四分目くらいで退店。

みんなの言うこときいておけばよかった。助言に従えばよかった。

聞いても後悔。聞かでも後悔。

嗚呼、難しい。生きるって難しい。


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「ネスト」  2014年  フランス・スペイン  監督 エステバン・ロエル フアンフェル・アンドレス

あるアパートに暮らす姉妹。

妹は普通の娘。姉がちょっと問題ありありで、外出恐怖症、男性恐怖症、狂信的なキリスト教信者。

お年頃の妹の恋路を阻もうとしたりする。

そんな家にある日、かなり大きな怪我をした男が助けを求めてやってくる。

このことがきっかけとなり、加速する姉の猟奇的で奇異な行動。

徐々に見えてくる彼女の本性。怖い。

「エスター」を凌ぐ衝撃のラストとありますが、

見える範囲での真実というか、「エスター」のようにまるっきり意識していなかったところからの衝撃ではなかったので、驚きは思った程ではなかったですけど、明かされた真実の内容の深刻さはこちらに大きく分があったように思います。

そもそも、「エスター」と比べる意味は?

なんてことも思いましたけど。

姉がいろいろ思い込んで、人の道を大きく踏み外すその過程。

外に出て、人と触れ合って、その良いところも知ることができていたなら、

そんな道を行かなくてよかったのかも。

そう思いました。











じぬよさらばすね。

今年を振り返るに、正に人生最悪の年であったな。と。

思い出すだけで、未だに凄まじい憤怒が身内から湧き出してきて、何もかもを破壊してしまいたい、暴れ出したい念い(おもい)が、凝って塊となる。じゃあ振り返るなよって話だけど、今日は暴念塊。

そう今日は忘年会だったんですね。

例年なら、この言葉を聞くと、何故人生の貴重な一年を忘れる必要があるんだとの反発を感じるのだけど、今年は、本当にね、マジでね、忘れたいね、忘れたい。なかったことにしたい。記憶からこの一年を消せるのなら、どんな忘年会にでも出席したい。

でも、こんな年に限って忘れてはいけないんですよね。何故ならいろいろ精算が済んでいないから。

「金の切れ目が縁の切れ目。」と巷間言いますけど、うちは「借銭の切れ目が縁の切れ目。」

この返済が綺麗に片付かないことには、後腐れなくそれぞれの道を気持ちよく行くことは出来ない。切りたくとも切れない縁。下手くそな別れ方をするとこうなる。

遺恨は残したくない。が、相手次第でもどかしい。自分が頑張ってどうにかできるなら、一刻も早く片付けて、じゃあお元気で。なんて感じで振り返ることもなくサクサク己の道を行くのだけど。

しかし、金かぁ。カネの問題で、自分がこんなことになるとは、全くもって意想外。日々労働に勤しみ、身の程を知りある程度の未来を計算しつつ、質素倹約に努め生きているつもりでいたのだけど、それが底なしのバケツに水を懸命に貯めようとしていた行為でしかなかったとは、愚かの極み。A5ランクの残念。

人生は奥深いなぁ。まだまだ知らない面がたくさんあるんだな。

銭ごときで・・。たかが銭、されど銭。金銭など目に見える価値に屈したくないとの思いはまだ消えないけど、今回は見事に敗けた気がする。くそう何だよ銭。こんなものの尻尾を追い掛け回して気づけば死亡棺桶火葬場お墓。
そんなのはちょっと・・。

むう・・・もう一度いろいろなことをちゃんと考えよう。価値観の再構築。急務ではあるけど、急いだらまた変なのが出来上がる。焦らず急いで!仕事場で新人の頃よく言われたな。何だよその言葉。急いだら焦るに決まってるじゃないか。と思っていたけど、今、自分で自分に言うカオス。・・・何の話でしたっけ?


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「ジヌよさらば」  2015年  日本  監督 松尾スズキ

あるトラウマでお金恐怖症に陥った元銀行員が、お金を全く使わない生活を目論んで田舎に移住。

お金で回っている世の中、それは当然田舎も例外ではなく、金を使わないという彼の生活は様々な困難に見舞われる。

これはコメディですけど、このテーマでシリアスに描かれた物語なんかあれば観てみたい。

そんなことを。

そう思いました。
















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