過去の投稿月別表示

[ リスト | 詳細 ]

2016年03月

← 2016年2月 | 2016年4月 →

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

しぇふすね。

冷蔵庫のなかにあるもので、適当に何か作る。

これができる人は料理上手、なんて言います。

約7,8年ぶりの一人暮らしで(現在は両親が転がり込んできて、残念ながら一人暮らしは半年で終わり・・)、自炊を試みてみて本当にそう思った。

まず近所のスーパーマーケットに行き、買い物に悩む。何せ何か作ろうと食料品を物色したことがなかったから。そこで買い物といえば主婦。主婦の目線になりきって、あら今日はチンゲンサイが安いじゃない、このバナナ傷んでるわね、人の買い物かごを覗き込んで、あら、奥さんち今日はビーフシチュー?とか心の中でつぶやきながら買い物。

家路に着き、主婦目線で買ったチンゲンサイを前に調理法が分からず包丁片手に台所で、どこ切るんだよ・・と途方に暮れたことを思い出す。

目線だけ主婦でも、知識とスキルが追いついていないとダメらしい。

またいつもの悪癖で話を大きくしますが、これ人生と同じだな。と。

周りにいる人、持っている物、仕事、収入、時間、体調、過去、いわゆる今日の自分に備わる条件。

自分の冷蔵庫に入っているもので、楽しくやらないといけないわけです。(人生は楽しまなければダメだと思う人、あるいは楽しみたいと思っている人は)

それを、あれがあれば、これがあれば、そら、思い浮かべるもの全部あれば、楽しくやれるかもしれない。

でも、それはあくまで想像で、自分にそれらを活かすスキル、知識がなければ、やはりそれらを兼ね備えた人ほどは楽しめない。

目線だけは賢者のそれになりきったとて、中身が伴わなければ、宝の持ち腐れ。

今あるもので、思い浮かぶ最良を作る。

それが人生上手。

五体不満足でもあれだけエンジョイしている人もいるのだ。エンジョイが過ぎて、ちょっと大変っぽいけど。

五体満足で何の不平不満を言い募る?

と思うのだけど、なかなか思うように楽しめないね、材料はふんだんに持っているはずなんだけど。

どうも僕はへっぽこ料理人みたいだ。


イメージ 1


「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」  2014年 アメリカ 監督 ジョン・ファヴロー

ある店の雇われシェフが、オーナーと料理の方針を巡り喧嘩。クビ。

再就職しようにも、悪名が巷間流布し、どこも雇ってくれない。といって自分の店を出すだけの資金もない。生活の危機、思いついたのはフードトラック。

別れた妻と暮らしている息子。オヤジのフードトラック開業を聞き、

夏休みの間手伝いたい。と

料理人としての父を尊敬する息子。

腕は確かなシェフ、各地を転々としながら、ドンドン話題を集める。

親子の絆もドンドン深まる。

心温まるロードムービー。

みたいなお話。

毎度かいつまみすぎているけど。ざっくり。

このシェフ、料理はもちろんのこと、幸せも自分に備わった条件で上手く作り上げてみせた。

今ある材料で、きっと幸せは作れる。

足りないものを嘆くより、今あるものを喜ばないと。

そんなことを思ったり。

善哉。

そう思いました。



























なんのはなし?すね。

子どもの頃から少年期青年期の始めの頃まで、オヤジの横でオヤジの好きな任侠映画と寅さんを見たことがあったくらいで、自発的に映画を観たことはなかった。

それが十九、二十歳の頃、偶々手にとった淀川長治氏の本に書いてあった、「すべてのことは映画で学んだ」(思い切り要約してます悪しからず)という言葉に触発されて、その頃から映画を観るようになった。

最初は聞いたことのあるものを手当たり次第、そのうち好みが出てきて、それが過ぎると、何でも面白い期みたいな時期があって、そうこうするうち若干惰性も出てきたりして、観ること自体にいろんな疑問を持つ時期なんかもあったりしたものの、今も見続けている。

そして前述の淀川長治氏の言葉に嘘はなく、たくさんのことを映画から学んだ。(それが活かせているかどうかは別問題だけど)

淀川長治氏の最後の言葉という記事をこの間ネットニュースで読んだ。

その最後の言葉は淀川氏といえばの「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」ではなく、姪に残した「もっと映画を見なさい」だったという。

誹謗中傷揚げ足取りが横行し、一億総監視社会の様相を呈する現代、他人を落とせば、自分が上がると思っている人がネットで好き勝手な言辞を弄する現代、今こそ淀川長治氏じゃないか。

彼はどんな映画も決して酷評することはなかった。どんな映画にも見るべきところはある。と

これ、本当に好きな人の言葉だと。

映画という文化そのもの総体に対する愛だと。

最後の言葉「もっと映画を見なさい」

この言葉の「映画」の部分を何に置き換えても、そこに愛がある。

そして、愛は諦めない。どんなものにでも良いところを見い出し、それを力に変えていく。

何かと諦観が支配する今の僕の思考は、何かのダメな部分を発見するより、良いところ見つける方が実はずっと難しいんじゃないか。と以前から薄々感じていた。その感じ感が実感になる。

特に今、様々に懐疑的、不信感に侵食されている僕の目は、何かを良く見るということができない。

何かに対して、揚げ足は簡単に取れるのに、可能性は見つけてあげられない。

腐っとるね。

中島みゆきのファイトという歌に「少年の目が年を取る」というフレーズがある。

これすごい表現だ。最近、本当に「中年の目が年を取る」ということを実感している。

見える景色が色を変える。

君が人生に期待しなくなっても、人生はまだ君に期待している。

誰だったっけ?フランクルだったかな?の言葉。

人生は目の腐った僕に何を期待しているのだろう。

そして、これ何の話だったろう?

映画のこと書こうと思ったのにな。

真っ直ぐの投げられないピッチャーみたいだ。

何これ????


イメージ 1


といった話で終わってしまうと、長めのツイートみたいなことになってしまうので、この間月一ラーメンで行ったラーメンの写真を。

この日は、超有名店「カドヤ食堂」に行こうと先月から申し合わせていたのだけど、生憎の雨で、雨の中並びはキツイということになって、近くに最近オープンしたらしい店へ。

鶏そばの醤油とダイブ飯といって、最後に残ったスープに入れて食べるご飯をオーダー。

とても美味しかったが、ダイブ飯の量が意外に多くて、少し残してもた・・。

気になるメニューがいくつかあった。

また近々。

「麺や 鳥の鶏次」


そう思いました。

















まにーすね。

今勤めている会社のこと。

僕の所属している会社は下請けで、上に別の会社がある。

業務自体は同じ場所で同じことを行うのであるけど、主に管理を上の会社が担い、実作業のほとんどは僕たちの会社が行う。

当然実作業を行う方が仕事はキツくときには猫の手も借りたいほど。

そんなときに管理を主担とするとうそぶく上の会社の人間が、事務所の中でそれ以上力抜けないだろうってくらいダラけた姿勢で座って居眠りしているのが見えると、とてもイライラする。

もう少し働いたら?なんて言ったこともあるのだけど、柳に風糠に釘、「俺たちは何かあったときに動けばいいんで、何もないときは何もしなくていいんだよ」とか言う。

確かに管理の仕事というのは、そういったものかも知れない。だけど、その前にお前らも人間だろう?人間なら、困っている他人を見て、放って置けるのか。というのは、道徳倫理の問題で、今話したいこととは違う。相変わらず話が逸れる悪癖、矯めないとね。

僕が言いたいのは、管理は有事の際に動けばいいと、それはそうなのだろう。それでいいと思うのだけど、なら何もないとき何もしないでいいのかって話で、サボり方を考えろ、多忙を極める作業員に見えるところでサボるんじゃねぇよって話、サボり方も仕事のうちだろう、管理というなら、作業員のモチベーションを上げることも管理の仕事だろう?見えるところで豪快にサボって、あいつら馬鹿だカスだ、と作業員に陰口叩かれ、そういう管理職の言うことをいざそのお前らのいう有事の際、誰が聞くだろう。お金をもらってする仕事というのは、サボる時は隠れて、仕事するときは人に見えるところでってのが基本だろうよ。

といった理由で、見えないところでサボれない管理職は無能だと思う。それでも立場的には上なものだから、勘違いする。己を有能だと勘違いする。王様は裸だ。けど、うちの会社はオジさんばかりで、純粋な子どもなどいないから、王様が裸であることを誰も教えない。結果、サボり陰口の無限ループ。だめだこりゃ。



イメージ 1

「マニー」   2014年  アメリカ 監督 ライアン・ムーア レオン・ギャスト

前人未到の記録を次々打ち立てるミラクルボクサーパッキャオ。

そのパッキャオの人間の部分に力を入れて撮られた作品かと。

ある程度パッキャオに対して予備知識がないとあまり面白くないかもしれない。

スーパースターの裏の顔。一人歩きする表の顔に対し、素のパッキャオの疲れた顔。印象的。

綺麗に輝く月も裏側は暗い。

栄耀栄華を極めた者が陥る享楽の罠にあのパッキャオでさえ軽く嵌ったんだな。

パッキャオほどの人間でさえ、表の顔と素の自分をしっかりと意識しているというのに、

狭く小さい小屋の中で威張りくさり、表も裏も同じ顔をさらすとか、何なんだよ、あいつら。

とか、狭く小さい小屋の中のことを憤る。

そういうわたしはいつもセトモノ。w

同じ穴の狢ってことだね。

小さなところで生きていても、心は大きく持たないと。

そう思いました。







あしたかぁすね。

はわわわ。

何度カレンダーを見ても、やはり明日らしい。

明日って17日ですよね?うわわわ。

やっぱり明日か〜。ぐぐぐ。

いよいよ自由時間が終わる。覚悟していたのだけど、いざその日が来るとなると、これまでの快適ライフが惜しい。

これからやろうと思っていたことも、取り敢えず保留、もしくはこのまま頓挫か。

いやしかし、これまで散々自由に生きてきたのだから、それはいいのだけど、何が引っかかるかといえば、両親そろい踏みでここに来て暮らすということ。

どちらか片方になってしまったなら、一人っ子長男坊主の役目として、当然面倒を見る気でいた。

しかし、今はまだ二人とも健在。彼らがつがいでいるうちは、一緒に暮らすことはあるまいと油断していた。

ところが、今、いろいろあって一軒家に独り暮らし。そこへ持ってきて、父親の大阪転勤。めっちゃ環境整ってる・・。

いろいろあったそのとき、とんでもなく迷惑をかけてしまったものだから、恩を返すならここだな、と思ってうちにくればいいよ。なんて軽く言っちゃったけど、これからを想像してマイルドにまいってる。

まず、二人揃ってここで暮らすとなると、主客転倒が確実に起こる。

僕が居候みたいな感じになっちゃうと思う。ってかなる、絶対。

深夜の帰宅に忍び足、部屋でのテレビはヘッドホン、服を脱ぎ散らかしたり、ジーパンで寝たら怒られる、挙措動作に気を遣わなくてはならなくなる。親の友達、会いたくもない親戚が来たりする。リビングでのチャンネル権を強奪される。韓流ドラマを録画させられる。チョコレートばかり食べてると流石にこれくらいでは文句も言わないだろうけど、困り顔される。ああ気を遣う。

そして一番嫌なのは、離婚のことを聞かれること。思い出したくもないんだまだ。言ってない衝撃の事実もたくさんあるんだまだ。迷惑をかけるだけかけておいて隠し事とか道義にもとる行為に思えてしたくないんだ。だけど年老いた両親にとてもじゃないができる話じゃないんだこれ。

うわわわ。

参ったな。

母親と電話で話したら、新生活にウキウキしてる。ゴメンかーちゃん、オレそんなに楽しみじゃないんだ。

親にしたら次の生活の目処が立って、荷が下りた感じかつ息子の建てた家に同居なんてちょっと素敵みたいな感じなのかもしれないけど、その荷はそのまま僕の肩に載っかってきて、生活の重圧が息苦しくて、ダメだ、ちょっと外の空気、そう思って散歩に出かけたら、いい感じで止めていたタバコに知らぬ間に火を点けてたりして、知らない街を歩いてみたい、何処か遠くへ行きたいみたいな昔聞いたことある歌が頭の中をリフレイン。

ダメだなぁ。

言い訳じみて聞こえるかもしれないけど、もう少し時間が欲しかった。怪我がまだ治ってねんすよ。

が、人生はいつも唐突に運命を突きつける。

離婚からの親との同居。

流れが来てるよね、良い悪いは別にしてしっかり流れがあるよね。

なるべくしてだよね。

不思議だね、人生。

それでも人生にイエスと言う。

昔読んだ本のタイトルだね。

明日って、17日ですよね?

ですよね・・。

何これ????

そう思いました。














あにーすね。

調子のいいときに、機嫌がいい、朗らか。

当たり前。

別段普通の毎日、そんなときに機嫌がいい、にこやか。

お前良い奴。

絶不調、何をやっても裏目に出る、二択も外す、予定の日に必ず雨が降る、人には騙される、新しい靴でウンコ踏む、そんなときにも、人生に感謝、前向き、ポジティブ。

直視できない、ブライトライト、眩い、マジ聖者。

二番目までは希にお目にかかるが、三番目のマジ聖者は僕のこれまでの人生でも、思い出せるのはたった二人。

一人はもう他界してしまっているから、現行ひとり。

でも、そんな存在がいることを知っている。

この事実は、かなり大きい。

作り物の物語の中には、たくさん出てくるマジ聖者。

そういう人が現存すると知らない人からすれば、それはファンタジー、ツチノコ、UMA、UFO。

なれるわけない、なる必要もない、と開き直れる。

が、知っているとそうはいかない。

己の汚さ、弱さ、脆さ、くだらなさを情けなく思う。

年を取るごとに、言い訳ばかりが巧くなって、またその言い訳を状況が年々許すようになってくる。

いわく、だってもうこの年だもんね。もう少し時間があればね。タイミングが合えばね。ストレスが凄いからね。

そうじゃないことは知ってるんだけど、言い訳で誤魔化さないと安いプライドに傷がつく。

そんなものを大事にしているから、

いいときにしか笑えないんだよ。

分かってるんだけどね。

そんなこと。

イメージ 1

「ANNIE アニー」   2014年  アメリカ  監督 ウィル・グラック

ミュージカルで有名なんですよね、この作品。

タイトルととぅーもろーって歌は知っていたのだけど、

物語を知らなかったから観てみた。

やっべー、アニーやっべー。

彼女は太陽や。

太陽ってのは、近づきすぎるとそらもう高熱で、どんなものも焼き尽くしてしまうのだけど、

彼女は意思持つ太陽。

賢いこの太陽は、しっかりと相手との距離感を把握し、種が芽吹くのに必要な光と熱を与える。

どんな境遇でも、光を失わないアニー。

どこにいても何をしていても太陽は太陽なのだな。

そんなアニーが愛している明日。

鑑賞後、明日に何か期待したくなる。

そんなお話。

善哉。

そう思いました。





















全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事