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は〜い席に着いて、おいモゲ山、早く座れって言ってんだろ、マジしばくぞ、っと今の発言はお前の親には内緒な、お前の親モンスターペアレンツだからwwおい、グリ野、今なんつった?誰がつり先だ、人をお釣りみたいに言いやがって、ちゃんとつりを先生と言いなさい。

はい座って。まず一つ言っておくけど、この時間に教えることは嘘か本当か分かりません。テストに出るのか出ないのかも分かりません。といえば、お前らはどういう風にこの時間をとらえるだろう。そんな胡散臭い話ならテキトーに聞き流そう。寝ちゃおう。こっそりLINEしちゃおう。とか思った?思うよね。そら。例えば聖徳太子という人が昔いたらしい。彼は十人の人が同時に話すことを聞き取れたらしい。嘘つけ。そう思わない?昔なんてのは今みたいにYouTubeもなければ当然テレビもない。映像記録がないのだから、ことの真偽は分からない。写真なんてものもないから見た目も本当にあんな感じなのかも分からない。いわば噂と似顔絵の総合で人物像を何となくとらえているだけ。本当にいたのかどうかも疑わしい。そんなものをしっかりと覚えているのは何故だろう。これはテストに出ると信じているから。さらにテストでいい点を取ることはいいことだと信じているから。そしてテストでいい点を取ることはいい人生につながると信じているから。信じていることがいわば力になっている。

信じられないと人は力が出ない。なんにつけ兎に角信じるということが人間には必要で、思い切りぶつかっても受け止めてくれるものがあるから、人は力が出せるんだな。思い切りぶつかっていったつもりが受け止めてくれるものがなかったら、豪快にコケて怪我する。だから、そこがあやふやだと人は思い切り行けない。

じゃあ取り敢えず何もかも信じてやってみればいいかと言えば、そうとも言えない。もうかなり前になるけど、世間を騒がせた某真理教。あれなんて信じて思いっきりいったら、皆犯罪者になった。狂信という言葉があるように、信じることも度が過ぎると、それはただの甘えで、何もかもを相手に委ねるなんて自主性のなさは、結果的に何も信じていないよりも悲劇的な結末を迎えることが多い。

信じることの難しさは、頑張ることの難しさ。

例えばこれが自分自身のことでも、信じることは難しい。自分には可能性がある気がする。よし頑張ってみるか!しかし可能性がない気もする。ちょっと様子みるか・・。で、結局何もしなかったりな。

今、うぬらは頑張っていることがありますか?

あるならそれは、そこに何らかの信じる要素があるからでしょう。

信じることは本当に大事だ。何を信じるか。それがそのままその人だったりするからな。

さぁ前置きはこのくらいで、テストに出るんだか出ないんだか、何かの役には到底たたないけど、教えなきゃ先生もお金もらえないから、なんでお前らにこれ教えなきゃいけないのか分からないけど、仕方なく教える授業始めます。起立。

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「イニシエーション・ラブ」  2015年  日本  監督 堤幸彦

以前に小説を読んで、映像化される話を聞いてから、ずっと気になっていた作品。

映像化に際して、話に無理が生じないようにいろいろ人物設定など変えていて、なるほどと思った。

小説と違うラストという話も聞いていたので、そこも気になっていた。

小説より不穏な終わり方だった。あのあとどうなったのだろう。気になる。

信じることの難しさ。

特に人を信じることの難しさ。

そんなことを。

そう思いました。
















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