過去の投稿月別表示

[ リスト | 詳細 ]

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

は〜い席に着いて、おいモゲ山、早く座れって言ってんだろ、マジしばくぞ、っと今の発言はお前の親には内緒な、お前の親モンスターペアレンツだからwwおい、グリ野、今なんつった?誰がつり先だ、人をお釣りみたいに言いやがって、ちゃんとつりを先生と言いなさい。

はい座って。まず一つ言っておくけど、この時間に教えることは嘘か本当か分かりません。テストに出るのか出ないのかも分かりません。といえば、お前らはどういう風にこの時間をとらえるだろう。そんな胡散臭い話ならテキトーに聞き流そう。寝ちゃおう。こっそりLINEしちゃおう。とか思った?思うよね。そら。例えば聖徳太子という人が昔いたらしい。彼は十人の人が同時に話すことを聞き取れたらしい。嘘つけ。そう思わない?昔なんてのは今みたいにYouTubeもなければ当然テレビもない。映像記録がないのだから、ことの真偽は分からない。写真なんてものもないから見た目も本当にあんな感じなのかも分からない。いわば噂と似顔絵の総合で人物像を何となくとらえているだけ。本当にいたのかどうかも疑わしい。そんなものをしっかりと覚えているのは何故だろう。これはテストに出ると信じているから。さらにテストでいい点を取ることはいいことだと信じているから。そしてテストでいい点を取ることはいい人生につながると信じているから。信じていることがいわば力になっている。

信じられないと人は力が出ない。なんにつけ兎に角信じるということが人間には必要で、思い切りぶつかっても受け止めてくれるものがあるから、人は力が出せるんだな。思い切りぶつかっていったつもりが受け止めてくれるものがなかったら、豪快にコケて怪我する。だから、そこがあやふやだと人は思い切り行けない。

じゃあ取り敢えず何もかも信じてやってみればいいかと言えば、そうとも言えない。もうかなり前になるけど、世間を騒がせた某真理教。あれなんて信じて思いっきりいったら、皆犯罪者になった。狂信という言葉があるように、信じることも度が過ぎると、それはただの甘えで、何もかもを相手に委ねるなんて自主性のなさは、結果的に何も信じていないよりも悲劇的な結末を迎えることが多い。

信じることの難しさは、頑張ることの難しさ。

例えばこれが自分自身のことでも、信じることは難しい。自分には可能性がある気がする。よし頑張ってみるか!しかし可能性がない気もする。ちょっと様子みるか・・。で、結局何もしなかったりな。

今、うぬらは頑張っていることがありますか?

あるならそれは、そこに何らかの信じる要素があるからでしょう。

信じることは本当に大事だ。何を信じるか。それがそのままその人だったりするからな。

さぁ前置きはこのくらいで、テストに出るんだか出ないんだか、何かの役には到底たたないけど、教えなきゃ先生もお金もらえないから、なんでお前らにこれ教えなきゃいけないのか分からないけど、仕方なく教える授業始めます。起立。

イメージ 1

「イニシエーション・ラブ」  2015年  日本  監督 堤幸彦

以前に小説を読んで、映像化される話を聞いてから、ずっと気になっていた作品。

映像化に際して、話に無理が生じないようにいろいろ人物設定など変えていて、なるほどと思った。

小説と違うラストという話も聞いていたので、そこも気になっていた。

小説より不穏な終わり方だった。あのあとどうなったのだろう。気になる。

信じることの難しさ。

特に人を信じることの難しさ。

そんなことを。

そう思いました。
















人がそこにいた、ということはどうにも隠しようのないもので、そのいた場所に何らかの痕跡を残す。

去年うちを去った人間も例外ではなく、ここに確かに居たのだなという跡を残していった。

カレーをひっくり返した壁の紙魚、毛染めを零したフローリングの汚れ、好きにカスタムして良いと言ったら全部ピンクに染めた二階のトイレ、僕には使えない調理器具、使わない調味料。

希望のある旅立ち、お互い納得のキレイな別れ、もしくは愛情を維持したままの死別などであれば、これらは微笑ましい思い出となっていたのだろうな。

そう思うとつくづく下手くそな別れ方をしたものだ。と忸怩たる思い。

理由を自分に求めるなら、それは人を見る目がなかった。これが最大の理由に思える。

僕は人を見る目がない。

その理由も分かっている。

僕はこれまで、人を見ようとしていなかった。

相手がどんな人間であれ、これまで培ってきた知力体力コミュニケーション能力適応力対応力なんちゅーの?総合力?そういうやつで誰が相手でも大丈夫だよ、楽しくやれるよ?みたいなナメた考えでいたから。

去りし人の残した一番大きなものは、「人はちゃんと見るべき」という恐ろしく当たり前の教訓。

なので、ここ最近はしっかりと人を見るようにしている。

行動や言動から滲み出るその人の心を見るように心がけている。

が、可愛いおねーさんと話すときは、これがぶっ飛ぶ。

また、騙されるな。こりゃ。

イメージ 1


「海街diary」   2015年  日本  監督 是枝裕和

他に女作って出て行った父親。

母親も出て行って、残された三姉妹。

力合わせて生きていた。ところへ、お父さんやらかしたw腹違いの妹を残して死没。

その妹、父親最後の女性は実の母ではなくて、立場微妙。

そこへ三姉妹の一番上が、うちにくる?

行きます!

で、四姉妹での暮らしが始まる。

親はなくとも子は育つ。

皆ええ子や。

人が生きていた痕跡の最たるものが子どもなら、

良いもの残したね。お父さん。

お父さん自体は滅茶苦茶だけど、

残したものたちは、この世界を少し優しくした。

善哉。

そう思いました。




ささまくらすね。

寒い!

物凄く寒い!今日は休みだったのに、寒い上に風が凄いから家から出る気がしない。

冷蔵庫には卵のみ。食材を調達しに行くべきだけど、家の中でも聞こえる大きな風の唸りを聞くと外に出る気がしない。

ということで、米二合と卵4個で一日を凌ぐ。

といった今日ほどではないけれど、それなりに寒いある日。

寒い日が続くから、車など自分では洗えんなと思い洗車機にかけたのだけど、その洗い上がりに甚だしく不満が残り、結句自分でやらねばならんか・・と嫌々外に出て、ぬあ寒い!ぐう寒い!など言いつつバケツに水を溜めていると、近所のマダム二人が何やら話し込んでいる。マダムといっても、まだ20代の後半くらいだろうけど。

立ち聞きは品が無いので、懸命に気を逸らせて聞かないように聞かないようにしていたのだけど、結構なボリュームで話すものだから、否応なく耳に入ってくる。

一人の茶髪マダムが言う「うちの旦那、怪しいねん・・最近帰ってくるの遅いし、携帯もパスワード変えてんねん・・この間なんか、女の香水みたいな匂いまで付けて帰ってきて、付き合いでキャバ行ったからとか言うねん・・」

答えてメガネマダムが「あ〜それ、アカンかも・・携帯見せられへんってとこがもう怪しいもんな」

茶マ「やっぱり?!そうやんな!あ〜腹立つっっ!臆病者のくせにこういうことは大胆にするから余計腹立つ!」

なるほど。よくある話だね。今日も日本は平和だ。空は青。

くだらねぇと思いつつも、頭の中はその問題を考えてしまっていたりして、「茶髪マダムよ。お前の旦那のその浮気者で臆病といった性質、それは相反するものではないのだよ。どちらも人間性が欠けているがための性質で、動物は本来臆病で浮気なものなのだ。それを人間は理性の力で、臆病に打ち克ち、恩義や美しい思い出をしっかと胸に抱くことができるから浮気などという裏切りもしないできないのだよ。スポーツでもそうだけど、ルールを守れないなら、その競技に参加する資格はない。ハイキックでボクシングの世界チャンピオンを倒しても誰も褒めてくれない。で、結婚したということは、そのルールに則ると契約したということ、それを守れないなら結婚を続ける資格はない。しかしそこは人間も動物、本能に理性が負けることも多々あるだろう。その割り合いが多い人は多分に動物的。今回のことでもう許さぬというなら、それは致し方のないことだけど、もしもう一度しっかりとやっていこう、「あなた、今回でイエローカード一枚だからね」と思うならば、その動物に近い臆病で浮気な旦那に、文学を読ませてみればどうだろう。そこにある情緒や人間の心の機微、理性、克己心、そんなものが彼の人間性を呼び覚ますかもしれない。」

まで考えて、バケツの水が溢れてハッとなる。読むわけないわな。若しくはもう読んでいてそれかも知れないしな。全ては茶髪マダムの勘違いの可能性もあるしな。退屈で平坦な日常に刺激を求める有閑マダムの戯言かもしれないしな。そんなものに付き合っている暇はない。って勝手に立ち聞きしただけだけど。

あぁっ!冷たい!水が冷たい!

やめたい!車洗うのやめたい!冷たい!でも車汚い!

私は理性の立ち優った人間だ!洗う。冷たいものから、厭なことから逃げたい本能に逆らって、汚れを落とす。

セイッ!と臍下丹田に力を入れ、気合一閃洗車開始。

あまりの手の冷たさに、力が入らず、かつ早く終わらせたいからいろいろ手抜きになって、汚れがまだらに残り変な感じの仕上がりに終わる。

・・・文学を読もう・・・。

イメージ 1


「笹まくら」   丸谷才一著。

過去というものは、どこまでもそれは当たり前のことだけれど、その人についてまわり、

なかったことには絶対に出来ないもの。

順調な今を過去が追いかけてきて、飲み込もうとする。

不気味に迫る過去が恐ろしい。

今と未来の基礎になる過去。

自分自身の基礎を省みて思う、

ガッタガタやんけ・・。とか。

善哉。

そう思いました。











たつきすね。

らしく。

この「〜らしく」。

これが実に曲者。

年を取ればそれなりに大人らしく。

会社など因果なものに勤めれば社会人らしく。

結婚など紙切れ一枚の心もとない契約を結べば、家庭人らしく。

人の親となれば、親らしく。

男は男らしく。

女は女らしく。

子供ですら子供らしさを強いられたりする。

人は生きていればどうしたって何らかの形で社会に参加せざるを得ないし、そこで他人と個的に関係を結んだりもする。

そこで上手くやっていくために、いろいろ考えて、「〜らしく」振舞おうと努力する。

そして、その「らしく」あろうとする、若しくは「らしく」あれと周りから強要されたり、強要まではいかなくとも、それっぽい圧を感じたりして、気が付けばいろんな「らしく」に囲まれていたりする。

そのうち何か行動を起こしたり、何かに対しての言動などを指して他人に、「ああ、それは君らしい」と言われたりして、何となく違和感を感じつつも、そうかそんなものかな、自分では自分のことは分からんもんだものな。と妙な納得の仕方で違和感を片付ける。

「らしく」「らしく」過ごすうちに、大事な物を失くしている気がする。

それは「自分らしさ」

イメージ 1

「タツキ 愛とボクシングに生きた男の半生」   原功著。

古本屋を野良ついていたらば、目に付いた一冊。

確かこの人ひこさんのブログに出てきたな・・。試合は見たことがないけど、KO率の高いパンチャーだったということは覚えている。

よくは知らないのだけど、読んでみようと買。

読了後、今更だけど、この人のファンになった。

この人は、本当にこの人らしく生きている。

世間に蔓延する「らしさ」なんて根拠のないただの潤滑油に頼ることなく、ただ川崎タツキとして生きている。

そして、それがそのまま男らしく、人間らしく、ここが一番凄いところだけど、愛らしい。

きっと会った人を楽しくさせる、素晴らしい魅力の持ち主なんだろう。

たくさんの「らしさ」にまみれて暮らすうち、自分らしさを見失った今の僕には眩しい存在だ。

そうだよ、自分らしくだよ。

そんなことを。

善哉。

そう思いました。












厭なことのあった年が明ける正月とはキツイものだ。

元嫁の名前も入っちゃってる年賀状が届いたり、あけおめ〜なんて浮かれ切ったノリのメールが届いたり、離婚したことをまだ告げてない親戚から電話があったり「うん。まぁぼちぼち。うん、別に何事もなく元気ですよ」とか新年早々嘘ついたり。言えばいいのだろうけど、世の中が新しい年を寿ぎまくってる、親戚家族も当然そのノリに乗っかって飲めや歌えの正月モード、そのいいムードを壊したくない。もっと早くに皆に知らせておくべきだったのだろうけど、正直いいお知らせではないので、会ったときでいいか・・と先送りにしていた。

誰も亡くなってはいないけど、気分的には忌中だから、正月も正月らしいことは一切していない。

律儀に年賀状を送ってくれた人にも、メールくれた人にも返事すらしていない。心苦しくはあるが、返事しちゃうといろいろあった去年、その出来事を話さなくてはいけなくなると思うと、気が滅入る。ベッキーがやらかしたあと生出演したテレビ番組を偶々見たのだけど、共演者たちの表情の強張りが凄かったwwwあの顔分かる。去年いっぱい見たww相手に触れにくい事情があるとき、それでも素知らぬ振りで今までどおりのノリで行こうとすると、あの顔になるww自分のことで相手があんな顔になるところを見たくない。面白いけど見たくないw

まぁしかし一年間連絡を取り合わない程度の関係であるから、詳しく話す必要はなくテキトーに話せばいいのだろうけど。

本当に独りで過ごす正月というのは生まれて初めてで、今の立ち位置から俯瞰して、改めて正月とは家族あっての行事なんだなと思った。

独り身だと正月だからといって何もすることがないよ。

むしろ、ホームのスーパーは閉まってて食材調達出来ないわ、ゴミの回収が来ないわ、一人暮らしだと喉に詰めたとき誰も見つけてくれないから餅は食えないわで、ロクな事がない。

しかし、一度経験してしまえばこっちのものだ、独り正月。来年は上手くやるで。

と年が明けたばかりで、早くも来年の話。

でも、本当にそのくらい早くていい。何事もなく一年早く過ぎてくれればいい。

いいことなどなくていいけど、悪いことはもう勘弁だ。

そう思い・・・

って締めそうになったw

イメージ 1

「家族という病」     下重暁子著。

何ともタイムリーなタイトルじゃないですか。

僕の場合は、家族という病というよりは、病の家族といった方が正しいけど。

病の家族のその原因菌のヒントでも見つかるかと思ってタイトル買い。

・・・中見てから買えばよかった・・・。

ただのオバちゃんの思い出話やん・・・。

タイトル大げさww

そんな話なら、ブログですればいい。

お金取っちゃうと大変じゃないだろうか。

この程度でお金取っちゃうと大変じゃないだろうか。

読んでいる間中そんなことを思っていたことは覚えているけど、内容はもうすでにさっぱり・・・。

そう思いました。















全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事