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前にも言ったことある。

ということは、そのことに対しての考えは変わっていないということだ。

その考えというのは、とかしこまると大したことを言いそうに思われそうだけど、拍子抜けするくらい当たり前のこと。

真実は一つ。ということ。コナンか。

ただ、その真実を全方位的に見られる人などいないから、それぞれの人が見た真実の一面を総合して全体像を掴むことになるのだけど、それぞれの人たちもそれぞれに感情や、その真実に対して主観的な意見などを持つし、その真実に対する話題を持ち寄った人たちのなかに嘘つきが一人でも混ざれば、もう元の真実は大きく歪められて、どんどん不明瞭になってしまって、原型を留めない全くの別物になってしまったりする。

起こったことというのは、それ以上でも以下でもなく、そこに在って、絶対に形を変えるものではない。

形を変えてしまうのは、その真実に触れた人たち、その人たちから聞きかじった話を噂に変えて話す人たち。

当事者ですら真実を歪めることは珍しくない。主に嘘によって。

これから貼っつける映画に、

「人は心の声に蓋をすると、見たいものしか見なくなって、信じたいものしか信じなくなる」みたいなセリフが。

これマジだな。

人は理想を抱くから、この人にはこうあって欲しい、あのことはこうであって欲しいと利己的に物事を判断しがち。

それが真実を歪めるのだけど、理想を捨てられない。裏切られて傷つきたくない。

思えば僕の失われた五年間も心の声に蓋をしておったような気がします。見たい面しか見ず、信じたい面だけを信じて、・・・ん?と思ったこともしばしばあったのだけど、それらから意識的に目を背けて、人と生きていくというのはこういうものだろう?ある程度の寛容さは必要だろう?と都合よく解釈。結果そんなお人好しを利用され、裏側を見ることを怠っている間に、見えないところで無茶苦茶にやられ、人生を誤るという惨事に発展した。違和感は大事。細かいことが気になる気にする男は男らしくないとここでも自分の理想が邪魔をした。意外に繊細なんだねなんて評されることもある本来の感性感受性を信じていたなら、もっと早くに本性を見抜けたろうに。心が囁きかける声に素直に反応できていたなら・・。という話は今更繰り言。

最近、蓋が開いたのか、心が五月蝿くって仕方ないよ。

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「ソロモンの偽証」   2015年  日本  監督 成島出

ある日学校で起こった死亡事故。

その学校に通う中学生が亡くなったそのことを、大人たちは自殺と断定。

そこにあれは他殺だとテレビ局や、刑事を親に持つ同級生の家、学校に怪文書が届く。

それでも大人たちは自殺でしょ?で済まそうとするものだから、中学生たちが自分たちで真実を暴く!って立ち上がる。

で、裁判を開くことで真実を明らかにしよう。そうしよう。

みたいな話。

それぞれが持つ一面の真実を持ち寄って、それらが合わさっていき真実の全体像が徐々に明らかになっていく展開に何か深く考えさせられるものがありました。僕の知っていることも全て、その物事の一面でしかないのだろうな。なんて。

前後編合わせて4時間半くらいあったかな?

しかし、それが長いと感じない。

くらいに退屈を感じない緊迫感のあるテンポで観れた。

善哉。

そう思いました。






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