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やればできる。
あの人はやればできる。
能力はあるはずなのに、頑張らない人に対してよく使われるこの言葉。
これって逆効果じゃね?と常々思っていたりする。
だってやってないんでしょ?じゃあそこには何もない。出来ないと同じ。
いわば、その才能能力を褒められてしまっているものだから、もしやって出来なかったら、その評価に傷がつくんじゃないかと考えて、余計にやらなくなるんじゃないか?やらない方が「いやオレ、やったら出来るんだけどねw何かめんどくせーから」みたいに調子に乗っていられるし。
だから、やってないことに関しては褒めない方が賢明だと思う。よく我が子可愛さに、「この子はやったら出来るんです!」なんて親バカを目にすることがあるけど、子どもにとって誰より一番応えたいのは親の期待でもあろうから、親にそう言われてしまうと、その子はやって出来なかった為に親に与える失望に怯えて、かえって何も出来なくなるんじゃないか。
人を育てる上で言っちゃいけない言葉ランキングで、結構上位にくるんじゃないかこの「やればできる」。
能力があるのにやらないやれないということは、そこにその能力を上回り邪魔をする何かがあるってことで、それは下らない自尊感情だったり、環境だったり、才能能力を上回る欲望であったり、あると見せかけて実はその能力がなかったり。
そこに存在しない「出来た」は、容易に「もし〜なら」「たら、れば」を連れてきて、それは想像の範疇でどうにでもいじくれるものだから、そうなれば理想だよね。みたいな話になってそのときは誰も気分を害さず気持ちいい。
でも、結局それはただの現実逃避の形に収束して、時間が経って振り返ると、あのときやっておけば・・って後悔しか残さない。
まだ出来てないないものを「やればできる」と褒めることは、いい部分もあるにはあるのだろうけど、トータルで考えるにマイナスの方がかなり大きいよな。
なんてことを、50のオヤジを指導しながら考えたり。
そもそも僕のような破落戸に人を指導させようなんて職場の方針が間違っているんだ。
しかも相手は人生の先輩だ。やりにくいことこの上ない。
そこは、「あいつはああ見えて人を教えさせたら、すごいと思う。きっと出来ると思う」で留めておいてくれればいいのに。
そうすれば、「僕ならもっとこう。」「あ〜俺が教えてればな〜」なんて無責任でいられたのに。
ということで、職場の他の面々からは、今教えおるオヤジがどう見えているのかの意見など聞いてみたいな。
みたいなこともあって、というのはカッコつけた建前で、
単に美味しい物を食べたいなという本音で、
職場の人間を誘い、今俄かに勢力を拡大中の「台湾まぜそば」なるものを食しに。
別に、ほら、僕やればできる人間だから、一人で行っても良かったんだけど、皆で食べた方が美味しいじゃない?行けるんですよ、一人で外食。まだやったことないけど。
ほほう。これが噂の台湾まぜそばか・・。
無茶苦茶美味そうやないか。
で、実際無茶苦茶美味かった。
これ、麺を食べきった後に残った具材にご飯を入れて食べるのだけど、これがまた美味い。
注文の際に言われた「追い飯までいかないと、台湾まぜそば食べたとは言えませんよ〜」
なんて店主の言葉も頷ける。
「あらし なにわ」
で、この日から数日後、今度は恒例N氏との月一ラーメン。
N氏も一度この台湾まぜそばが食べてみたかったらしく、
いつもより気持ち遠くまで遠征。
これまた美味い。
ていうか、
僕は、この食べ物が好きなんだと思う。
ぐちゃぐちゃに混ぜて食べる。
この雑さ。
合うんでしょうね、性に。
「麺や マルショウ」
そう思いました。
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