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以前読んだキケローだったかな?の「友情について」これまただったかな?に書いてあったかな?
何もかもあやふやで自分でも嫌になるが、誰の書いた何の作品ってことは特に問題ではなくて、引き合いに出したいのは話のその内容。
うろ覚えだけど、友情は親兄弟などの親類あるいは血縁のある親戚などに対する愛情より尊い。何故なら、血の繋がりなんてものは、こちらが何かを頑張ることもなく、礼を尽くす必要もなく、たとえ自分が人間として付き合うに値しないクソ野郎でも繋がりが切れることはない。しかし友情は、常に相手に相応しくあらねばならぬし、そこに恒常的な愛を注ぐ必要がある。みたいな話。確かに一理。と思った記憶がある。ほったらかしでもそれなりに育まれる親子の情愛なんどより、友情の方が維持することは難しい。と年々。
これまたあやふやな記憶だけど、なにかのテレビで関根勤が、娘と妻が崖から落ちそうになっていて、片手に一人づつ掴んでいる。しかし腕の力がもう限界。一人を離して、一人なら両腕で何とか引き上げられそう。というシュチュエーションになったらどちらの手を離す?と聞かれて、そうなったら娘の手を離す。と答えた。理由は、妻は他人だが、娘とは血が繋がっている。だから、話さなくても、自分が娘の手を離した理由を分かってくれる。遺伝子で理解してくれる。・・・なるほど。と唸った覚えが。
長年連れ添った夫婦でも、所詮は他人で、分かり合えることなどないのかもしれない。もちろんそれは身内も同じで、親兄弟といえどそれぞれの人格を持った他人であるのだけど、血の繋がりという抗いようのない、何があっても覆ることも断ち切れてしまうこともない関係がある。あってしまう。
だから、親族関係というのは、そんなに頑張らなくとも勝手に続いてしまうもの。(理想の形がある場合は別にして)
そう考えると、やはり他人との関係性にこそ、その人の持つ本当の情愛が出るのかも知れない。
その関係が、血の繋がりさえ超えることがあるのかないのか。作り物の物語の中ではよく見るけど、そんなことが事実あるのか。あると信じたいが、凄まじく稀有だと思うんすよね。
もしそんな関係を持っている人がいるなら、すげいよね。
持っていることを世間に自慢しても、決して盗まれることも悪意にさらされることもない宝石を手に入れたようなもの。
精神的にはそれで一生食っていけるだろう。身体的な飢えは知らんけど。
「バケモノの子」 2015年 日本 監督 細田守
家出少年がバケモノに拾われる。
強くなりたい少年、強い弟子が欲しいバケモノ、思惑が一致。
表面的にはいがみ合いながらも、師弟生活をともにするうち深いところで繋がっていく。
そしてその繋がりはいつしか、切っても切れないものになる。
そうこうするうち成長した少年、人間の世界かバケモノの世界、どちらで生きていくかの選択を強いられる。
といったあたりは、同監督の「おおかみこどもの雨と雪」にもあったテーマか。
簡単にバケモノ(熊徹)がライバルに勝って、九太(少年)も強い青年になって、ハッピーハッピー。
という終わり方をせず、
これはこれで良かった・・・のか?
みたいに考えさせられるラストで、
鑑賞後、余韻が長く残る。
親子を超える親子。
善哉。
そう思いました。
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