過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

あんびばれんつっっ。

コンビニのレジで店員に「205番ひとつ」と自らが嗜むタバコの棚番号を告げ、つりをは心中、懊悩していた。

止めたいのである。タバコなんてよしたいのである。

タバコをよせば、きっと今よりも寝起き爽快で、食欲も増し、薄らぼけている神経も少しは鋭敏になり、一日の健康に寄与するところは大きいと思う。

でも、タバコくらいはやっておかないと、頑健な身体は調子に乗って長生きしてしまう。

今日一日は、様々なものに視野広く、心大きくしかし繊細に接し、受けるべきは受け、出すべきは出し惜しみなく、やるにしてもやらないにしても悔いのない意義深い一日にしたい。それには健康でいることが基本だと思う。

それに反して、悪い頭の代償なのかなんなのか、やけに頑丈な身体は、何か身体に悪いことでもしないと長生きしてしまいそうだ。

今日一日は健康でいたいけど、長生きはしたくない。二律背反する感情に思考は行き場を失う。

酒を浴びるほど飲めば、それは大きく寿命を縮めるだろうけど、それは体質が受け付けない。ほろ酔い一本で激酔いのほぼ下戸であるから。一時期人生の壁にぶち当たり、どす黒い思考が蜷局を巻いて頭を占拠、ループしていた時期、あまりにも苦しくて、少し酒に逃げたことがある。その時期はいくら飲んでも酔わず眠れず、家系上代々続く酒豪の血がついに目覚めたかと思ったが、事態が鎮静を辿る過程に合わせるように、元の下戸に戻った。これでは身体に影響が出るほど、飲めやしない。百薬の長なんていって寧ろ長生を助長してしまうかもしれない。

早逝が目的ではない。今日は楽しくやりたいが長生きはしたくないのだ。

アホである。

言っていることの意味が分からない。

それは自分でも分かっているのだ。

だから苦しいのだ。この考えで突き進めば狂う。きっと狂う。

しかし、狂えない。

いっそ狂ってしまえば、楽なのだろうけど、長いあいだに染み付いた見栄、妙な社会性、こけそうでこけないバランス感覚、くだらない常識、狂ってしまう為に超えなければいけないハードルは思ったより高い。

それとも正常を保っているつもりで、実はもう狂ってしまっているのだろうか。

自分のことは自分では分からないが、他人からも自分という人間は分からない。

じゃあ自分自分と日頃思っている自分は何処に?

コギトエルゴスム。

本当か。それ。

そんなことを考えながら、仕事に向かう。

常識人の顔をして。


イメージ 1


「レイジングケイン」  1992年 アメリカ 監督 ブライアン・デ・パルマ

多重人格もののサスペンス。

過剰な演出が時代を感じさせる。

やりすぎ感が逆に新鮮でした。

この作中の多重人格の男のように、分裂した自我が記憶に残らず何かしでかすってのは、大変なことなのだろうけど、ちょっと羨望も感じたりして。都合よくていいななんて。

多重人格なんて強烈な逃げ道。

それに少しとはいえ羨望を感じるなんて、

逃げたいのか?

何から?

そんなことを。

そう思いました。





全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事