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盲滅法生きていても、それなりの時間生きていると、物事のいろんな面が見えてきたりする。
そのことによって、これまで自分が思っていた正しさが、ただの一面だけのことであって、違う側面から見ると、そこにはまた別の、う〜んそうかもな・・そうなっちゃうか〜。みたいな正しさもあったりして、自分の立ち位置が覚束なくなったりする。
そうなると、物事を始める、あるいは誰かに意見する、なんどいう場面で、いまいち自分の行動言動に自信が持てなくて、動き出しが遅れる、あるいは緩慢、歯切れ悪い、みたいなことになる。
知らないときには信じられた自らの正当性が、長ずるに従い薄れていく。
自分は正しい。そう思うことから得られる力は絶大。
しかし、これ年々薄くなってくる。年取って薄くなってくるのは何も髪の毛や精力だけではないということか。
でもこれって劣化だろうか?
確かに力が衰えるということから見れば劣化に違いないけど、
物事のいろんな側面を考えることが出来るようになったという面から見れば、それは成長と言えるんじゃないか。
たくさんの面を見て、総合的にどうやら間違いない、という結果が得られれば、そこには若い頃の一面のみを見て得られた正当性より、もっと確かな正当性があるはず。
だと思うが、どうだろう?
でも、まだ見落としている面があるんじゃないか?
という疑り深さもまた、年取ることの弊害として生まれてたりして。
そんなことどうでもいいから、動けよ。
早く動けよ。
分かってるよ。
でも、正当性が。
本当にやっていいの?これ正しいの?
そもそも正しくなきゃいけないの?それは何故?
なんて考えがクラッシュ、あとに残る過去、時間の残骸、トラッシュ。
「トラッシュ この街が輝く日まで」 2014年 イギリス/ブラジル 監督 スティーブン・ダルドリー
ゴミ山でゴミを拾って生計を立てる少年たち。
ある日、そのうちのひとりがゴミ山で、財布を拾う。
それは単に誰かの落とした財布というわけではなくて、
大きな組織の何やらマズイ証拠がそこには隠されていた。
少年たちはそこにある不正を若い敏感な感受性で感じ取り、核心に迫ろうと行動を開始する。
正当性は我に有り。きっと神様が守ってくれる。
少年とは思えぬ機知に富んだ計画と、少年ならではのましらのような身軽さで、次々に迫る危機を乗り越える。
正しい。と信じられた時、人が得られる力の大きさ。
最近何かと感じる力不足は、どうもこの辺に原因がある気がする。
などと。
善哉。
そう思いました。
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