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君子危うきに近寄らず。とかって言葉がある。
この言葉に照らし合わせると、僕などは到底君子とは言えない。どころかその距離億光年の彼方。
つい去年くらいまで、家にいた者を味方だと思い込んでいたら、実はシロアリでそれに調子よく何も考えず疑わず、餌をやり続けて、家が傾いてようやく気づいたし、吹けば飛んでしまいそうな小さな会社に何となく勤務しているし、危ういことしか周りにないんじゃないかと思うような環境で生きている。
ただいつ死んでもいいという強気な弱気の考えがどこかにあるから、多少辛かろうが危なかろうが気にならない。が、これがいけない。何ビビってんだよ、日和ってんだよ、やらなきゃわからんじゃないかってよくないものに近寄ってしまう。
死んで責任取るなんて、そんなものが通用するのは昔のお侍さんとかの時代のことで、今の時代死んで取れる責任なんてたかがしれている。
危ういものに近寄って、何かやらかしてしまうと、生きて償わなくてはいけない。贖罪に充てる日々というのは辛かろう、それこそ死んだほうがマシと思えるくらいに。
いつ死んでもいいと思えるなら、そのタイミングで死ねばいいんじゃない?と思われるかもしれないけど、いつ死んでもいいと、いつでも死ねる、は違う。いつ死んでもいいのだけど、自ら死ぬことはできない、だっておっかないもん。
受動的な死はどれだけ理不尽だろうと受け容れるが、自ら手を下すことはできない。だっておっかないもん。
生にも死にも積極的に働きかけることができない今の立ち位置は、酷く愚かでみっともない。
自覚はあるけど、動けない。目的地が決まらないのに走り出す。それ逆方向かもしれない。そう思うと動けない。
行っちゃいけない方に行っちゃうかもしれない、そう思うと動けない。
危ないものになんて誰も好き好んで近寄らない。
要するに君子ってのは、危ういものを分かっている人のことをいうんだな。
「悪魔の存在を証明した男」 2014年 アメリカ 監督 デヴィッド・イァング
幸せ絶頂家族であったのに、奥さんがある占い師の助言に従った行動を取ったら事故死。
あの時、あんなもん信じなかったら・・くそう、神ファッキン、悪魔シット、超常現象んなもんあるかいボケ。
みたいになった旦那。
自ら悪魔の存在を否定しようと、体を張って、様々な実験を行う。
その結果、皮肉にも悪魔の存在を証明してしまうことになる。ていうか、なったの?これどうなんだろう?変な薬とかたくさん飲んでたし、精神状態は元々普通じゃなかったし、そういう状況下で見た幻覚とか精神倒錯の類じゃないかとも思う。
悪魔とか幽霊とか、あとみんなが好きな神様とかいうのもそうだろう、危ういよ。こういうの。近寄らないにこしたことない。
向こうから働きかけてこない限り、関わらない方がいい。
運不運に一喜一憂。人間なんてそれでいいんじゃない?神様とか悪魔とかそんなものの介在をいちいち信じていたら、言い訳だらけの人生になってまう。
この旦那も、あ〜運が悪かったな〜も〜なんだよ〜。くらいでいれば、こんな大事にはならなかったろうに。
君子危うきに近寄らず。
そう思いました。
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