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生きていると、自分の信じるところや正しさをへし折らなくてはならないことがたくさんある。そらもうたくさん。

やりたくないことをやらなければいけないこともたくさん。

仕事なんてのはその最たるもので、己の勤め先が何らかの有害物質を海に垂れ流しているなんてことを知ってしまっても、それを糾弾して即辞める、なんてわけにはいかないし、脂ぎったオッサンにお酌なんどしたくなくても、笑顔でお酒を勧めないといけないし、こいつマジしばいたろかみたいなクレーマーが来ても、申し訳なさそうに頭を下げなくてはいけなかったり、本当は無農薬でやりたいけど、資金的に困難だったり、何かと上手くいかない。自分の良心はそれをダメだと警告しつつも、生きていくことをどうしても優先せざるを得ず、だってしょうがないじゃない。なんて和田アキ子してるうちに、いつの間にか持っていたはずの良心や信念もどこかに消えてしまう。

それとともに、夢や理想も消えてしまう。厳密には消えてしまってはいないのだと思う。だって何かの拍子にふと、あれ?この感覚・・みたいなことないですか皆さん。ないですか・・そうですか。自分はたまにあるんですね。こいつ普段どこにいるんだろう。どこだろう。多分、自分には意識できない、自分の中の奥の奥。心のずっと奥の方。って情熱の薔薇。

長生きすると、随分割り算が上手くなって、大抵のことは割り切れる。

それが良いことか悪いことか分からない。ただ、世間的に大人と言われる人は割り算が上手。

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「プロミストランド」  2012年 アメリカ  監督 ガズ・ヴァン・サント

天然ガス採掘を大規模に行う巨大企業に勤める男が主人公。

ある田舎町へ採掘権を買いに来た。

土地持ちの住人ひとりひとりに営業をかけ、おいしい話をして夢を見せる。

町長も買収。

町丸ごと落とす。やったで。昇進や。

と浮かれていたところへ、自然保護団体の男が町で天然ガス採掘の危険を説きまわる。おいしい話に浮かれていた住民たち、はぁ〜、マジで?アカンやん、天然ガス危ないやん。となる。

うわっ何よこいつ、マジだるい、ヤバイ、どないしょ・・。会社の上司もメッチャ怒ってる。

ところがこの自然保護団体の男、実は・・・。みたいな話。

巨大企業のどこまでも周到で悪辣なやり口。

主人公悩む。人格を歪めてまで、社畜になる必要があるか?誰の人生だ?わい会社のために生まれてきたんか?そんなわけ無いやろ・・。

まぁ、誰しも悩むことですよ。僕もなんだかな〜なんだかな〜って毎日が阿藤快ですよ。

ポスターにある文言「人生はいつでもやり直せる」

・・・・これはゴメンだ。絶対にやり直したくない。何なら起きたら80歳くらいになってないかな。とか思う逆に。

何度やり直したって、自分は自分だから、恐らく同じような結果が出るんだろうし、やり直しがきかないからこそ人間頑張るんだろうし、こうなりたかったああなりたかったなんてのは、どんな形になっても思ってしまうものだろうし、折角この年までやり過ごしてきたのだから、やり直しなんて言われたら、超凹む。変わってるのかな。でも、「俺はこういう人間だ。」・・・どこ行ったビッグダディ。

頭打ちの地場産業、生き方目線、環境汚染問題、企業倫理、いろんな側面から観ることができる作品で、

地味だけど、良作だな。いつも思うけどマット・デイモン、後ろ姿がたまにジミー大西だな。とか。

善哉。

そう思いました。
























昨日の井上尚弥、少し残念な内容でしたけど、順当に防衛したので良かった。

彼の身体能力に身体の耐久力が追いつかない。相手どうこうよりこれから怪我との戦いに多くの神経を使わされそう。

いつもの拳に加えて昨日は腰も痛めていたという。何か暗雲だな。彼のポテンシャルを最大限発揮できるフィジカルが作れるか。無事これ名馬。という言葉がある。史上最高の俊馬として終わるか、名馬となりうるか。ここらが分水嶺。頑張って欲しいな。これだけ大きな夢を見られる日本人ボクサーは本当に希だから。個人的にはイチロー、中田秀、なんかに匹敵する世界で活躍できる才能だと思う。

といった話は置いておいて、

知らぬが花。という言葉があるけど、知らないから生きていける、知らないから自信を保てる、知らないから安心している。みたいなことが世の中にはたくさんあって、そのことを知ったほうが幸せか、知らぬままいたほうが幸せか、それが時々わからなくなることがある。

流行りものに身を包んで、流行りの音楽聞いて、流行りの物を食べて、流行りの風潮に合わせた思考回路を持って、それで肝心の自分はどこ。周りから見える自分ばかり意識して、自分が見つめるべき自分を見失う。

オリンピックだスマップ解散だの世間の目がそちらを向いてるドサクサに紛れて結婚したり、離婚したり、スキャンダル、不祥事を発表する芸能人著名人。ある意味情報操作だね。隠しておくわけにはいかないけど、あまり知られたくない。人気商売だもの。みたいな。コソコソすんなボケ。と思わなくもないけど。

嘘と本当ということに、昔より少しこだわるようになって、何だか自分が日々狷介な人間になっていっているような気もするけど、飽き性な自分のことだから、多分時期的なものだろうとも思う。

相手が嘘を言おうが言わなければいけないことを隠そうが、それは相手の頭が考えることで、自分にはどうしようもないこと。自分が嘘を言っているのでなければいいし、隠し事をしてなければいい。嘘も隠し事もそれは重荷にしかならず、自分からそれを背負い込もうなんて心意気は見上げたものだと思う。嫌いだけど。だって重荷を背負っている人って、歩みが遅いじゃん?動きが鈍いじゃん?みたいなところに結句落ち着く。

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「進撃の巨人」   2015年 日本  監督 樋口真嗣

これ、漫画がえらく売れてるとかで、一度読んでみたのだけど、画がダメで僕にしては珍しく最初の数巻を読んで断念した。

なので、どういう話なのかあまり知らないで観たのだけど、それが良かった。

なるほど。そういうことやったんか。

大きな秘密を隠蔽するための目くらましにインパクトのある恐怖。

現実世界でもよくあるやり方。

映画の出来はともかく、内容に興味が湧いた。

もう一度読んでみようかな。

そう思いました。




基本的に引きこもり体質なのだけど、外に出なければ日々の活計を得られないので、仕方なく外に出る。

外に出ると、厭でも人と会う、話す。

そうすると、そういう年代なのかどうなのか、大抵は仕事の話になる。それは日々の大半を仕事に費やしているから仕方のないことなのだろうね。

僕は特に話すこともないような、どうでもいい仕事に従事しているから、主に聞き役にまわるのだけど、いつも思うのは、そのモチベーションの高さ。

「子どもの夏期講習代を稼がないと」「嫁の病気が治るまで頑張らないと」「あと数年で子どもが独立する、それまではなんとか」「家人が拾ってきた猫の治療費が高い」「スナックのおねぇちゃんを落とすのに金がかかる」、中には仕事自体が楽しいなんて奇特な人も。

生きている時間のほとんどを労働に費やす僕も含めた彼らは、働く理由がそのまま生きている理由に繋がったりしている。はず。

僕には高いモチベーションを維持する何かもなく、生きているのも何となく、井上尚弥の引退、Perfumeの解散、町田康の断筆、これらのことが起こるまでは生きていようかなくらいのとても人には言えない理由とも言えない理由で今日も蠢いていたりする。

その程度の理由で、過労死認定レベルの残業を課せられ、手首がもげる。菊門が塞がる。なんて心配をしつつ働く自分は一体何なんだ。何をモチベーションに働けているのだろう。我ながら不思議。旅に出たい。世界は広い。それを確認したい。

世界は広い。知ってる。知ってるけど分からなくなる。知っていることと、分かっていることは違う。その差雲泥。

話がまた逸れていってることは知ってる。でも何故かは分からない。外は雨、今日は一日雨だった。


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「WE ARE Perfume」 2015年 日本 監督 佐渡岳利

7月頭の発売日、買ってしまおう。そう思っていたのだけど、恐らく一度しか見ない。そうも思ったから、はやる気持ちを抑えレンタル開始まで待った。

普通に新作のコーナーに陳列されると考えていたのだけど、音楽DVDに分類されていて、探すのに手間取る。

ちょっと人目を気にして抜き取ったのは、我ながら情けない。どんなときもどんなときもすきなものはすきといえるきもちだきしめていたい。なんていつかの流行歌が脳裏に流れる。

これは、新規に向けた作品ではないのかも。

一度でも彼女らのライブを観たことのある人向けか。

華やかなステージの舞台裏。

僕的に、2.5次元感が不思議な感覚にさせるその感覚がそのままアーティスティックな感応につながっていたのだけど、そんな彼女らが、急に3次元に感じられて。

それはそれでどうなんだろう。声にエフェクトをかけたり、プロジェクションマッピングで近未来的、幻想的なステージを構築しているその世界観にどこか人間味が加えられた気がして、良くも悪くもイメージが変わる。

劇中、彼女らがライブ前に発する「エンジョーイ」って掛け声。仕事が楽しくてしょうがない、あるいは楽しんでやるって決意、鑑賞の明くる日、僕も一人の運転席で、言ってみた「えんじょーい・・」想像以上に恐ろしく虚しく響いて、そこにある学習性無力感に跳ね返された「えんじょーい」が我が身に刺さる。

ドキュメンタリーとしては凡百のものかもしれないけど、Perfume好きには楽しめるかも。ていうか、ファンしか見ないか、そもそも。

そう思いました。














ざんえすね。

さて夏といえば、昔から何故か怪談。

去年のことだけど、ちょっと書いておこうかな。

その前にまず、うちの職場にいる「きち」のことを説明させてもらいたい。

このきち、年齢はもう来年だか再来年だかに定年を迎えるという大人の中の大人、年齢的には。

きちは仕事でかなりのハイペースでヘマを量産する。しかも、そのヘマを小学生もビックリするような下手な嘘で誤魔化そうとする。それを追求すると、逆ギレ、むくれてどこかへ逃亡、翌日謝る。このパターンを何度も見た。

ときちはこういう人だ。社内での評価も「嘘つき」に定まっている。

ここから怪談、ある日の夜勤、用を足しに職場の敷地内でも隅っこの方にあって、そこはその持ち場を担当した者しかほとんど使わないトイレへ行った。時刻は草木も眠る丑三つ時、マジで。

誰も使わないトイレだから、当然照明は消されていて、真っ暗。

照明を付け、小便器に向かって用を足しているとき、何気なくふと後ろを見た。

すると、二つある個室の奥の方の鍵が閉まっている。スライドさせるタイプのあれで、外から見ると鍵のところが使用中は赤になるあのやつ。

なんで?ここはあまり人が使わないし、誰か使用しにきたとして、明かりもつけずに個室に入るかね・・。

使用中を報せる赤を見つめながら、そんなことを考えていると、急に怖くなってくる。以前から噂はあったのだ、あそこのトイレには、何かいる。と。

気が気じゃない、ずっと扉を睨みながら、こんな時に限って止まらないよ、もう2リッターくらい出てんじゃないかってくらい止まらない。こうしている間に、あの扉が空いたらどうすんだよ、何か出てきたらどうすんだよ、うわわ。

無駄に咳払いなどしながら、相手を牽制しつつ、何とか用を足し、過剰に水を出して手を洗い、照明は消さずに外に飛び出した。

この話を帰りに職場の人間が集まるところで話すと、皆ちょっと疑ったような感じで、「へぇ」とか「マジ?」とかどうでもいいような、ハイハイ、みたいな相槌。

いや、マジなんだってと強弁しつつ、あ〜写メ撮ればよかった、ってか上から覗いたったらよかった、でも、マジでオッサンが気張っていたりしたら、それは幽霊とか見るよりよっぽどトラウマだよな。そんなの見たら。とか思っていると、「それ、ホントですよ、僕も見ましたもん。」

おお、なっ!ホンマやねんて、マジやねんて、と言いつつ突如現れた助け舟のほうを振り返ると、

声の主は前述のきち。

ああ、きちか・・・。周りも、ふーん。みたいな感じを強くする。

きちに見たと言われると、何だか自分は見てないんじゃないかと自分を疑いだす。

今もきちの援護射撃が相手に当たらず僕の背中に当たって、自分を疑っている。あれはホントにあったことだろうか・・と。

あれ?怪談のつもりが、きちが如何に嘘つきかみたいな話になった。

でもまぁ、60を目前にして、これだけ人から信用がないというのも、ある意味怪談だ。

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「残穢 住んではいけない部屋」  2016年 日本 監督 中村義洋

これはホラーと思って観たけど、ミステリーに近い感覚の作品に感じた。

あるマンションの一室で起こる怪現象を追究していく、その過程で明らかになっていく因縁。

既存の物に多い、意味の分からないお化けとかが急に襲ってきて、ぎゃーとかうわーとかの話じゃなく、

しっかりとしたストーリーがあったことが印象的。

あまり、ホラー系は好かないのだけど、夏だしね。

たまには。

そう思いました。













あいをつむひとすね。

「良い人ほど早く死ぬ」この言葉を最近、立て続けに聞いた。

こんな戯言、真剣に信じている人があるのだな。とその単純さに呆れつつ感心した。

この言に従えば、今周りにいる年上は皆自分より悪人ということになり、年下は皆自分より善人ということになる。

金さん銀さんよりヒトラーの方が善人で、宮崎勤よりガンジーの方が悪人。

んなわけあるかい。何でも鵜呑みにせんとちょっとは頭使わんかい。と頭を全く使わない僕が思うのもなんだけど思う。

「良い人ほど早く死ぬ」この言葉の意味するところは、恐らく、生きていたらもっと世のため人のために何かできる人であったのに、もっと生きていて欲しかったな、何でこんなに早く死んじゃうかな。という想いが言わせた言葉。

悪い奴なんてのは、明日と言わず今日しんじゃえよ。と思っても、平気な顔でずっと生きている。憎まれっ子世にカルバハル。もとい憚る。

また、人は死んでしまうと大抵はその人の良い事しか思い出さず、あぁあの人は良い人だったな、なんて美化や補正もあったり、尚且つ、その人が仮に生きていたら犯したかもしれない過ち間違いも死んでしまったら犯しようもないので、その評価はどこまでも良い人に留まる。

ゴミみたいな悪人も、その人に迷惑をかけられていた周りの人々は、その死によって大きな荷を下ろしたような気分になる。そうなると、まぁ死んじゃえばね・・みたいな空気になって、それ以上の悪人になりようもない。生きていれば、今以上に恨まれていた、禍根を残したかもしれない悪人も、そこで悪の打ち止め。

「良い人ほど早く死ぬ」のではなく、「早く死んだ人は良い人に思える」

そういうことなんじゃないのかな。なんて。

僕にも生きていて欲しかったなと思う人が幾人かいるけど、生きていたら生きていたで、怒られっぱなしで、早くくたばれや。とか思ってしまっていたのやもしれん、などとも思う。

でもやっぱりそれでも生きていて欲しかったな。

感傷的な八月は死者の月。

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「愛を積むひと」 2015年  日本  監督 朝原雄三

この作品でも「良い人ほど早く死ぬ」という言葉が、言い回しはこのままではなかったかもしれないけど、台詞として使われていた。どうでもいいことだけど。

仕事をリタイアした老夫婦が、東京から北海道に移住。

それは夫に隠した重病を抱えた妻の終活の計画の核を成す部分。

彼女に関わる人間の幸せを願い、たくさんの仕掛けをして世を去る。

次々に明かされる秘密。愛に溢れたそれらに記された願いに応える残された人々。

良妻賢母の最高峰じゃないか?この人。

思わず

「良い人ほど早く死ぬ」

そう思ってしまったよ。

善哉。

そう思いました。













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