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いろいろすね。

鑑賞後、ここに書きそびれている作品を少しまとめて。
 
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「ハル」   2013年  日本  監督 牧原亮太郎
 
ジャケでも持ってますけど、ルービックキューブね、
 
これの色を一面揃えるとそこに、この訳ありカップルの思い出がひとつ書いてある。
 
って設定は、非常に素晴らしいと思いました。
 
人の心もそのようなもので、普段てんでバラバラに見えていても、
 
実は思うところがちゃんとあってでもそれは、
 
いろいろな障害があったり、煩雑な日常に忙殺されたりで分からなくなる、もしくは忘れてしまってたりする。
 
ところが自分でも忘れていたことを、ふとしたときに、一面綺麗に揃う瞬間があって、思い出すことがあったりします。
 
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「ジャッジ!」  2013年  日本  監督 永井聡
 
CM、テレビコマーシャルを作る人たちのお話ですね。
 
薬にも毒にもならない。というのは、言葉が悪い。
 
とは思うけど、そんな印象が第一に。
 
よくあるドタバタコメディイイお話風味。
 
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「猫侍」   2014年  日本  監督 山口義高
 
腕は立つけど世渡り下手なお侍さんの話。
 
猫は結構後半まで彼と接点無い。
 
イイ話なのか、何なのか不思議な雰囲気の作品でした。
 
北村一輝は侍顔やな。本物の侍と会ったことないけど。
 
そんなことを。
 
 
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「樹海のふたり」   2012年  日本  監督 山口秀矢
 
これ、芸人のインパルスが主演ということで、おちゃらけた作品かと思いきや、
 
思いっくそシリアス。
 
人の生死がテーマで、とても興味深く観れたけど、
 
最後に「人間の生きる世界も樹海みたいなもんじゃないか」
 
みたいなセリフがあって、ちょっと残念。
 
それは、セリフで言っちゃうんじゃなくて、作品通して観る側に伝えて欲しかった。
 
答え言っちゃった。
 
勿体ない。
 
気がした。
 
そう思いました。
 

へるぷすね。

人は自分を知るために他人が必要だ。
 
身長、体重、容貌など見た目に関することから、能力や精神、思考。
 
他人のものを見て聞いて、己を知る。
 
そして、違いを知る。
 
そこに個性を見つけたりする。
 
どうせ違うなら、良い意味で違いたい。
 
他人より上の意味で違いたい。
 
と思うのは仕方のない流れ。
 
その考えが差別を生む。
 
例えばスポーツ、例えば学校の詰め込み勉強。
 
そんなものは順位を競うもの、ある意味差別を楽しむものだからいいんじゃない?と思う。
 
努力でどうにかなる側面も大きくあるしね。
 
でも生まれつきのことや努力でどうしようもないことで、差別を謀るってのはよろしくない。
 
肌の色とか、出身地とかで。
 
そんなん努力で変えられないからね。
 
でも、差別する側はこの変えられないってところが好都合で、
 
どうあがこうが、立場が変わることはないってところが、最高に気に入ってる。
 
自分の持ち物を疑わない人は、正義の物差しでそれを測ることがないから、いつまでもそれがおかしいことだと気づかない。
 
己の下で働く人間には、それなりの職業倫理、さらなる努力を求めるのに、
 
自分は出社時間から大きく遅れて、下痢で休むとやっとこ連絡を入れる、みたいな休み方をする。
 
こんな奴とさえいくら努力しようがその立場が逆転することはない。あくまで誰かが作ったこのシステムの中では。
 
下痢で休むってwwww小学生かwwwおい、ナッp・・・。
 
おっと、また愚痴にハンドルを切ってしまったようだ。
 
いつの時代も、強弱、濃淡があるだけで差別がなくなることはない。
 
まぁ価値観が多様化している現代、別にひとつところで意地を張らなくとも、いくらでも自意識を保つための価値観、言い訳は見つかる。
 
・・・けど、多いすよね、納得いかないこと。
 
 
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「ヘルプ  心がつなぐストーリー」  2011年  アメリカ 監督 テイト・テイラー
 
これ、サブタイトル絶対いらん。
 
ちょっと、ライト感っていうか、マイルドな感じに勘違いさせる。
 
そんななまっちょろい話じゃない。
 
差別を受ける黒人メイドさんたちが、意を決して自分たちが受けた差別、雇い主の非道い行状を告発、それが一冊の本になる。
 
それが話題の一冊になり、社会が少し考える、動く。
 
ええ話やわぁ。良かった良かった。で終わる話じゃない。
 
最後もまだ、彼女たちの戦いは続いている。苦難が終わった訳じゃない、曙光が差した、くらいのところ。
 
僕も今の職場の有り様をちょっと脚色して書き記して、現代版蟹工船的なものに仕上げて、
 
一番上の会社にばらまいてみようか。
 
光の速さでクビになるだろうなwww
 
でも、ネタの宝庫なんすよね、今の会社ww
 
善哉。
 
そう思いました。
 
 
 
 
 
 
仕事はね、大体でいいんですよ。
 
給料分、一人前の仕事をやっておけば、プラスアルファは必要ない。
 
休まず行って、一人分の仕事をこなせば、それだけで、資本家は十分に僕から搾取できているし、それで僕も飯が食える。それでいい。だから、ふざける訳ではないけど、仕事なんか大体でいい。力を抜きすぎれば、誰かが怒ってくれるし、ルールは他人が決めてくれる。その範囲で適当に大体でいい。
 
でも、遊びはねこれ真剣にやらないと。遊びだからこそ自分に厳しくいかないと。
 
何せ遊びはルールを破っても誰も怒ってくれないし、やらなくても誰も叱咤してくれない。
 
自由だからこそ、ふざけると際限なくなる。グダグダになる。
 
集中を欠いた状態で本を読むとか、読みかけて途中でやめるとか、
 
映画観ながら携帯いじるとか、一時停止しないでトイレに行くとか、
 
もちろん、誰もそれに対して何も言わない。だからこそ、そこは自分ルールでそれを禁じる。
 
結構厳し目に。
 
だって、遊びだから。遊びほどルールは大切。
 
よく、遊びだからと言い置いて、ふざける輩がいるが、論外だ。
 
遊びを真剣にやれないとか、論外だ。
 
自分の好きなことをふざけるとか、論外だ。
 
といいつつ、最近、気分が拡散する。集中力が以前にもまして続かない。
 
遊びまで真面目にできなくなってきたか・・・
 
俺って一体・・・
 
と存在意義を見失う。
 
 
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「スーサイドショップ」   2012年  フランス ベルギー カナダ  監督 パトリス・ルコント
 
アニメですね。
 
自殺用具専門店が舞台という、その設定が目を引く。
 
自殺用具専門店だけあって、その店を営む家族皆ネガティブ。
 
ところがある日生まれた男の子は、家系にそぐわずメチャポジティブ。
 
その明るい力が、周りの人間、自殺希望のお客などに変化をもたらす。
 
自殺か・・、ある程度の年数生きてきてそれを考えたことのない人は少ないんじゃないですかね。
 
生きていたら良いことがある。とは言い切れない世の中だから、行動に移してしまう人に、何も言えない。
 
生きるこということには辛いこともたくさんあると分かるから、嫌になったなら、辞める権利もあっていいようにも思ってしまう。
 
自殺願望を持つ人に、「死ぬ気でガンバレ」なんておためごかしの言葉を吐く偽善者がいるが、死ぬ気で頑張るなんてのは、生きる気満々のやつが言うことで、死ぬ気のやつは本当に死んでしまうからね。
 
昔は、バカみたいな脳天気さで、自殺を否定したり、願望を持つ人を諌めたりしていたけど、
 
年々出来なくなっていく。
 
のは、なんでだろう。
 
そう思いました。
 
 
 
 
 

おとなどろっぷすね。

ひと周り以上年の離れた青年が、
 
「つりをさん、ハプニングとトラブルの違いって何でしょう?」
 
とか、どうでもいいようなことを聞いてきた。
 
ちょっと面倒ではあったけど、先に生まれた者の務め、答えてやろうと考えてみると、自分の中でもニュアンス程度でしかその差異を捉えられていないことが判明、上手く説明出来そうにない。
 
しかし、青年は答えを心待ちにして場は沈黙。
 
なので、「まぁあれよ、ハプニングっていうのは、良くも悪くも作用する、外的な要因によって起こる想定外の出来事のことかな。ほんで、あれトラブルっていうのは、何でもないようなことが幸せだったと思うことだよ。」
 
と安定のいい加減さで逃げた。
 
当然、ここは「いや、それ虎舞竜やないかーい」とツッコミが入るところ。
 
と思いきや、青年、「いや、深いっす。・・なるほど、トラブルが起こると、今までの普通が如何にいいことだったかが分かるってことですね。いや、さすがっす。」とか。
 
空ぶったオヤジギャグの寒さ、意図せずオヤジギャグに堕していた自分のユーモアセンスの風化、何かが崩れる音がした。マジで。
 
そーかー、もうこの年代に虎舞竜は通用しないのかー。
 
年取ったな。この場合の最適解は何だったのか?
 
そればかりが、この日の僕のCPUを占有。
 
いや、その程度即答できるように、日ごろ勉強しとけって話だね。
 
青年よ、向学心を有難う。
 
ジェネレーションギャップから生まれるエネルギー。
 
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「大人ドロップ」   2013年   日本  監督  飯塚健
 
僕はこの手の青春物が意外に好みらしい。
 
僕の青春とは全然違うからこそ、変に嘘っぽさを感じないのかもしれない。
 
普通の青春ってこんななのかな?とか思ったりして。
 
こういう早く大人になりたがる若者を見ると、少ない私の誠実から、「焦るな」と言ってやりたくなる。
 
焦らなくとも社会は、何者でもない君らに、近いうち勝手に何らかのレッテルを貼るし、居場所も用意する。
 
それが君らの気に入るか気に入らないかは分からないけど、その何者でもない時期にしかできないことがたくさんある。
 
酒やタバコなんか大人になれば、浴びるほどやれるし、
 
異性関係もね大人になれば打算ですよ、経済活動の一環ですよ、他にも大体の経験はお金を出せば買える。
 
間に夾雑物を挟まない友情、永遠じゃね?と思うような純愛。
 
経験の不足こそが生み出すそれらを味わうべき。
 
大人の味なんて、全てつまらない日常を誤魔化すための麻酔ですよ。
 
じゃあ大人になっていいことってないの?って?
 
ふふふ。
 
そら、なってのお楽しみ・・。
 
って、また誤魔化した・・。
 
こんなことくらい即答できる
 
ちゃんとした大人になりたい。
 
そう思いました。
 
 
 
 
社会というところは、両サイドが溝の道を社会に出るとき与えられた乗り物で走るようなもので、快調だな、スイスイだな、余裕だなおい、って感じでいてもある時、ひょんなことからバランスでも崩そうものなら、たちまち溝にハマリ込む。
 
その溝は思いのほか深くて、そこからはなかなか上がること叶わず、誰かの救いの手や、偶々浅いところを見つけて何とか上がることができた人はラッキー。ハマリ込んだまま、どうにもならない人もたくさんいる。
 
コケたことのない人なら、そんなことはないのかもしれないけれど、
 
一度でもコケたことのある人は、傍目には安定した社会生活を送っているように見えても、内心戦々恐々。
 
いつまたコケるか分からない。安定なんてある程度気を張って、スピードを維持しているから持続するもので、少しでも力を抜けばふらついて、溝にハマる。今度ハマったらもうダメかもしれん。
 
そんな思いが年々強くなる。社会は加齢に寛容ではないからね。
 
そんな恐怖は誰しもね。
 
 
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「東京難民」   2013年  日本  監督 佐々部清
 
ちょっと、ネタバレするかも。
 
世の中舐めたゆとり世代の主人公。
 
ある日、親が蒸発しちゃって、学費、生活費諸々払えなくなり、大学退学、ネカフェ住民、日雇い、ホスト、ホームレスとすごい勢いでこれまでの場所から落ちる。
 
ホームレスを卒業するラストは、くだらない感謝を知らないゆとり屑のまま大学を卒業するより、ずっといい勉強を実地の社会でしたんじゃないかと。
 
しかし、その社会勉強とやらは、何と世間が言うところのいわゆる「社会」では必要とされてない。
 
いいガッコ出て、会社入って、そのままそこで一生を終えることが良いことと提唱する社会は、どれだけ内容の濃い経験、時間を過ごそうが、回り道を許さない。
 
カッコイイサラリーマンってのがあまりいないわけだ。
 
あんな人になりてーなって思わせる会社員にあまり会ったことないわけだ。
 
話の面白い偉いさんにほとんど会ったことないわけだ。
 
紆余曲折たくさん経験している方が、
 
たくさん寄り道している方が、
 
人間的に魅力的だと思うけどね。
 
周りに与える影響も良いものだと思うけどね。
 
真っ直ぐなふすまよりも、
 
あちこち曲がって折れて出来てる屏風の方が、
 
風には強い。
 
何かと強い。
 
善哉。
 
そう思いました。
 
 
 
 
 
 
 
 

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