映画

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

ばくまんすね。

何かを燃やすためには燃料が必要で、

それにも種類があって、あるものにはガソリン、あるものには軽油、あるものには灯油、電気、ガス、様々。

皆一様に言えることは何かを動かすためには熱が必要ということ。

昨年人生の転換期があって、そこから明らかに燃料の種類が変わった。というよりは、これまで手に入れられていた燃料が手に入らなくなったから、変える必要があった。

そして、それが未だに見つからなくて、一体今自分は何を燃料に動いているのか、っていうか、燃料無しでも意外と動けるものだなと出来ればしないほうがいいような発見をしたり。

何せ突如襲ってきた暴風雨に灯が消されてしまって、そこからもう一度灯火を点けた記憶がないから、今消えている状態だと思う。それでも毎日をそれとなく過ごせているのは、惰性慣性。急には止まれない。というだけのことだと思う。

からこそ、そろそろ止まる。そんな危惧がある。

しかし、一度消えてしまった灯、それにもう一度火を灯すという行為は、シケモクに火を点けることに似て、多分苦いだろうな、不味いだろうな、そもそも上手く点かないかもな、大体、それに何を持って着火するよ?燃料がないよ、道具もないよ。なんて嫌な材料ばかりが揃っていく。

しかし、熱のない人生など、つまらない。死ぬまで死なないと決めているのだから、それまで楽しくやるに如くはない。

平熱でいい。せめて人並の熱を。

イメージ 1

「バクマン。」  2015年  日本 監督 大根仁

これ原作のファンで、楽しみにしていた。

原作とはかなり設定を変えていた気がするけど、世界観は損なわれず、楽しく観られた。

若い。というだけでは説明のつかない大きな情熱を持って生きる登場人物たちに、

考えさせられるものがありました。

熱を持って生きる人を冷めた目で見て嘲笑するのは簡単で、それはとても卑怯なこと。

いつだって人の情熱を阻害するのは、この手の輩。

その両方をさらに冷めた目で見て、鼻で嗤ってしまいそうになる自分は、

卑怯を通り越して、邪で悪い。

やっつけないとなこんな自分。

人生で出遭う敵の全てとは言わないが、ほぼ全ての敵は自分。

やっつけるには熱が必要。

善哉。

そう思いました。























くりーどすね。

一般に男性のズボンのファスナーを社会の窓なんて言ったりします。

そこが開いていたら社会的に恥ずかしい。気づいちゃった周りの人も気不味い。

しかし、窓というのはあまり閉め切っていても不健全。たまには開け放って空気の入れ替えなどしないと、瘴気が凝る。

だから僕もたまには開けておかないと、と考えて開け放す時がある。

と言ってもそれはズボンのファスナーではなくて、僕的社会の窓、普段は完全に自分の趣味でしか選ばない映画や本などのチョイスを他人の意見に委ねてみようという試み。

しかし、周りに映画を観る人、本を読む人、ともに限られているから、社会の窓を開け放ったところで、それほど空気の入れ替えにはならないのだけど。

ともあれ、誰かにオススメを聞いてみよう。そう思っていたところに、折悪しく通りかかったのが、後輩無理山。

うぬぅ。この男か・・。この男のオススメにはこれまでかなりの苦汁を舐めさせられているから、そっと社会の窓を閉じようかとも思ったが、閉める閉めないは取り敢えず聞いてからにしよう。そう思った。

おずおずと面白い映画ある?と聞いた僕に、

ありますよ。と不敵な笑み。

まず一本目は・・・えっ、何本かあるの?内心冷や汗。

恐れる僕の心中を全く察することなく、無理山がヘラヘラ言い放った一本目は、「ワイルドなスピード」

人気シリーズの「ワイルドスピード」ならぬ「ワイルドなスピード」。絶対おもんない。

もう一つはね、と続けた無理山オススメ二本目は、「トロピックサンダー 史上最低の作戦」。これもヤヴァそう・・。社会の窓がじわじわ閉まっていく・・。

でも聞いちゃったもんな。そう思いその日の仕事帰りに、TSUTAYAに寄る。

そして、探す。ワイルドなスピードは、本家のワイルドスピードを観たことがないので、取り敢えず保留。

トロピックサンダーを探す。

無い。コメディ、ドラマ、アクション、該当しそうなジャンルの棚を全て見て回ったが、無い。

正直、ホッとした。

空気の入れ替え、きれいな空気が入ってくるとは限らないから、社会の窓を開けるときは要注意。

結局、自分の観たいものを爆借りして帰る。

イメージ 1

「クリード チャンプを継ぐ男」   2015年 アメリカ  監督 ライアン・クーグラー

これは良作との評判も聞いていたから、楽しみに観た。

ここから少しネタバレするかもですから注意です。

確かにドラマとしては良い話なんですけど、

ボクシングをちゃんと理解していない人が脚本書いたんじゃないかな。

いくら草拳闘で経験があったとはいえ、プロ二戦目で世界戦、しかも相手は並のチャンピオンではなくて、PFPナンバーワン。そんなアホな。

プロ二戦目で世界戦って、オリンピック連覇、アマ戦績396勝1敗史上最強アマの呼び声高いロマチェンコと同じ。無茶苦茶。

どうもそのへんの設定が腑に落ちなくて、白けた気分になったことは否めない。

個人的に見所は、人生を達観したかのようなロッキーの晩年。

スタローンの演技が渋い。

そう思いました。





あんびばれんつっっ。

コンビニのレジで店員に「205番ひとつ」と自らが嗜むタバコの棚番号を告げ、つりをは心中、懊悩していた。

止めたいのである。タバコなんてよしたいのである。

タバコをよせば、きっと今よりも寝起き爽快で、食欲も増し、薄らぼけている神経も少しは鋭敏になり、一日の健康に寄与するところは大きいと思う。

でも、タバコくらいはやっておかないと、頑健な身体は調子に乗って長生きしてしまう。

今日一日は、様々なものに視野広く、心大きくしかし繊細に接し、受けるべきは受け、出すべきは出し惜しみなく、やるにしてもやらないにしても悔いのない意義深い一日にしたい。それには健康でいることが基本だと思う。

それに反して、悪い頭の代償なのかなんなのか、やけに頑丈な身体は、何か身体に悪いことでもしないと長生きしてしまいそうだ。

今日一日は健康でいたいけど、長生きはしたくない。二律背反する感情に思考は行き場を失う。

酒を浴びるほど飲めば、それは大きく寿命を縮めるだろうけど、それは体質が受け付けない。ほろ酔い一本で激酔いのほぼ下戸であるから。一時期人生の壁にぶち当たり、どす黒い思考が蜷局を巻いて頭を占拠、ループしていた時期、あまりにも苦しくて、少し酒に逃げたことがある。その時期はいくら飲んでも酔わず眠れず、家系上代々続く酒豪の血がついに目覚めたかと思ったが、事態が鎮静を辿る過程に合わせるように、元の下戸に戻った。これでは身体に影響が出るほど、飲めやしない。百薬の長なんていって寧ろ長生を助長してしまうかもしれない。

早逝が目的ではない。今日は楽しくやりたいが長生きはしたくないのだ。

アホである。

言っていることの意味が分からない。

それは自分でも分かっているのだ。

だから苦しいのだ。この考えで突き進めば狂う。きっと狂う。

しかし、狂えない。

いっそ狂ってしまえば、楽なのだろうけど、長いあいだに染み付いた見栄、妙な社会性、こけそうでこけないバランス感覚、くだらない常識、狂ってしまう為に超えなければいけないハードルは思ったより高い。

それとも正常を保っているつもりで、実はもう狂ってしまっているのだろうか。

自分のことは自分では分からないが、他人からも自分という人間は分からない。

じゃあ自分自分と日頃思っている自分は何処に?

コギトエルゴスム。

本当か。それ。

そんなことを考えながら、仕事に向かう。

常識人の顔をして。


イメージ 1


「レイジングケイン」  1992年 アメリカ 監督 ブライアン・デ・パルマ

多重人格もののサスペンス。

過剰な演出が時代を感じさせる。

やりすぎ感が逆に新鮮でした。

この作中の多重人格の男のように、分裂した自我が記憶に残らず何かしでかすってのは、大変なことなのだろうけど、ちょっと羨望も感じたりして。都合よくていいななんて。

多重人格なんて強烈な逃げ道。

それに少しとはいえ羨望を感じるなんて、

逃げたいのか?

何から?

そんなことを。

そう思いました。





びりぎゃるすね。

続ける。

これが一番難しい。

何事も続けることが一番難しい。

始めることも辞めることも簡単。

ダイエットもスポーツも勉学も新たな趣味も習慣も、始めることは簡単。

向上心を伴って始動することほど継続は困難。

タバコ酒女遊びギャンブル良くないなと思いつつも楽しいからついみたいなことは、逆に止められない。

継続すればするほど堕落していくと分かりつつ止められない。

良いと思うことはほんの少しで満足もしくは疲労してしまうのに、

これは悪いなと思うことほど、いくらやっても満足できない。

気が付くと身についているのは自分にとってマイナスの習慣ばかり。

つくづく自分にとって確かにプラスで向上心を持って始めたことほど続けることは難しいなと。

一日にほんの少しのことでさえ続かない。

愛だ恋だなんてものも、始めるのは簡単で、その為に死ぬなんてことも簡単。そのことのために死ぬなんてことより続けることのほうが実は余程困難。

夢だ希望だなんてものも、抱くのは簡単で、その理想の為に死ぬことも一時の激情に身を委ねれば簡単。でもそれを持ち続けることは困難。

どんなに下らないことでも、それが自分に何らかのプラスをもたらす、向上心を持って始められた事柄を継続してやり続ける人を見ると、本当に感心する。

やめなきゃなってことはいくらでも続けられるのにな。

タバコ、そろそろよさないとな。バカみたいに煙を吸い込んでそれを吐き出して、それで身体には悪い、神経が鈍る(あくまで私感だけど)寝起きが悪い、偏頭痛。何がしたいんだよ。いいことなんて何もない。

良い事を始めないとな、続けないとな。それも惰性じゃなくね。

イメージ 1


「ビリギャル」   2015年 日本  監督 土井裕泰

昨年、原作本も話題になりましたね。

アホだった子が頑張って賢い学校に合格した話。

これ、ギャルが主人公には違いないのだけど、

彼女を指導した塾講師の良いところを見ることに特化した眼、彼女の母親の無償の愛情が素晴らしい。

そして、その素晴らしさをしっかりと感じ取るビリギャル。本当のアホではない。

どれだけ道を外れたように見えても、根底に感謝と愛情を持っていれば、根っこから持っていかれることはないのだろうね。

根はしっかりと家族や応援する人の側に張り、枝葉の部分だけ派手にしていただけ。

基本的には愛情深く、根性があって、信念も強く持てる優れた子だと思うビリギャル。

この作品、ギャルが主人公のちゃらけたコメディかと思って観たら、やられる。

三度ほど涙腺がね。

ギャルだからと見た目で判断してはいけない。

良い意味で裏切られた作品。

善哉。

そう思いました。



















Zあいらんどすね。

夢と希望に満ち溢れた若人たちが、仕事に家庭にくたびれたオヤジや旦那の愚痴を己が身の程も知らず喚き散らすオバハンなんかを見て、ああはなりたくない、終わってんな、うちの親なんかも口を開けば「現実は甘くないんだぞ」とかしか言わねーし、俺はアタシはそういう大人にならない、っつーかなれねぇっしょ?

とか若さという可能性を武器に放言したりする。

しかしこの若人たちも、可能性は手にしているものの、具体的に何かを目指しているでもなく、日々何か楽しいことないかなと漫然と過ごしていたりする。そして日に日に目減りしていく可能性に焦りもあったりする。

そうこうするうち、夢破れ、希望叶わず、現実に噛み付かれた己は、いつか卑下したあの日の大人。ゾンビに見えていた群れの一員。

現実に噛み付かれ、感染し発症した「大人」。

希に今も噛み付かれず、夢と希望の中に生きている同世代がいるが、こちらから見ると、今度はあちらがゾンビに見える。

お互い相手の頭を撃ち抜かなくては。

と思っていたりする。

でもお互い相手をゾンビだと思っているから、噛み付かれたくないと恐れている。

いきおい両者は混ざり合わない。みたいな現象が周りで結構あったりするなぁ。とかね。

イメージ 1

「Zアイランド」  2014年  日本 監督 品川ヒロシ

一人のヤクザを発端に島一つ丸ごとゾンビの島になる。

そこへ遊びに行ってしまった娘を迎えに行く元ヤクザとその仲間。

島に逃げたヤクザを追ってきた現役ヤクザ。

元々島民でゾンビから逃げている若者数人。

さて彼らは無事に島から出られるか。みたいな話。

品川ヒロシは分かりやすく観やすい、笑いもふんだんにありホロリとくる場面もしっかりある飽きのこない作品を撮りますね。

映画は芸術、なんて高尚な概念を持たず、あくまで娯楽、エンターテイメント、楽しませてなんぼでしょ?

みたいな振り切った姿勢が潔くて好感が持てる。分かる人には分かると突き放すのではなく、どう面白い?ダメ?みたいに擦り寄ってくる感じが。

善哉。

そう思いました。
















よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事