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あにーすね。

調子のいいときに、機嫌がいい、朗らか。

当たり前。

別段普通の毎日、そんなときに機嫌がいい、にこやか。

お前良い奴。

絶不調、何をやっても裏目に出る、二択も外す、予定の日に必ず雨が降る、人には騙される、新しい靴でウンコ踏む、そんなときにも、人生に感謝、前向き、ポジティブ。

直視できない、ブライトライト、眩い、マジ聖者。

二番目までは希にお目にかかるが、三番目のマジ聖者は僕のこれまでの人生でも、思い出せるのはたった二人。

一人はもう他界してしまっているから、現行ひとり。

でも、そんな存在がいることを知っている。

この事実は、かなり大きい。

作り物の物語の中には、たくさん出てくるマジ聖者。

そういう人が現存すると知らない人からすれば、それはファンタジー、ツチノコ、UMA、UFO。

なれるわけない、なる必要もない、と開き直れる。

が、知っているとそうはいかない。

己の汚さ、弱さ、脆さ、くだらなさを情けなく思う。

年を取るごとに、言い訳ばかりが巧くなって、またその言い訳を状況が年々許すようになってくる。

いわく、だってもうこの年だもんね。もう少し時間があればね。タイミングが合えばね。ストレスが凄いからね。

そうじゃないことは知ってるんだけど、言い訳で誤魔化さないと安いプライドに傷がつく。

そんなものを大事にしているから、

いいときにしか笑えないんだよ。

分かってるんだけどね。

そんなこと。

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「ANNIE アニー」   2014年  アメリカ  監督 ウィル・グラック

ミュージカルで有名なんですよね、この作品。

タイトルととぅーもろーって歌は知っていたのだけど、

物語を知らなかったから観てみた。

やっべー、アニーやっべー。

彼女は太陽や。

太陽ってのは、近づきすぎるとそらもう高熱で、どんなものも焼き尽くしてしまうのだけど、

彼女は意思持つ太陽。

賢いこの太陽は、しっかりと相手との距離感を把握し、種が芽吹くのに必要な光と熱を与える。

どんな境遇でも、光を失わないアニー。

どこにいても何をしていても太陽は太陽なのだな。

そんなアニーが愛している明日。

鑑賞後、明日に何か期待したくなる。

そんなお話。

善哉。

そう思いました。





















君は嘲笑うだろうか、初回限定の特典欲しさにPerfumeのCDを予約する画面まで行き、予約するボタンの上で逡巡し震える指が今にもポチってしまいそうな僕を。

そのPerfumeが主題歌を歌うことで、映画「ちはやふる」を観ることは当然として、百人一首、競技かるたに興味もないのに、映画を観るために予習しておくかと漫画「ちはやふる」を手に取って、読み出したらこれが素晴らしくて、度々目頭を熱くする僕を君は嘲笑うだろうか。

といったもしや嘲笑されるやもしれないと恐れる「君」とは、これ、僕のことで、といえば何やらややこしいが、要するに自分の中での葛藤ということだ。

体面を保とうとする自分、世間体を気にする自分、自分が自分に対して持っているイメージの自分、くだらないことに気を遣うなという自分、でも恥は大事だよ、恥知らずは人にあって人にあらずという自分、いろいろな自分が侃々諤々の議論。

今のところまだポチっていないが、明日にはいってしまうかもしれない。もしかしたら、このあとすぐにいってしまうかもしれない。

PerfumeのNewアルバム発売の一報に、開かれた緊急脳内会議。

今書いていて、あまりのくだらなさに、「もう死のうかそれともバカなりに開き直って生きようか」の議題でまた新たな脳内会議。

かしましいね。

煩わしいね。自我。

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「脳内ポイズンベリー」   2015年  日本  監督 佐藤祐市

三十路の女性というのは、女性としての旬というか、一番いいときを少し過ぎて、何かと下降線を感じる年頃なのかな?知らんけど。

の三十路の女性が主人公。

彼女の周りで起こる様々(主に恋愛)を脳内にいる、議長ポジション担当、ポジティブ担当、ネガティブ担当、ときめき担当、書記、女王様みたいな真我っぽいのなんかが、それぞれの立場から意見し、彼女の行動を決めていく。全部彼女自身なんだけど。

誰しも身に覚えのあることをとても上手く表現しているなぁと感心。

物語そのものは、少女漫画みたいな甘ったるいものだったけど、

発想が、

善哉。

そう思いました。











べいまっくすすね。

毒に解毒剤があるように、

人の欲望にも抑止力が必要だと思うんである。

性欲が昂まって、あぁ不倫してぇななんて思っても、やらかしたときに悲しむ家族の顔を思い浮かべて、思いとどまる。

食欲が猛烈に押し寄せても、あぁここで食べちゃうとあの服入らなくなるなとか、糖尿になっちゃうなとか、考えて思いとどまる。

睡眠欲が凄くて起きれそうにないときも、あぁここで寝坊しちゃうとボーナスの査定に響くなとか、もう少し責任感のある人ならば、職場の人間が困るだろうなとか。

物欲がもんどりうって押し寄せても、あぁここで買っちゃうと生活に支障が出るなとか。

手元に使ってはいけないお金があるときに、ギャンブルに射幸心を煽られまくって、パチンコ行ったろか?競馬行ったろか?勝てばいいだけだもんねとか思っても、それがそんなに甘くないことはこれまでの経験上知っている。何故パチンコ屋はネオンをあんなにギラギラ光らせられるのか、電気代相当だぜ?何故バイトでも時給があんなに高いのか?一等地に駐車場付きのバカでかい建物、どんだけ金掛かってんだ?お馬さんだって種付け一回数千万とかどこからそんな金が?優勝賞金、億?全部俺たちの負けたお金だよな。夢見ちゃいかん、あくまでレジャーレジャーとか。

誰かのせいで何か物事が思い通りに行かなくて、怒りに震えるときも、あぁここでこいつぶん殴っちゃったら、自分の負けだな、何かといろいろ終わっちゃうもんなとか。まだ自分に何か出来ることがあるんじゃないかとか。

人間の欲は際限のないものであるから、どこかにブレーキを設けておかないと人生なんて簡単に破綻する。それは単純に人に対する愛情であったり、常識世間体であったり、年と共に自然と形成されていくものだとおもうのだけど、どうだろね。

容姿で他人様より抜きん出て、それでたくさんお金を稼ぐ。

他人様よりたくさんホームランを打って、それでお金を稼ぐ。

たくさんのお金と名声は、仮初の万能感をもたらし、私何でもできる!センテンススプリング!

キメキメでもホームラン打てる!日焼けやタトゥーやだんじりや!

手に入れた力なりにブレーキもイイものになっていかないと、ちょっとしたカーブでも曲がりきれず事故を起こす。

スピードがたくさん出る乗り物には、それを制止できるそれだけ強いブレーキが必要。

原発なんかも・・・・。

っと、話が長くなる。

ここらでブレーキ。

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「ベイマックス」   2014年  アメリカ  監督 ドン・ホール クリス・ウィリアムス

これはおそらく兄弟愛、親子愛、友情なんかをテーマに描かれているお話だと思うんですけど、(ここから少しネタバレします。)

主人公の少年、敵役の教授、彼らが最後戦うわけです。

興味深いのは、彼らが戦っている対象。

少年と教授が戦っているには違いないのだけど、

それぞれが発明した発明品を相手が利用する。という皮肉な展開。自分の発明に苦しめられる。

勝敗を決したのは、発明で生まれた力を制御する抑止力。

欲望のままに作られたものの力は止めようがなく、

製作者の意図を大きく外れ、己に刃を向ける。

あればいいってもんでもないんだね。ちから。

アナ雪よりずっと良い。(あくまでテーマ的に)と思ったり。

善哉。

そう思いました。









はい、自由時間終わり〜。

現在宮崎に住んでいて、あと一年半で仕事を完全退職する父親が、なんとここに来て大阪転勤。

3年前に定年を迎え、現在は嘱託として働いているから、転勤などないと思っていたけど、あるんだねそういうこと。

しかも、四月の頭からというから慌ただしい。

僕にしても、あと一年半は今の自由時間が続くと思っていたから、話を聞いたとき分かりやすく動揺したw

全く最近目まぐるしいよ。生活環境の変化が目まぐるし過ぎて、対応に苦慮する。

が、これはこれでいいことかもしれない。

人生も晩年に差し掛かった両親に、去年途轍もない心労を与えて、未だに心配の種としてある自分を情けなく思っていたから、何か力になれることは有難い。

やはり両親には、誰ひとり恨むことなく、後顧の憂いなく、感謝幸福の気持ちで最期を迎えて欲しい。

それには、去年与えた傷、これが癒えるまでにどれだけ時間がかかるか、他人を恨む気持ち、これが風化するまでにどれだけの喜びと思い出が必要か分からないことを思えば、一年半でも早い方がいいような気がする。

拘泥しているのは、あくまで自分の自由時間。

自分の都合なんて言ってる場合じゃないんだ。

自分のことであれだけの迷惑をかけたのだから。

さてまた少しの間、忙しくなる。

なんせ、部屋がきたねーんすよ。特に誰も来ないからと油断していた二階。

片付けないとね。参った参った。


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「小野寺の弟・小野寺の姉」  2014年  日本  監督 西田征史

幼い頃に両親を亡くした姉弟。

単なる血の繋がり以上に精神的に繋がっている。

お互い相手の幸せを心から願い、様々にサポートを試みあったりするのだけど、

優しさが仇となったり、運が味方しなかったりで、もどかしい。

しかし、この姉弟、世間一般の定形的な幸せの形とは違うけれど、

充分な幸せを手に入れているように思う。

血の繋がりなんてものは、誰にだって、

身体だけのつながりなんてものも、望めば簡単。

しかし、心の繋がりとなると、

これはもう、たった一つでも持っているなら、

すごいことじゃないか。

善哉。

そう思いました。








前にも言ったことある。

ということは、そのことに対しての考えは変わっていないということだ。

その考えというのは、とかしこまると大したことを言いそうに思われそうだけど、拍子抜けするくらい当たり前のこと。

真実は一つ。ということ。コナンか。

ただ、その真実を全方位的に見られる人などいないから、それぞれの人が見た真実の一面を総合して全体像を掴むことになるのだけど、それぞれの人たちもそれぞれに感情や、その真実に対して主観的な意見などを持つし、その真実に対する話題を持ち寄った人たちのなかに嘘つきが一人でも混ざれば、もう元の真実は大きく歪められて、どんどん不明瞭になってしまって、原型を留めない全くの別物になってしまったりする。

起こったことというのは、それ以上でも以下でもなく、そこに在って、絶対に形を変えるものではない。

形を変えてしまうのは、その真実に触れた人たち、その人たちから聞きかじった話を噂に変えて話す人たち。

当事者ですら真実を歪めることは珍しくない。主に嘘によって。

これから貼っつける映画に、

「人は心の声に蓋をすると、見たいものしか見なくなって、信じたいものしか信じなくなる」みたいなセリフが。

これマジだな。

人は理想を抱くから、この人にはこうあって欲しい、あのことはこうであって欲しいと利己的に物事を判断しがち。

それが真実を歪めるのだけど、理想を捨てられない。裏切られて傷つきたくない。

思えば僕の失われた五年間も心の声に蓋をしておったような気がします。見たい面しか見ず、信じたい面だけを信じて、・・・ん?と思ったこともしばしばあったのだけど、それらから意識的に目を背けて、人と生きていくというのはこういうものだろう?ある程度の寛容さは必要だろう?と都合よく解釈。結果そんなお人好しを利用され、裏側を見ることを怠っている間に、見えないところで無茶苦茶にやられ、人生を誤るという惨事に発展した。違和感は大事。細かいことが気になる気にする男は男らしくないとここでも自分の理想が邪魔をした。意外に繊細なんだねなんて評されることもある本来の感性感受性を信じていたなら、もっと早くに本性を見抜けたろうに。心が囁きかける声に素直に反応できていたなら・・。という話は今更繰り言。

最近、蓋が開いたのか、心が五月蝿くって仕方ないよ。

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「ソロモンの偽証」   2015年  日本  監督 成島出

ある日学校で起こった死亡事故。

その学校に通う中学生が亡くなったそのことを、大人たちは自殺と断定。

そこにあれは他殺だとテレビ局や、刑事を親に持つ同級生の家、学校に怪文書が届く。

それでも大人たちは自殺でしょ?で済まそうとするものだから、中学生たちが自分たちで真実を暴く!って立ち上がる。

で、裁判を開くことで真実を明らかにしよう。そうしよう。

みたいな話。

それぞれが持つ一面の真実を持ち寄って、それらが合わさっていき真実の全体像が徐々に明らかになっていく展開に何か深く考えさせられるものがありました。僕の知っていることも全て、その物事の一面でしかないのだろうな。なんて。

前後編合わせて4時間半くらいあったかな?

しかし、それが長いと感じない。

くらいに退屈を感じない緊迫感のあるテンポで観れた。

善哉。

そう思いました。







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