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見てもーた・・。
すごいものを見てもーた・・。
歴史の証人、一人の男が伝説になった瞬間見たった。
何と素晴らしい一夜だったことか。いろいろ言いたいけど、言葉じゃダメだ。
どんな賛辞も陳腐だ。
長谷川やりましたね。本当に凄い人だ。
9ラウンド、左アッパーを効かされて、ロープに詰められての打ち合い。
打ち合うな〜の悲鳴が、打ち勝って大歓声に変わったその瞬間。鳥肌ヤヴァイ。
10ラウンド開始に応えられないチャンピオンルイス。
呆気にとられながらも、レフェリーに勝利を告げられ手を挙げられる長谷川。
会場中が一体になり地鳴りのような大歓声。動悸ヤヴァイ。
まさかの・・といっては失礼だろうけど、劇的な勝利。
複雑に思いを巡らすなどの手順など踏まず、極々シンプルに直截に感動した・・。こんな感情は久しぶりだ。
良いものを見た。最高だ長谷川。
長谷川の試合で胃がキリキリして、動悸が激しくなり、感動に打ちのめされ、ヘトヘト。
もうお腹いっぱいっす。休憩下さい。
と思っていたのだけど、生モレノが入場してきてテンションが再び上がる。
うおーモレノだよ。すげー。強そう。オーラあるなー。トランクス短けー。パナマ国家なげー。
とか思っている間に試合開始。
1ラウンドモレノのコンビネーションが山中のガードの隙間を上手く割って次々クリーンヒット。
こらやばいかもしれん。と思っていると、いきなり炸裂神の左。
うはっ、モレノ倒れた!
そこから立て直したモレノ、その後モレノの技巧がリングを支配しているように見えた。
4ラウンドには、山中ダウンを奪われる。雲行きが怪しい。
と思っていたところ、6ラウンドに再び神降臨。
明らかにダメージありありの強烈なダウンを奪う。
結果7ラウンド二度のダウンを追加してのTKO勝利。
すんごい試合だった。ストーリーでは長谷川、試合内容で山中。
何だこの神興行。
この日観戦した人は、ひとり残らず大満足で帰途に着いたことだろうね。
その後、北海道から観戦に来ていたテッちゃんと食事に行く。
テッちゃんもかなりテンション上がってたな。上がるわなそら。あの2試合見たら。
二年ぶりの再会で、話が尽きない。まだまだ時間が欲しかったけど、
駐車場の時間があったり、テッちゃん夜勤明けで来たらしく、寝てないみたいだし、
いい頃合で解散。
楽しすぎた。
そう思いました。
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ボクシング
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いよいよ今日です。山中×モレノ、長谷川×ルイス。
観戦行ってきます。
山中×モレノ、もちろん楽しみですが、なんといっても今日の目玉は長谷川、個人的に。
事前の報道など見ていると、相手の挑発にも乗ることなく、兎に角自分のボクシング、自分のコンディション、自分の体幹、バランス、など、相手がいないかのごとく、自分の状態に言及している。
調印式、計量、その他の写真などを見ても、どこか達観した風に落ち着いた表情の写真が目に付く。
これから大きな戦いに臨む人のそれにしては、あまりにも落ち着いている。周りの盛り上がりとはその場をまるで共有しない雰囲気には、ベテランの一言で片付けられないものを感じる。
突き詰めて突き詰めて、到達した境地、結局はどこまでも自分との戦いだと強く悟ったのかもしれない。
もう地位も名誉も充分に手にした男が、まだ戦う理由。
ボクシングという競技を通じて、人が到達できる未踏の境地。余人には計り知れない境地、何だかそんなところにいるんじゃないかと今の長谷川を見て感じる。
周囲の予想は35才になる長谷川には厳しいもの。
僕の予想も、今まで長谷川が魅せてくれたきらめきが目をくらますものの、冷静に考えれば勝機は少ないと思う
。
しかし、今日の試合、勝ち負けじゃない何かを見れる気がする。
日テレ、放送なしとか、阿呆かよ。この試合放送しなくて、何を見せるんだよ。大阪開催で生観戦行けるからいいけど、そうじゃなかったら苦情もんだ。
何てなことを思いつつ、
ぼちぼち準備して行ってきます。
試合後には北海道から観戦に来るらしい(スゴイねΣ(゚д゚lll))テッちゃんと食事も待ってる。
楽しみだな。
週間天気予報では、雨だったのだけど、今晴れてる。
良かった。
そう思いました。
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六月三日、世界のボクシング界のカリスマ、アイコン、その偉業はボクシングなんて小さな枠を越えて偉大、20世紀最大のスポーツヒーロー、モハメド・アリが逝去。
僕は彼の現役時代をリアルタイムで知らないし、年も年だったし、病気を抱えていたことも知っていたので、それほど驚きをもってこの一報を聞いたわけではないけど、やはり何か寂しさ、喪失感はあった。
高校生の頃に、アリのことはたくさん何かで読んだり観たりして、それなりに知ってはいたけど、もう一度よく知っておこうと、特別刊行の追悼本や、以前ひこさんに頂いた、アリ×フォアマンのドキュメンタリー、WOWOWのアリ追悼プログラム、有料放送でやっていた主にアリの言動にスポットを当てた昔のドキュメンタリーなど観た。
知れば知るほど凄い人だ。ボクシングがアリを輝かせたことは間違いないけど、アリがボクシングを選んでくれたことをボクシング界は感謝すべき。
リング上のみならず、政治的にも、民族のアイデンティティのためにも、弱者のため、不遇な者のためにも闘った。彼の人生、そのものが歴史だ。みたいなこと、彼の残した軌跡、偉業なんてのは、もっと達者で思い入れのある人がたくさんあちこちで書いているだろうから割愛。
アリといえば、兎に角喋る。過ぎるくらいにお喋りだ。
つまらぬこと言わずもがなのこと失言、暴言、NGワード、たくさん言っただろう。あれだけ調子よく喋れば。
しかし、憎めない。むしろ皆楽しみにしていたっぽい。当時の映像など見ると。
アリの関連本を読んでいて、とても心に残る言葉があった。
「他者に貢献することは、この地球でのあなたの居場所に払う家賃である」
この一言だけで、アリにアフォリストの才があったことは間違いないと思う僕的に。
だって、言えます?こんなこと。こんなに分かりやすく無駄ない言葉数で。
しかも、それを実践している。
アリはこの地球上でとても大きなところに住んでいた。アリの試合、生き様、言葉でどれだけの人が勇気、希望を貰ったろう。
他者に貢献か・・・。
どうりで、僕にはどうも何かこの地球に自分の居場所なんてないよな、なんて気がするはずだ。
貢献してないからね。他者になんて。家賃滞納だからね。これ。
この間読んだ本に書いてあったのだけど、「本当のケチは自分さえ良ければいいという人。困っている人を助けることができる人は、普段節約に努めていてもそれは、ケチではない」みたいな言葉。本当にそうだな。自分さえ良ければって人は自分も含めて、たくさんいるな。でもこれも致し方ないところがあって、力足らざる故の自分勝手というか、自分のことでいっぱいいっぱい、他者に貢献どころか迷惑かけてしまうんじゃないかと思うから、まずは自分だ、自分がしっかりしないとなんて、思うんだけど、よく考えればこれもどこか言い訳めいていて、実際そこまで自分自分でいっぱいいっぱいになるほど余裕がないわけでもないんだよな、出来ることはきっとあって、そこから目を背けてるだけだよな、なんてことも思う。
ボクシングに興味のない人も、アリからアリの人生から学ぶことは多いと思う。
蝶のように軽やかにまわる口から、蜂のように刺す言葉が。リング上の激闘の裏には、もっと厳しい闘いが。
The Greatest
大げさなコピーじゃない。マジで。
そう思いました。
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早速取ってきた。
山中VSモレノⅡ
長谷川VSルイス。
大阪開催。
行かないわけにはいかない。
遠く北海道の友テッちゃんも来るらしい。
行かないわけにはいかない。
山中、長谷川、どちらの試合もどっちが勝つかわからない、とてもいいマッチメイク。
これぞ世界戦。The REAL
といえば、つい先日の、和氣VSグスマン。
実力差は歴然だったけど、いい試合だった。
和氣、リーゼントは伊達じゃない。素晴らしいハートを見せた。
前半でかなり勝負あったの雰囲気だった。しかし諦めない和氣の粘りにグスマンのスタミナが切れて、判定まで行くか(和氣が勝つという画は残念だけど浮かばなかった・・)と思われましたが、
終盤11R、無念のストップ負け。グスマン、戦績通りの強さはまだ感じませんでしたけど、これからが楽しみなボクサーです。
和氣には厳しい世界の壁。昔、日本人が世界戦負けまくってた頃ってこんな感じの試合多かったよな。とか思い出しました。それでも頑張れっ、一発当てろって気持ち入れて応援してたな。
ある日、狂拳からこんな写メが。
一緒に写ってるのグスマンやないか・・・。
一体どういうことだ。
相変わらず行動の読めない男だ。不思議だ。何故にグスマンと。
そして何故腹を出す。
現役を退いて15年は経つお前が何故グスマンと腹を出すwww
この写真の数日後に世界を獲る、計量前のキレキレボクサーと何故腹を出し合うww
まぁ、狂拳に関しては、現役時代から、こんな腹してたけどwww
そう思いました。
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どこまでも修羅道である。
拳闘の世界で人は、人間道に生まれながら、自ら進んで修羅となる。
修羅道ってのはそれはもう厳しくて、そこではそこにいる者全員を打ち倒し、最後の一人になるまで戦いを止められないらしい。
しかし、そこには次から次に誰かが堕ちてくるので、最後の一人になることはない。
続く。戦いはずっと続く。
そんな世界であるから、盛者必衰、栄枯盛衰が常。
そんな世界で6年超の間、頂点に君臨していたのだ。充分だ。
ボクサー皆が目指し、そのほとんどが到達できない夢の世界チャンピオンになり、11度の防衛。充分だ。
そう頭は考えるのに、気持ちはそれとは逆のことを思う。もっと観たかった。周りも望み、本人も希望していた夢の舞台でモチベーションMAXの彼の試合が観たかった。そしてそれは彼の実力を鑑みれば、贅沢な夢想でもなんでもなく、当たり前に用意されてしかるべき舞台だったと思う。
負けることは仕方ない。勝負の世界だ。
しかし、ここで負けてしまったか・・・。という悔しさが残る。
日本が誇るスーパーチャンピオン内山高志の敗戦。
いつかは来るのだ。修羅道だもの。
でも、何だろうこの喪失感。
阿部野ハルカスがなくなろうが、東京タワーがなくなろうが何とも思わないけど、
内山のベルトが失われたことは、なんだかすごく寂しい。
ボクシングにおける1敗の重み。全てとは言わないが、築き上げた大半を一瞬にして失う。
この厳しさが、このスポーツの醍醐味でもあるのだけど、
やはり残酷だ。内山の敗戦を目の当たりにしてそう思う。
しかしだからこそ、ボクシングは美しい。
人が自ら修羅道に飛び込む姿の神々しさ。
六道では修羅道より上位にあるとされる人間道。
人間道にもこれだけの美しさがあるのかな。
それとも、畜生、餓鬼が跋扈するこの世界は、実は修羅道より下位の世界なのかもしれない。
内山の敗戦がとてもショックだった。ということを書いているつもりが、
また変な方向に話逸れてる・・。
だから止そう。この辺で。
そう思いました。
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