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「僕の死に方 エンディングダイアリー500日」 金子哲雄著。
これこれ、これですよ、前回はこの本のことを書いておこうと思ったら、図らずも叔母の話に飛躍。
あいすまんことでした。
僕はこの著者、生前、大ッ嫌いだったんですよね。
見た目ももっさりしてる割に色使いが派手だったり、雰囲気も軽薄で、扱ってる話題も、ポイントカードで何円得したとか、あれやこれやを安く買う方法とか、男がそんなことに一喜一憂してんなよ。
そんな風に思っていて、テレビなんかで見かけると即違うチャンネルに飛んでたりした。
ところに突然の訃報。しかも41歳という若さ。
著名人の早逝はメデイアもたくさん報じますね。
その情報を聞くともなく聞いていると、最期、彼は自分のお葬式や死後のことも自分のこれまでの考えに従って、いかに安く、いかに周りの人に喜んでもらえるかを考えてプロデュースしたという。
僕はこの人に対して、大変な思い違いをしていたんじゃなかろうか?死のまぎわまで、少しでも安くというその考えに徹するとは、それはこれまで思っていたただの吝嗇ではなく、何か確固たる理由のある本物の哲学じゃないの?とかその話を聞いたとき思ったんすよね。
そこで、何となく気になっていたところに、古本屋で、この本が目にとまったもんで買。
ある夜、何気なく、ほんの触りだけ読んでみようかなと、本を開いたわけです。
するとどうでしょう、最後まで一気、読んでる最中、拭っても拭っても目から汗が。
読後、感動の余韻でしばし呆然。
僕は勘違いしていた。いつもながらだけど、自分の愚鈍さにやるせない気持ち。
彼は、人の喜ぶ顔が見たい一心で毎日、お得情報を探していた。僕はそんな日々移り変わる情報なんぞ、薄っぺらでどうでもいいことだと思っていた。でも彼は、その情報で、きちんと世の中の流れ、これからなんかを読み解いていたんですね。僕は大きい小さいに目がいきすぎて、深い浅いに目がいってなかった。彼は小さい情報を深く理解していたんすね。僕なんかが考えるよりずっと真剣に真摯に毎日の価格情報と向き合っていたんですね。
最期まで周りを気遣い、感謝の念を忘れず、病と闘い、生を全うした。素晴らしい人格の持ち主だった。
僕はこんな人を、見た目の垢抜けなさ、軽薄な語り口、扱ってる内容の軽さから、つまらない人間だと見限っていた。マジ、節穴。僕の目はマジ、節穴。
猛省です。見た目の判断で人を軽んじるとは。いい年こいてあり得んぞ、マジで。
いい勉強になりました。
彼は僕の中で、男の中の男、偉人です。
彼を最期まで支えた奥さんも、これがまた素晴らしいんだ。
良い本でした。
善哉。
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読書
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やりたいことやって、言いたいこと言って、好きな時に好きなように振舞う。
そんな風に生きたいのはヤマヤマだけど、到底、無理。
何故?それはね、自由ってのも権利でね、権利には常に責任がついてまわる。
好きにやってもいいけど、どうなっても知らんよ。
全部自分の責任でね。とか言われると、ちょっと怖い。
外で一晩寝たら死んでしまう。とか、一日何も食べないでいたら死んでしまう。とか、
そのくらいで死ねるなら、僕もノーフューチャー上等で生きますけど、
神が僕に授けたのは、超健康な身体に、臆病なメンタル、深く考えない頭、無神経、・・・・あかん、絶対生きてまう。
健康な体は病気を拒むし、臆病なメンタルは自身を傷つけることができない、ということは自ら死ぬこともできない、そもそもそこまで物事を深く考えられる頭がない。
ぼんやりした不安。とかで死ぬ人もおらっしゃるみたいですけど、僕などは、明確な不安があるにもかかわらず、それなりに日々を営んでいるという無神経。
となると、結構な確率でこのまま生きてしまう公算が大きいので、生きる覚悟をしないといけない。
これが、明日、明後日、いや、数年後とかでもいいけど、自らの死ぬる日が確定しておったら、大事な人間、大事なこと、いろんなプライオリティーのその順位が驚くくらい変わるだろうな。
いかに今を打算で生きてるかが分かるね、ずるいね、でも、ずるいだけで何も得してないね、アホだね。
「イワン・イリッチの死」 トルストイ著。
それなりに良い人で、勤勉で、真面目に勤め人として他人が羨む程度の出世もし、
家族にも恵まれ、良い感じ。
いわゆる、この国にも多い感じの中流の上くらいの暮らしをしている人の、死ぬ少し前からの環境の変化、心境の変化、周りの人たちの腹の中。家族の気持ち。
本当に大切なものが見えてくる、というよりは、死期を悟った人間は「これからの必要」が必要なくなり、「今ここで必要」だけが必要になるんだと思う。
人はいつまでも生きる気でいるから、「これから」ばかりを考えて生きがち。
そうやって、死ぬときまで、「これから」を考え続けて生きるとなると、永遠に「今」を失うね。
そんなのアホくさいぜ!オレは今を生きるっっっ!ノーフューチャーァァァァ!
・・・っと目覚まし、合わせとかないと。明日も早いからね。
僕はもうダメかも知らん・・。
「Fujiya プレミアムケーキ 抹茶」
これ、看板に偽り無し、割にプレミアムでしたよ。
苦くなく、さりとて甘すぎない抹茶の風味が美味しい。
この入れ物に二個だけのプレミアム。
もう少し食べたいな。くらいの量がプレミアム。 85点 そう思いました。
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「だから、さっきから言ってるじゃないか。僕は、男を立てない女には勃たないのだ。」
まめに自分で刈るという坊主頭を撫で回して、・・ふ〜む。と唸るとんかつ。
話の流れで、女性の好みの話になり、とんかつの最近の好みは「米倉涼子」。
たまらんだろ?えっ吊り上げよ。あれと一回でもヤレルなら俺は死んでもいいとか、下卑たことを純情な思い入れで言ってくる。
それに対しての返答が冒頭のひと言。
「勿論、実際の彼女は知らんし、その芸能活動も知らんので、あくまでもイメージだけど、あのいかにも男を見下したような雰囲気、自分を美人だと知っている感じ、私は選ばれるんじゃなくて、相手は私が選ぶのって感じ、どれもこれも好みじゃない。僕は三歩下がってついてくる、出しゃばらず男を立て、傍らで楚々としているような女性が好みなのだ。見た目の美醜は小さなハードルで、重要なのは心の在り方、キレイごとだと思うかもしれないけど、よくよく考えれば、それが本当のところなのだ。」
「いや、しかし、貴公の細君は、君を立てているかね?」
「それは、突いてはいけない経絡秘孔の一つだ。そこを突くとあべしっちゃうから、そっとしておいて欲しい。」
「・・・すまん。」
そういうと目の前のボタン鍋をつつきながら、
「それにしも、米倉はイイ女だ・・」ととんかつはひとりごちる。
確かにな。偉そうに言いつつ、米倉涼子に実際誘われたら、一も二もなくついていってしまう気がする。
そんなことを思いながら、とんかつを見ると、焼酎を飲みながら、あらぬ方向を見るメガネの奥の目がすごくやらしい目つきになっている、女性にアンケートを取れば、98%の方が「気持ち悪い。」と答えそうな表情。
・・・どこまで想像しているのだ。とんかつよ。
って、これまた何???
「大きなハードルと小さなハードル」 佐藤泰志著。
以前に「海炭市叙景」という映画を見ましてね。
原作が読みたくて、著者を調べたところ、この方が出てきまして、
この方のウィキを見てみると、かなり大変な人生を送られた方で、なおさらその作品に興味が出たんですよね。
そこで、映画の原作はお話の骨子が分かってるので、もう少し、期間をあけて読もうと思い、
先にこちらを読んでみましたよ。
タイトルは自己啓発書っぽいですけど、
内容は短編小説集でしたです。はい。
傍から見れば何でもない家族や、一個人にも目には見えない苦労がある。
幸せにしか見えない人たちにも、たくさんの悩みや苦労、不安はある。
そんな当たり前の現実を、今一度深く考えさせられる。
善哉。
「ショコラジュレ」
これはホワイトチョコの中に、パッションフルーツジュレとやらが入っているんですね。
パッションフルーツと聞いて、僕はマンゴーくらいしか思い浮かばないけど、
何やら分からない、酸味の強い味がしましたよ。
チョコレートの甘さがその酸味をいい感じに中和して、
美味いんですね。 85点
そう思いました。
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「いまこそ読みたい哲学の名著」 長谷川宏著。
これ古本屋で買ってる時点で、「今」ではないですけど、
後半の哲学の名著ってとこでタイトル買いです。
世の中にはいくら食べても太らない。そんな人が希におりますけど、
僕も全くそれで、でもそれは身体のことではなく、頭のこと。
いくらもりもり活字を読んで、人様の話を見聞きしても、
一向に賢くならないんですね。
実に無駄無駄しい悲しいことだな。そう思うんですけど、諦めるとアホに拍車がかかって、今よりさらに人生の難易度が上がっちゃうんじゃなかろうか。というおそらくは間違っているくさい強迫観念。
鳥はいつでも飛べないといけない、だから身体をいつも軽く保つために、食べたしりから脱糞。
太るということをしない。できない。
パンダはあの巨体を笹みたいな頼りない食べ物で保つために、起きているあいだのほとんどの時間を食事に充てるらしい。
何のためにってことはないんすよ。ただ生きるためにですね。
身体の栄養は無駄に満ち溢れてる現代、痩せたいのに痩せない。
じゃけど、心は太りたいのに痩せていきよる。
なんだろね。
うちの近所に、大きな道に面していて、商売的な立地ではそれほど悪いと思われない場所なのに、新しい店が出来ては潰れるところがありまして、
だいたい半年から一年のスパンで、店が変わるんですね。
今は、インドカレーの店で、ここはもう2年くらいは続いてるかな?
この場所では僕の知ってる範囲で最長かも。
でも、決してはやってはないんですね。
広い駐車場もいつもガラガラ。
そんな店に、この間、どこに行っても人がいっぱいの日に
一回、行ってみるか。と思い立ち行ってきました。
美味かったっす。とくにこのチーズナンが美味くて。
やはり場所の問題なんですかね。
美味いのにな。もう少し、はやっても良さそうなのにな。
そう思いました。
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沖縄の言い伝えでしたかね?死ぬ目に7回遭えばそれで終わり。その次には本当に死んでしまうとか。
魂はマリオでいえば×7ってことですかね。
今まで、あれは下手すると・・・ってことはある程度生きてきた人なら、一度や二度はありますよね。
僕も思い出せるだけで、3回くらいはラッキーで生き残ったねって経験あります。
思い当たるのが3回ってだけで、実際はもう6回までいってもうてるかもしらん。
そのへんは分からないんで、どうでもいいですけど、死ぬかも・・そういう経験は大きな教訓と命の有り難さを残しますね。
その有り難い命をどうでもいいことに消費するから、そこのジレンマで自分自身を嫌いになることあります。
じゃあどうでもよくないことすれば?って話だけど、それが分からない。
だから、僕はきっとアホなんだ。そう思う。
だから申し訳程度に本を開く。それは面白いからというよりは、こんなにアホでは生きていけない。
そんな恐怖も少しあったり。
背伸びする系の読書は、そんな強迫観念がないこともないけど、
オモロそう!単純にそう思って読む本もいっぱいあるんすよ。
この人の本もそんな感じで読みますね。
「ズタボロ」 ゲッツ板谷著。
この人の真骨頂はエッセイにあると思いますけど、小説も面白いです。
基本的には著者の実体験で構成されていると思うので、その線引きは曖昧といえば曖昧ですけど、
おちゃらけたところが少ない分、普段の著者からは見えにくいバックボーンが見えたりして、興味深い。
この人、もうすでに7回以上死ぬ目に遭ってるような。
「ワルボロ」「メタボロ」に続く今作。
脳の病気から再起しての本作、本人も文中で書いていたとおり、いつものような破天荒でいて、なぜか頷ける軽快で傍若無人な比喩は若干影を潜めているものの、それがかえって若き日の彼の置かれた大変な状況をリアルに伝える。
文章自体は本調子ではなかったのかもしらんすけど、体験そのものが面白いので、読み物として全然有り。
ヤンキーも大変なんだね。
これね、どこのラーメンと思います?
なんとね、「くら」ですよ。
そう、あの回る寿司のくらです。
はぁ〜んっ、寿司屋がラーメン!?
なめんなよう。
そう思いながらも注文。
出てきて一口、むっ?これは・・美味い・・・のか?
そんな訳は・・・いや、これは、なんと驚き。
意外にイケル。
350円でこのクオリティは立派。
そう思いました。
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