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僕は以前も書いたことありますが、マザコンでね。
何でも相談するとか、変に甘えるとかそういうことは全くないんですけど、精神的には大きく依存している部分が未だに自覚されるところから、マザコンを自認してます。
父親では絶対に勝てない繋がりが母と子の間にはあるような気がします。
お腹の中にいる十月十日分のビハインドか。あるいは男は外で稼いで、女は家という生活スタイルのせいか。当然子どもと多く時間を過ごすのはここでも母。
人生を共にする時間が、そのまま繋がりの差でしょうか。
そう考えるとオヤジってのは損な役回りすね。
世にひねたオヤジが多いのもしょうがないすね。
「かあちゃん」 山本周五郎著。
この方の小説は初めて読みました。名前は知ってたんですど、読んだことなかったんすよね。
何やら武士武士してる印象があって、基本力の入るものよりは、力の抜けるものを読みたい心境のことが多いんで、避けていたんすかね。
しかしこれは、タイトルから察するに、日本昔ばなし的なものかと思い買。
表題作を含む短編集。
いかったです。
すごく吝嗇な一家。その吝嗇にはワケがある。
昨日のビッグダディ見て思ったけど、父親が主導権を持った家は、ダメだね。
グッチャグチャになって一家離散。
家のことはなんだかんだで母親ですよ。
そんなことを思ったり。
「きのこの山 ホワイト」
白ですね。
イメージは何でしょう。
えのき?
にしては太いか。 75点
そう思いました。
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読書
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僕はかなりの天邪鬼でしてね、人にあれをしろこれをしろと言われると、そうした方がいいと思うこともしたくなくなる。
大人になれば、そんな傾向もなくなっていくかと思いきや、年を取るほどに酷くなってきたからさぁ大変。
これで、困るのが職場。在籍が長いというだけ、役職が上というだけ、そんなアホみたいなものに寄りかかってどエラく上から物申す低脳が多いうちの職場、ゴミ箱にゴミでも放るような言い方で、物を言ってくる。
この間なんかは、安全担当とかいう訳の分からん生産性ゼロのポジションの人間が、「あれやっとけ、やってなかったらしばくぞ。」ときた。
しばくぞ?誰に言ってるのかな?お前が僕をしばく?できるかな?その言葉をお前みたいな強さの欠片も感じられないヤツが他人様に向かって吐くって行為は安全じゃないんじゃない?安全担当のクセに。
いかにも昔から強い人間の後ろからイキってたんだろうなと思わせるスネオタイプのアホの言葉に、もう大人なんだから、冷静に適当に右から左に受け流せ。そう思うんですけど、あまりに偉そうなんで、そろそろ自分の力で勝負してみろやと、カチンとくる。
で、言われたことを敢えてやらない。これはシバかれるかなと思ったらしばかれない。カメタかお前。
おっと、話逸れたっすね。いつもですけど。
しかしこの天邪鬼も誰にでもってわけではなくてですね、自分が一目置く人の言葉はこれ、自分でも驚くほど、素直に受け取れるんですよね。
「ぼくと1ルピーの神様」 ヴィカス・スワラップ著。
これはもうかなり前のことですけど、いつも当ブログの間違いを矯めてくれたり、補足してくれたり、非常に勉強になる知性的なコメントをくれる方にオススメされたもので、読みたいと思ってたんすけど、なかなか積ん読の山でたどり着けず、時間かかりましたけど、ようやく読みました。
映画「スラムドックミリオネア」の原作本なんですけど、映画とはまた全然違う雰囲気でしたね。
映画もすごく好きでしたけど、この原作も素晴らしい。
何といってもそのアイデアと構成が秀逸。
作家さんってのはやはり頭いいんですね。
良い本でした。
人の言うことは聞いとくもんすよ。
善哉。
「メガコンボ」
ジャイアントカプリコのモナカ版みたいな感じですかね。
デカイですけど、軽いです。
美味いですけど、ジャイアントカプリコの方が好みです。 80点
そう思いました。
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「ステキな自分を見失う本」
この間書いたブログに頂いたコメントで、映画「ハリケーン」の話が出ましたけど、あの映画で印象に残ってるセリフがありまして、シュチュエーションや言い回しなんかは、僕の曖昧な記憶の中で変わってしまってるかもしれませんけど、それはこんなセリフ。
獄中のカーターと誰かが会話していて、その誰かが、読書家のカーターに「何を読めばいい?」って聞くんすよね。そしたらカーターは「そのとき、自分にとって真実と思われるものを読めばいい」みたいなことを言った。
これ聞いて、ホントだね。アンタ良いこと言った。そう思った。
そこでこの本のタイトル。
いいじゃないですか。ステキな自分を見失う。
人は自分のことを過大評価して、オレはもっとすごい、本気出してないだけ、潜在能力、ヤバイで?とか思いがち。
そんな幻想のステキな自分を見失うとはこれ、本当の等身大の自分と出会うってこと。
ガンガン見失いましょうよ。ステキな自分。
浮かれがちな僕には真実だと思えるタイトル。
と言いつつ、執筆陣のなかに、ゲッツ氏がいた事が購入の大きな原動力だったんすけどね。
「明治 たけのこの里 キャラメル味」
きのこはよく他の味に化けますけど、
たけのこはあまり化けません。
本家の完成度の高さゆえじゃないかと、屁の突っ張りにもならん推理してますが、
これはやっぱり当たってるんじゃないかな。
これは下手に味変えないほうがいいっすね 80点
そう思いました。
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「人生をよりよく生きる技術」 アンドレ・モーロワ著。
人生というものがあまりにも不可解で、何するために生きてるのだか全く分からない僕なので、
「よりよく」はまだ早いかとも思ったんですけど、タイトルに惹かれて買です。
今現在、とりあえずこれが生きがい!と言える何かもなく、ただ揺蕩うように、のらりくらり生きてます。
特に使うあてもないくせに、ダルイ、メンドイ、ツカレタを連発し、エネルギーの消費を抑えようとします。
そうして残したエネルギーは、寝だめと一緒で、本来貯めておくことはできないものなので、コンビニの期限切れ弁当のごとく消費されることなくゴミ箱行き。アホじゃん。
この本のどこかに書いてありましたけど、偉くなった人は総じて、やってもやらなくてもいいようなことを、「それをやってどうなる?」とか「やってもやらなくても同じ」とかいうふうに考えず、とりあえずチャレンジしたと。
耳がイテー。
そうですよね。「それやってどうなる?」とかって言っちゃったら、「じゃあお前が生きてる意味は?生きててどうなる?」まで最短でたどり着きます。そうなると、また人生に迷う。
やってもやらなくても同じかもしれないけどやる。生きてても死んでても同じかもしれないけど、生きてるんですから。
意味とか結果を考えすぎて、結局動かない、そんなことが年々増えてる気がします。
もう一ヶ月前のことですけど、
バレンタインデーってのがありましたね。
嫁御に貰ったチョコレートです。ゴディバって言ってましたかね?
今頃っっ?って思われるでしょうけど、今頃なんです。
貰うのはちゃんと、バレンタインデー当日に貰ってるんですけど、筆不精が祟って今頃の登場です。
このタイムラグを何とか埋めんといかんと思っているんですけど、なかなか追いつきませんww
で、これに付随して、ホワイトデーってのがこの間ありました。
これは、まぁ適当にマシュマロでも買ってきて上げればいいわい。
そう思ってたんですけど、嫁御がここぞとばかりに、「春物のワンピースがどう」「これからの靴がどう」とか婉曲な前振りが始まりまして、ほな、何か欲しいもの言えや。
そういうと、遠慮なしに春物のコートを買わされました。
マシュマロがコート・・・。
高くついたっすね。
そう思いました。
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生まれるときを選べないから、死ぬときも自分で決めてはいけない。一理。
生まれるときを選べないから、死ぬときくらい自分で決める。これまた一理。
僕は自殺に関しては、肯定も否定もしない。
いろんな事情があるだろうことは、想像に難くないっすからね。
何も人間、事故や病気のみで死ぬわけじゃない。
身体のみならず、財布がガンになることも、心がガンになることもあるだろうと思うんすよね。
身体のみが有害な物質を摂取するわけでもなく、財布がギャンブルにとりつかれたり、心がストレスで押しつぶされてしまったりってことは往々にしてある。
この世は至るところに、希望が転がってる反面、たくさんの地雷も埋まってる。
踏んだら、無傷では済まないっすけど、前に希望が転がってたら、傷ついた体で、這ってでもそれをまた拾おうとする。
たまにデッカイの踏んでしまう人がいる。
「赤目四十八瀧心中未遂」 車谷長吉著。
四谷怪談とか、番町皿屋敷とかの怪談を彷彿させるタイトルですが、
内容は、怖いは怖いですけど、怪談の類ではないです。
行き場を失くした男女が文字通り心中未遂までいかないっすね、心中未遂を未遂するお話。
主人公の厭世的な感じ。
流れ着いた町の異様さ。
掃き溜めに咲いた花一輪の訳ありヒロイン。
泥沼に一度落ち込んだ人間が這い上がることの難しさ。
いっそ死んでしまおうか。いやいつ死んでもいいや。
そんな声が、この作中のあらゆるところから聞こえてくる。
結局は死ぬことさえ能わず、さすらい流れていく主人公。
自分ではどうしようもない、人間のそんな側面が妙にリアルで怖い:(;゙゚'ω゚'):
善哉。
「Meltykiss 淡雪いちご」
これは名に恥じぬ淡さ。
口に入れたら、すぐなくなりよる。
美味い・・が物足らん。
気がする。
が、どうか。 80点
そう思いました。
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