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「アウトサイダー」 コリン・ウィルソン著。
アウトサイダーと聞けば、かんなり昔に観た、マットディロンとかエミリオエステベス、チャーリー・シーンなんかが出ていたコッポラの映画を思い出す。
なので、この本も、海外のヤンキーの生態が主題かと思ったんですけど、
全然違いました。
どちらかといえば、ヤンキーとは真逆のベクトルの人たち、アタマ良すぎて世の中で普通に生きられない人たちのことを比較対照分析した感じの内容。
そこに出てくる人たちや作品の名前は知っているものもたくさん出てきましたけど、内容までは忘れてるものがほとんどで、なおかつ内容がムズイ。
ほとんど意味わかりませんでしたけど、著者が博覧強記の人であることは分かりました。
難書百読、また時間あるとき、今度は最初から、賢い人のことが書かれてると覚悟して読んでみましょうかねww
てっきり、盗んだバイクで走り出し、夜の校舎窓ガラス壊して、長いコートみたいな服に「愛羅武勇」とか刺繍する人たちの話と思ったんすけどね〜。
アタマ良すぎても苦労するんですね。過ぎたるは及ばざるが如し。って贅沢だね。
「Tohato チョコッシュ」
これはまたもや、ナッツが風味に使われてる系ですね。
ナッツはやっぱりそのままがよいです。
美味かったですけどね。 80点
そう思いました。 |
読書
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去年引っ越しましてね。そこにはこれといった覚悟もなく、かなり無謀めで軽めのノリみたいなものが軽いくせに大きく作用してたりしまして、改めて己の軽薄さ、阿呆さ加減に「これは一生涯手を焼くに違いない・・」そんなことを思ったもんです。
よくよく考えてみると、残りの人生をここで生きていくという何やら、軽からぬ現実の包囲網の中。
そら、僕だって男だ、いつか突然ひとつなぎの大秘宝目指したくなるかもしらんし、大木の下で悟り開くまで座り続ける行を始めるかもしらん。
ただ、今の感じで、何となくボウッと生きていくなら、それが許される社会情勢、家庭環境ならばここに居続ける算段が大きい。
そんなことを考えると、またもや「自分はこれでいいのか?」「本当の自分は・・」ってバカがする自分探し。
自分はいつでも自分と同体で、本当の自分なんてバカな二人称はあらしまへん。
それでも、現実から逃げたいと思ったときに、この都合のいい分離が始まる。
そんなことしてる時間が勿体ない。人生は短いよ。いや長いよ。いやどっちゃでもないな。今だけだよ。
意識がある限り続く「今」が人生。
「終の住処」 磯崎憲一郎著。
これもまた、タイトル買いですね。
今の家が僕の終の住処になる可能性は、どうだか分かりませんが、常識的に考えると、そういう覚悟の上での決断で、今のところに越したと言えそうです。
それってどうなんだろう。と思ってた僕にこのタイトルは刺さりました。
「気が遠くなるほど長い、ひとりの人間の一生といえども、いま目の前の一瞬より長いということはないのだ」
この一文、完全に同意。
人はたくさんの過去と未来に挟まれているにせよ、与えられているのは、「今」だけなんすよね。
いやはや。
楽しくやらんとね。
この本のラストは、生活の怖さが真に迫ってきて、「うわっ」ってなりましたよ。
長い時間かけて、たどり着いた場所で見た「今」。怖いねぇ。
善哉。
これはこの間、ちょろっと買い物がありまして、狂拳氏に付き合ってもらい、少しデカめのショッピングモールに。
そこから歩いていけるところにあるラーメン屋のつけ麺です。
つけ麺を食べたことがなければ、「ウマッ!!これなにっ?」ってなったと思います。
けど、今は美味しいラーメン屋も増えて、つけ麺も美味しい店たくさんありますね。
すごくスタンダードなつけ麺に感じました。
美味いですけど、あたりまえというか、これといった特長に欠けてますかね。
そのつけ麺食べてるあいだ、狂拳氏が「きんぼっ!きんぼすらいすっっ!」と謎の文言。
「それはお前まるできんぼすらいすやなっ!」とか言ってくる。
何のことか分からない僕は、(コンプライアンスか?いやまさかいくら急ピッチで大人の階段上っている狂拳氏といえど、彼の口からコンプライアンスなんて単語が出てくるだろうか・・。すると考えられるのはキングスライムか?ドラクエでも始めたか?)
様々に憶測を重ねて聞いていたんですけど、その後も連発されるきんぼすらいすに、遂にそれは一体何なんだと尋ねる。
「ググれ!ググってみろ!きんぼすらいすっっっ!」
そう言うので、ググッてみた。
すると・・
こんなオッサンが・・・。
一体これは誰なんだ。
「こいつはヤバイ。コイツとやったら殺されるぞ!」とか、何故嬉しそうなんだ。
どうも、狂拳氏の説明では、ストリートファイトで名を挙げ、そこからいろんな格闘技に参戦してるみたいです。
興味ある人、YouTubeで観てみてください。キンボスライスで検索したら出てきます。
街中で普通に喧嘩してますよwww
こわっ。きんぼすらいすっっ。
そう思いました。
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仕事に行くと、「早く終わらんかな?」そればかり考える。
で、ウダウダやってるうちに、昼休憩。
瞬く間に過ぎる「もう休憩終わり?早ない?」とか言う。
これは相当に変なことを言ってますよね。
仕事が早く終わって欲しければ、休憩も早く終わるにこしたことはないんすよ。
休憩も仕事の一部分であることを思えば、早く過ぎることはラッキーなはず。
日頃、もっと時間が欲しい、やりたいことなんにもできへんっっ!!とか嘆くくせに、給料日はまだか?とか言う。
これも変。
でも、それを変だと指摘されたことがない。
ということは、その程度の矛盾は誰しも抱えるもので、特筆するほど変でもないってことですかね。
じゃあ巷で本当に変人で通ってる人って・・・。
「戦力外ポーク」 ゲッツ板谷著。
楽しいですね、この人の本。
凡百のお笑いやギャグマンガよりオモロイです。
本当にこんな人いるの?って変人がたくさん出てきます。
活字であるのに、一読後、心も頭も軽くなる不思議。
「マクビティ ミルクチョコレートダイジェスティブビスケット」
これはスーパーで買いましたよ。
いつもいつもコンビニで、無駄だなぁなんて思ってたんで、
夜24時まで営業しているスーパーに、
夜な夜なチャリンコで。
このサイズのお菓子が100円とは・・。
しかも美味いじゃないですか。
少しづつコンビニ離れしないとっすね。 85点
そう思いました。
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人とは違う嗜好や性癖を何故おおっぴらにしてはいけないのか。
それは社会ってところは、人と人がふれあう場で、そこにあからさまな個人の嗜好や性癖を持ち込むと、相手が不快に感じるかもしれない、もしくはこんな変態と仕事できないと思われるかもしれない。
社会のなかでバランスをとって生きるには、相手の常識と自分の常識をすり合わせる必要があって、あまり自分の常識ばかりを押し付けると、相手が怖気づいたり、辟易されたりする。
市場経済の言葉で「見えざる神の手」とかいう言葉ありますけど、僕らが過ごす日常の市井にも「見えざる神の眼」とでもいうものがあって、道で唾吐いたり、タバコのポイ捨てとかそういうものに対する、世間の眼ってのは、年々脅迫のように強くなってきますね。「いい年して、何やってんねん・・」てのはその観念の最たるもの。
だから、公共の理念に背くようなことは、出来るだけ人のいないところで、コソコソやります。
他人に対する、批判や愚痴もある程度までは外に出せますけど、それ以上言ったら相手がひくって一線があります。なので腹に秘めてる人も多いでしょう。
それらの事柄を開陳する勇気があれば、面白い面白くないは別にして、ある程度文章が書ければ、私小説ってのは書けるのかもしれない。
でも、そこを越える勇気は、大変なもの・・のような気がする僕は常識人・・なのか・・?
「二度はゆけぬ町の地図」 西村賢太著。
心の中を真っ正直に相手のリアクションなど気にせずに、思うまま晒せば、
ただの日常が、とんでもないエンターテイメント性豊かなものに。
勿論、その骨子のみ本人の体験で、その他の部分はたくさんの肉付け、創作も含まれるんでしょうけど、
強烈な表現に圧倒されます。
オモロイ。今の時代、ちょっと他に見当たらない作家ではないでしょうか。
現今、少なくなったと言われる私小説作家ですけど、
絶対に無くならないジャンルだと思う。
だってオモロイもん。
善哉。
「メルティーキッス くちどけマカダミア」
マカダミアナッツってのは、チョコレートと相性抜群ですね。
こいつらが組んだら美味くないはずないんですよ。
だからね、これも美味いです。 90点
そう思いました。
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いい本や映画、それらに感動して、人生は素晴らしいなとか、もっと優しく生きていこうとか、実るほど頭を垂れる稲穂かな謙虚謙虚にとか、その余韻のあるうちは、清明な心持ちで過ごすことができる。
いや、できていないかもしれないけど、そうありたいという心構えがある。
しかし、数日すると、それらの芳香は何処かへ去り、元の木阿弥、以前の自己中、心の乾いた殺伐たる自分が帰ってくる。おかえり。
たまに外食ですごく美味いものを食べても、美味いのはその時だけ、すぐに忘れる。
痛みも悲しみもあらゆる感覚、感情は自分の思い通りに留めることもできなければ、去らせることもできない。
いいところで留めようとか、あの時の感動をもう一度、またはそれを超える感動を。
そんな欲のみで、本読んだり、映画観たり、音楽聴いたり、美味いもの探したり。
言葉は心の排泄物。そう思うから、自分の言葉には気をつけているつもりだけど、良いものを摂取していないと、いい言葉も出てこないんすよね。
人生は短いから、綺麗なもの、美しいもの、善い人、善いこと、良い物に囲まれて、それらだけを相手に生きていきたいけど、それは無理。まず自分がそれらのものに該当しない。
水清くして魚棲まず。
清濁併せ飲む。
これは、人生を生きる上で仕方なく生まれた処世訓かも。
でも、百術は一清に如かず。とも言う。
これも信じたい。
正直者に神は宿る。
反対に、
偽りの頭に宿る神あり。とも。
どちらに決めるかは自由。どちらにも決めないのも自由。
そう言われると、日頃、自由をもっと自由をと言っていながら、そこは決めてくれよ。とか、無茶苦茶。
厳しいけどそこは自由。
「沈黙入門」 小池龍之介著。
またもやこの方の本ですね。
読みやすいですね。
良いこと書いているんですけど、頭悪いんですぐに忘れます。
でも、いいんすよ。その時だけのサプリ的なもので。
あとは自分のアラヤ識を信用しましょう。
いつかどこかで、何かの折に。
いやもう今この時点にだって、何らかの力になっているかも。
自らに対する自らの自覚なんて、本当にしれたもんです。
これ、最近店舗が結構あちこちにできている、「塩元帥」ってラーメン屋の
「梅塩ラーメン」とかいいましたかね。
僕は塩ラーメンってのはあまり好みではなくて、自らすすんでいくことはほぼない。
でも、この日は用事で出かけた先にこの有名店があったもんで、行ってみました。
これが大正解。
ムチャクチャ美味い・・。思わず店員を呼び止めて「君、シェフを・・」とか言いそうになりましたよ。
店の中に製麺所があって、そのせいか、麺がとにかく美味い。
塩ラーメンでまた食べたいとか思ったの初めてです。
サイコーですか?サイコーです。
そう思いました。
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