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「映画を好む人には、弱虫が多い」とは、僕が最も好きな文筆家太宰先生の言葉であるけれども、
確かにそうやもしれん。僕などは特に説明不要で弱虫であるし、映画が好きな後輩無理山なども、会社は面白くない、家は嫁が怖くて肩身が狭いで、少ない小遣いでバイクをフルローン購入、ツーリングで現実逃避、といった弱虫ぶり。
しかし、弱虫を自覚するからこそ、強虫を目指すのであって、ってつよむしって何?
僕の場合、特に頭が弱虫であるから、時間がある時などは出来るだけ本を読んでみたり、それこそ上述のとおり映画を観てみたりする。
それでも、一向に強虫になれず、いやだからつよむしwwともすれば新しく何かを知ることで、自分の中に新たな弱さを見つけ、弱虫具合に逆に拍車がかかるなんて事態に立ち至り、頭も心も行き止まりの袋小路。なんてことが頻発。
それでも、まだ死んでないから、人生は続くから、やはりそこは少しでも前に進んでみたいな、みたいな、これなんですかね、本能ですかね、特に理由なく前に進みたい、未知に興味が尽きない、みたいな気持ちがムラムラ湧いて来て、また、手元の本を取り、DVDを再生したりする。
そうしてみると、またそこに新たな自分の弱点を発見して、凹む。繰り返す愚。
じゃあやめりゃいいじゃん。
というお話も無論あるでしょうけど、
これは原石を磨くことに似て、こうしていると、自分はどんどん小さなものになっていくのだけど、
それは余計なものが削がれていっているのであって、
内奥に近づけば近づくほど、己の知りたい己に近づいている感覚がある。
玉ねぎみたいに剥いて剥いて、剥ききったら何もなかった。なんて恐怖のオチも予想されるが、いや、むしろそうなる気がするけど、やめられない。
今日もまだ生きてるからね。
という、どうにも収集のつかない下らぬことを、この間、何事かに心傷めて、普段より酒量を過ごし、したたか酩酊した状態で考えた。
その数日後、Amazonから荷物が届いて、開けると注文した記憶がない本。なんだこれ?サーヴィスか?日頃の御愛顧に感謝されたか?と思ったけど、しっかり領収書も入っていた。
多分妙なことを考えながら、携帯をいじっていて、酔いも手伝い、しっかりした判断もなく注文したものだろう。記憶にはないけど、注文履歴にしっかり残ってた。
「ボブ・ディラン自伝」 ボブ・ディラン著。
何故かね。何故これ買ったんだろう。
ボブ・ディラン、もちろん彼の音楽聞いたことありますけど、有名な曲しか知らない。
彼自身の人間性に惹かれた記憶もない。
しかし、買ってしまったものはしょうがない。
元取るで。
と貧乏性を発揮して、読破。
自伝としては、時系列もメチャクチャで、出来事に対してもふわふわした説明しかない感じがして、少し伝わりづらかった気がする。
しかし、アーティストの感性を随所に感じることができる、感覚で書かれたような文章は面白かった。
その人が何をやったか、やったことの何に価値があったか、なんてことは周りの人間、後世の人間が評すればいいことで、
この本人にしか分かりえない感覚を書くということこそが、自伝を書く事において一番重要かもしれん。
とか。
ボブ・ディランも、映画が好きみたい。
弱虫なのかな。
そう思いました。
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読書
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今年は何かがオカシイ。
新年早々現職場での連続フルイニング出場が、まさかの体調不良によって途絶え、
まぁこれで厄祓い、当分の間は大丈夫だろうと、何の根拠もなくタカをくくっていたら、
数日前から鼻水が止まらない。
風邪っぽい感じもするが、はっきりとした症状が鼻水だけだから、鼻炎かもしれない、最悪花粉症の可能性もある。というより、病気になったことがあまりないので、自分の中で比べる過去の症例がなく、今の症状が何なのかさっぱり分からない。
しかし、年明け二ヶ月半で二度目の体調変調とは・・。
何かがオカシイ2015。
優れぬ体調のせいで、ただでさえ怠けがちな日常がどうしようもなくダラけたものになって、もうクズです。かろうじて仕事に行ってるだけの木偶です。
今の僕を見たらお母さんはきっと泣くと思う。
お父さんは「バカ者ッ!」って殴りつけると思う。
って嘘。実際はどちらも、いつもどおりじゃねぇかってヘラヘラ笑うと思う。
傍目には、いつもどおりに見えるかもしらんが、自分の中では思ったことが予定通りに進まぬジレンマにストレスフル。
ホント、何かがオカシイ2015。
壁や、壁を感じる。何やら壁を感じるで。
壁に突き当たったらどうする?
叩き壊す。乗り越える。壁に沿って歩いて壁の切れ目を探す。
いずれにせよ、壁を感じたなら、動かないかん。
止まってたらいつまでも壁と対峙。
何も見えない。進めない。
無理は嫌いだけど。
無理するならこんな時か。
まずは、止まれ鼻水。話はそれからだ。
「喰らう読書術」 荒俣宏著。
ただ一言、書物愛。
猛烈に書物愛。
「御手洗潔の挨拶」 島田荘司著。
少し前に読んだ漫画で登場人物が、この人の本を面白いと言うセリフがあって、何となく読んでみた。
普段あまり読むことのない推理小説ですね。
雰囲気的に掴まれるものがあまりなかったか。
「共喰い」 田中慎弥著。
読もう読もうと思いつつ、以前にこの著者の別の本を読んで、変な読みにくさを感じたことから、少し敬遠していたんですね。
古本屋で100円だったんで、迷わず買。
読んでみました。
怖い内容です。
親と子の誰しも感じる遺伝に関するある種の恐怖。
似たくないと思えば思うほど、色濃く感じる血の繋がり。
善哉。
そう思いました。
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少ない小遣いと、それ以上に少ない自由な時間。
もっといろんな人とたくさんのことを話したり、人生の時間を共有したいが、
子供の頃のように、集まって缶蹴りって訳にもいかない。
日が暮れたら解散って訳にもいかない。
オッサンになってからの人付き合いにはお金と時間がある程度必要。
話したい人、もっと知りたい人はたくさんいるけど、
どうしても量的制約の問題で取捨選択を迫られる。
今月はもうダメだ。時間がない。小遣いもない。来月こそはちょっと遊びに行ってみようかな。
よし今月は行こう、いやしかし、この時期相手も忙しかろうな。来月にするか。
とか思っているうちに、半年経ち、1年経ち、知らぬ間に疎遠になり、いつしか縁が切れる。
そんな関係がいくつかあります。
意図して捨てている訳ではないのだけど、せっかくの縁を捨ててしまっている感覚はある。
僕は人間関係において、「来る者拒まず去るもの追わず」を標榜しているけど、ただの言い訳かもしれない。
何様だよってくらい自分がない言葉だもんね、これ。来ないから切れちゃうんだよ。って言ってるのも同じだもんね。
だったらどうする?
どうしよう。
「浪速のロッキーを捨てた男」 浅沢英著。
私も昔、お遊び程度に通っていたことのある、グリーンツダボクシングジムの会長津田博明氏の伝記?なんですかね。
何せ彼の人生の一代記。
多分裏側はもっとドロドロした事情、感情、銭勘定が蠢いていたのだろうと思わせるが、そこのところは示唆するに留められていて、あくまで登場人物の心境を中心に描かれていた。
ボクシングが好きで取り組む。
ボクシングについてまわるお金が好きで取り組む。
人に惚れ込んで取り組む。
どんな仕事でもそうだろうけど、やっている過程で、その本質は状況に応じて変化していくのかもしれない。
津田会長の少しづつ変化していく本質。明示されないターニングポイントが謎めいていて、それでいて何か伝わってくる感じで書かれていて、怖くもあり、哀しくもあり、結局彼は、何を求めていたのだろうかと考えさせられる。
これは月一ラーメン、今年一発目の大阪狭山の「竹麺亭」ってところの、まぜそばですね。
この日は、浪速のロッキーばりの才能を捨てた男狂拳も同行。
店に着いたら、外待ちが4、5人ものすごく寒い日で、狂拳がうるさい。
「寒いっ、寒いっ」
「寒い寒い言うな!余計寒い!」
とまぁこんな感じで30分待って入店。
「今日は黙って食ってくれよ」
と狂拳に釘を刺したのに、
「美味いッ!これは美味いぞ!並ぶほどじゃないけどなッ!並ぶほどじゃないけど美味いッ!」
ってまたデカい声で・・・。
頼むわホンマ。
「竹麺亭」
そう思いました。
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祈るとか、願うとか何かの拍子に簡単に使ってしまうけど、
特定の宗教や神を持たないのに、一体、何に祈ってるのか。願ってるのか。
例えば、小遣いを増やして欲しければ、神様より、嫁に願うのが早い。
健康でありますようにと祈るなら、食べ物や日常の生活習慣に気をつけたほうが早い。
何やらの試験に合格しますようにと祈るなら、その時間勉強したほうがいい。
自分がそれらの言葉を使うとき、一体何に願ってるんだろうか、祈ってるんだろうか。
と思って少し考えてみたらば、
他人様に対して使うときは、「〜さんの幸せを祈ってる」とか「願ってる」とかって使い方が主。
自分に対しては、「今日一日が良い日でありますように」とかってことでしょうか。
そこで一体何にお願いしたり祈ったりしてるのか?
これ自分自身なんですね。
他人様に対して使うときは、対象である〜さんが何か有事のときには自分の力の及ぶ範囲で応援したい、手助けしたい。ということを集約して、願う祈る。いざ有事のときにはお前頑張れよって未来の自分に祈る願う。
自分に対しては、毎日をつまらんとか昨日と同じでしょ?とか思わず、希望を持ってやってけや、感謝を持って生きてけや、お前みたいなもんが生きてるだけでもラッキーやねんさかい、だれるとか辛気臭い顔して周りに気を遣わせるとか、絶対アカンぞ、分かっとんのかいワレ。お〜我。という一種のハッパを己自身にかける意味合いが含意されてる。
みたいなことかもな。なんてことを。
親しい人でも当てにならない現代、会ったこともない神様だとか仏様だとかにお願いとか祈るとか図々しい。
星に願うとか、さらに意味が分からん。全国のロマンチストすまん。だけど、星に願うって何なの?ほんとに分からん文句とかじゃなくてね。
ということで、僕は基本性能は他力本願全開なんですけど、
根幹の部分では他力を信用していない自分大好き人間という、クソみたいな精神構造であることが明らかになって、祈るとか願うとか考えなきゃよかったな・・。とか。
「宗教哲学入門」 量義治著。
宗教と哲学って、近しいイメージありながら、混ざり合うことのない何やら、血の繋がらない兄弟みたいな感覚が僕の中にあって、
それがひっついて宗教哲学。
気になる。
しかも入門。入門書好きなので、さらに気になる。
で、読んでみたんですね。
入門の域を超えてムズかったですけど、
非常に勉強になりました。
「アドラー心理学入門」 岸見一郎著。
以前に読んだ本「嫌われる勇気」で取り上げられていたアドラー心理学。
それの入門書。また入門書www
思ったのはね、「原因論」と「目的論」。
そんなにキレイに割り切れないんじゃないかな。
どちらも考慮して結論出せばいいんじゃないかな。
どちらもそれなりに頷ける論拠を持った立派な考えなのだから、
どちらものいいところを・・・ってのは、散々考えたんでしょうね。
結果、そうなってないのだから、いろいろ問題があるんでしょうね。
そこまでは分からん。だってこれ入門書だもんww
でも、宗教も、哲学も、心理学も、面白いっすね。
そう思いました。
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以前東京に少しの間住んでいたとき、東武亀戸線の東あずま駅という小さな駅の近くに勤め先の事務所があった。
僕の借りていた家から自転車で5分ほどの距離。
越して間もないある日の通勤時、前から異様にデカイ男が、いや漢が折りたたみ自転車に乗って近づいてくる。
金髪坊主に髭面、筋骨隆々の身体は身長180オーバー体重は100キロ近くあるんじゃないだろうか。
そんな大男が、折りたたみの小さい自転車に乗ってるさまは、サーカスの熊のよう。
自転車が悲鳴を上げているように見える。
近づいてくるにしたがって、只者じゃない感がスゴイ。さらに面白い感もスゴイww
なんでそのガタイで折りたたみなんだよwwオモロイ、でも笑ったら殺られる・・。
すれ違うまで、心を無にして、笑いをこらえる。人生のピンチなんてこんななんでもないところにもあるんだな。
いや何、メッチャオモロイ、何でTシャツ赤いんよ。プーさんやん。筋肉でピチピチやん。オモロイwwヤバイ。殺される。
最後は、頬の裏側を噛んで、笑いをこらえる。何とか事なきを得た。
何だよ東京、怖すぎるやろ・・あんな奴が普通におるんか・・。
ってのが、デンジャーを初めて見た時の話。デンジャーって誰?って話ですよね。それはこれから。
後日、分かったことですけど、その大男、事務所の近くでステーキハウス「ミスターデンジャー」という名の店を営む元プロレスラーだったんですね。
どうりであのガタイだよ。他人とすれ違うだけで久々に戦慄したわ。
その店、行列が出来る人気店で、僕も大阪に帰ってくるまで2ヶ月に一回程度行ってました。
元プロレスラーが名前だけでやってるんでしょ?と思いきや、すごく美味しくて安くてね。内装も監獄チックで面白くて、いい店だったんですよね。思い出したらまた行きたくなってきたっす。
そこの店、店主が元プロレスラーだけに、いろんなグッズが売ってたんですね。
大阪に帰ってきたとき、こんなに早く帰ってくるとは考えてなかったので、買っときゃよかったな〜デンジャーグッズ・・とか思ってたんですね。
で、この間、Amazonを見てたらね、こんな本が。
「人生の壁を破る50の反則」 松永光弘著。
思わず買うよね。買っちゃうよね。有限で短い人生あと何冊本が読めるか分からない中、これをぶっ込むことは正解なのかどうなのか迷ったけど、思い出には勝てません。
これ、最初こそ反則の話なんですけど、途中から、他人より頑張るとか、他人と違う視点を持つことがビジネスには大事とか、そんなことまで反則って言っちゃって、50の反則のうち35くらいは、頑張った話wwデンジャーそれ反則やない、努力や(笑)
でもね、いかにもゴーストが書いた的なボクサー本なんかよりは全然イイこと書いてました。
面白かったっす。
この本は、近々東京の思い出を共有する友が営む、
大阪市東住吉区桑津の「やまぐち整骨院」に寄贈します。
やまchanceがぜひ読みたいって言うからwww
読みたい人は行ってみてね。ついでに姿勢とかも良くなるかも。
そう思いました。
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