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自分に関するいろいろなことは自分で決めます。細かいことを言えば自分で決められることなんか、実は何にも無い気もしますけど、自分で決めてる気にはなってます。
服装、食事、住居、仕事、伴侶、友だち、趣味とか選択を伴うそんなあれやこれや。
もちろん、環境や境遇など、持っているカードで出来る手は変わってくるんでしょうけど、基本的には自分で、カードを捨てて、山から引いて、自分の望む方向へ進んでいきます。
そうして、出来上がっているのが今の自分で、
そんな今の自分がまた未来の自分をプロデュースしますね。
・・・頼んない・・・。
かなり心もとない。
吊り上げ太郎のプロデューサーつりをの基本コンセプトは、
「出たとこ勝負」www怖い。今の時代たださえ一寸先は闇、漆黒の闇ですよ、そんな中、このコンセプトで大丈夫か?しかし、これまでの来し方の因果か、それしか手がない。今日という一日さえ、思い通りには生きれないというのに、何ヶ月とか何年とかいわんや何十年先とか、そんなのは考えるだけ無駄。哀しいけど。
何の知識もなく作ったいかだで、大海に漕ぎ出した。当然そうそうに遭難、今ここどこよ?でも生きているからいいんじゃないだろうか。
昔、オバハンの占い師に、「地球上でゴキブリが滅ぶ程の何かがあっても、あなたは生き残る、そのくらい生命力があります。」と言われたことがある。えらくパンチの効いた占いだな。イイこと言われてんだろうかこれ?全然嬉しくなかったのは何故か。ゴキブリが滅ぶ程の何かがあったなら、そこは素直に死んどきたい。
そんな自慢の生命力のみで、「出たとこ勝負」。
へっぽこですな。かなりのへっぽこプロデューサーです。
「死後のプロデュース」 金子稚子著。
以前に読んで、どエラく感動した、「僕の死に方 エンディングダイアリー500日」を著した、故金子哲雄氏の奥さんが著した本書。
まだ、生前の思い出がありありと残っている中で書かれたであろう本書は、著者が、感情を抑えて書いていることが見て取れて、その気丈さに感動。
ある点に触れてしまえば、感情が抑えきれなくなるであろう点に触れないように、そのギリギリのところで書かれている文章に、彼女の強さを感じる。
簡単にひっついては簡単に別れてしまう今のカップルたちよ。「僕の死に方 エンディングダイアリー500日」とセットで読んでみろ。夫婦とはこういうことだ。
と、偉そうに言いつつ、お前ら夫婦はどうなんよ?って突っ込まれるとキツイ。
ワシもこの2冊読んで、考えたってことです。
「出たとこ勝負」でガンバロー。
そう思いました。
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読書
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小学生の将来なりたい職業の上位に公務員。
ハイ終わった。お前ら終わった。と思ったのは僕だけかな。
なりたいというその理由が、書いて字のごとく公僕、公の下僕となり、この国を根底から支えたい。とかなら、小学生のうちから、お前ちょっと怖いよwwとか思いながらも、実に頼もしい、この国はこれからも大丈夫だ。と思うかもしれませんけど、絶対違うでしょ。
アホ親とかバカ親戚とか周りの駄目大人が吹き込んだ将来の不安から派生した夢でしょう?
安定こそが人生の目的。安定は素晴らしいけど、そこからじゃない?人生って。生きるためだけに生きるだけなら、生まれなくて良かったんじゃない?人に飼われてる犬とか猫とどう違うの。と明らかに中二病をこじらせた考えが頭をよぎる。
夢は公務員とか聞くと、生まれていきなり、病院のベッドに飛び込んで、生命維持装置を付けられて、後は死ぬまで寝てるだけ。動けるくせに。そんな画を想像する。
もっといろいろやっていいんじゃないすかね。と思うけど、今の社会の価値観は、遠回りを許さない。
学校でも就職でも現役合格、これが至上の価値観。
ぶらり途中下車なんてしたら、もう次の電車きません。
けどね、電車が来ないなら、歩けばいいんじゃない?そら、乗り物に乗っかって行くよりは随分骨は折れるだろうけど。
甘いですかね。でも、その考えで生きて起こることの責任は全て取る心づもりがあれば、それは甘くも何ともない、むしろ真剣に人生に取り組んでると僕なんかは考えてしまうんすよね。公務員になって一生国に面倒見てもらおうとかってやつの方が余程甘くね?
青い考えには、熟す未来がある。そこには、人を惹きつける芳香がある。
腐った考えは、あとは朽ちて消えてなくなる未来だけ。そこには、人を寄せ付けない腐臭が漂う。
青さを恥じることはない、それは可能性。
でもやっぱり、長いものに巻かれた方が楽だし、寄らば大樹の陰。
ってのも実感として分かるんすよね。世の中厳しいっすから。
人生が二回あれば、どちらかに思いっきり偏って生きてみるんですけど、
一回こっきりだと思うから、いろいろ踏ん切りがつかなくて、気がつけば変なとこ歩いてる、ここどこ?
むずいぜ、人生。
「グッモーエビアン」 吉川トリコ著。
以前に映画で観た作品の原作ですね。
既製の価値観から大きく外れた家族の話。
こういう家族、たくさんいてもいいんじゃないかな。
生き方は現代社会の在り方からすれば、ふざけていると断じられても仕方ない生活。
でも、幸福を追求するということが人生の目的ならば、すごく真剣な生活です。
面白いか面白くないか、面白くないなら、生きてる意味がない。
生きるということに、しっかり付加価値を見出している。
すごく甘い考えの家族だけど、
甘い考えのその責任を誰に転嫁するわけでもなく、自ら腹をくくることで、押し通す。
身近にこんな家族いたら、全力で応援してまうかも。
善哉。
そう思いました。
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うちにはオカメインコが二人いる。
二人と言うと、よく巷で見かける、ペットを擬人化して、うちの子とか言っちゃうプチおバカさんを想像されるかもしれないけど、僕が彼ら(二人共オス)を人扱いの助数詞で数えるのにはワケがある。
というのは、我が家のヒエラルキー、まず頂点に君臨するのは、俄然、嫁。ぶっちぎり。
子無し夫婦二人の所帯だから、次は当然というか、僕しかいないだろう?と思いきや、何と、次はプロフィール写真の長男キング。
その次にも僕の出番はなく、キングについでは次男ウリ。
で、哀しいことに、最後ヒエラルキーの底辺、縁の下の力持ち、細めの大黒柱、つりを。
だから、彼らを「匹」とか「羽」とかって数えてしまうと、僕は一体・・となるところから、彼らは人間として数える。僕のために。
キングなどは、僕のことを完全に舐めていて、カゴから出るや、一目散に僕のところに飛んできて、耳を噛んだり、指に噛み付いたりの狼藉を働く、そして、「キャッ、キャッ、キャッ」とか人間の笑い声にも似た奇声を上げる。
ウリに至っては、僕に近寄りもしなければ、こちらを見ることもしない。人として認識されてないっぽい。
くそう、お前らの食い扶持は一体誰が・・・ぐぐぐ。
と、言ってはいけない繰り言も頭を掠めるってもんです。さびし。
「スピンク日記」 町田康著。
敬愛する町田康の著作ですね。
氏が飼っている犬のスピンクの目線から著者の日常を日記形式で綴る。
企画からしてすでに面白そう。
で、実際やはり面白い。
僕も、ペットからこんなかんじにマジで見られてそうで、怖い。
善哉。
これはね、「希望軒」ってチェーン展開してるラーメン屋のチャーシューメンです。
この間、会社の人間と話しているとき、「つりをさん、マジであそこのラーメン美味くなかったですか?僕の中では5本の指に入るんですけどね、マジでちゃんとトンコツ食べました?」とか言われるから、数年前に一度行ったことがあるんだけど、そこまで言われると、何か自分でも自信がなくなってきて、家から近いところにあるってことも手伝って、休み行ったった。
写真はインパクト抜群で、とても美味そうでしょ。
でも、会社の彼がそんな絶賛するほどの特徴はないような・・。
まぁ味覚は人それぞれって事で。
そう思いました。
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よく「人生をやり直す」とか、「リセットして、もう一度」とか自分なりの人生の節目で言っちゃったりする人がありますけど、実際はやり直しなんて、人生の中のただの一日もできませんし、リセットなんて都合のよいものもありません。
あるのは、電源のON/OFFだけ。全部放り投げて死ぬか、全部背負って生きるかだけ。
やり直すとかリセットなんてのは、都合のいい幻想。そんなものはない。これ絶対に。
どうも、オレは小学3年の春頃からアホになったくさいから、そこからやり直すわ。ってワケにはいかないし、
仮に過去、メチャクチャにして捨てた恋人に再開して、あの時の責任を取れと言われたとする。そこで「やっ?どちらさんでしょう?僕実は昨日リセットしまして〜、昨日までの記憶全部飛んじゃったんですよね。」ってワケにはいかない。
過去は絶対に消えないし、書き換えもできない。どこまでも生きてるあいだはついてくるし、現在進行形で、書き進められていく。
やり直せるなら誰も人生こんなに苦しまないし、リセットできるなら、この世に過ちはない。
「人生をやり直すための哲学」 小川仁志著。
これもまたもやタイトル買い。
やり直すなんどと聞こえのいい言葉をつかいやがって、そんな哲学があるかい。
なめやがって。って実に屈折した感情で手に取ったんですね。ひょっとして思う壷?
読んでみて、何これ?ただの人生相談に、自称哲学者の著者が、過去の哲人たちの言葉を引用して答えるって内容。
自称哲学者なら、自分の哲学で答えんかい。
この人ただ哲学史の学者さんでしょ、哲学者じゃないですよね。分類すれば。
別に何でもいいですけど。
タイトルから感じたとおり、薄っぺらい内容でしたかね・・・。
「金のアイス 濃厚生チョコ」
いつも使うコンビニは、家路の途上にあるファミリーマートが主でね、他はあまり利用しないんですけどね。
ある日、どこだかに出かけた帰りたまたまセブンイレブンに。
そこで見つけたコイツ。
・・・スゲー美味い。
コンビニレベルじゃねぇぞ、これ・・・。
ってビックリしたですよ。 95点
そう思いました。
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これはもう数年前の話ですけどね。
ある日、友人らが数人で飲みに行くという。酒を飲むとところかまわず寝てしまう僕は、対外的には下戸ということにしていて、あまり飲みの場所には出かけない。
しかしこの日は、ちょっと事情があって行ってみようかと思った。
それは、僕の友人で、長らく「男は黙って五厘刈りッッ!」と言って、中学の頃から五厘を貫いてきたゴリンが、30を過ぎても、米ソ冷戦、東西ドイツ、朝鮮半島ばりの異性との関係断絶に悩み、このままではいけないと思ったらしく、長らく守り通した掟五厘を破り、ついに髪を伸ばしだしたというのだ。
これに僕の面白そうレーダーが反応してね、行くことにした。
場所は、それぞれのうちから丁度、真ん中あたりの町の居酒屋。
出かけると、ゴリン以外の3人はもう集まっていて、ワイワイやっとる。
「ゴリンは?」「まだやな。もうくるやろ」って先に乾杯も済まして、何でもない四方山話。
そこに遅れてゴリン登場、・・・確かに髪が伸びてる・・伸びてるが・・くせっ毛なのか頭に張り付いているような、スタートレックのような、久米宏のような・・ハゲとそんなに印象変わらなくね?みたいな微妙な髪型。
これで、少しは異性にモテるようになったのだろうか。
ゴリンは開口一番、「正解は越後製菓ッッ!」とおらんだ。
場の全員唖然とするも、突然の越後製菓に爆笑。
聞けばどこぞのキャバクラで爆笑をさらったらしく、それ以来、ゴリンのキラーワードになっているらしい。
初めの爆笑に気を良くしたゴリンは、その後も事あるごとに「正解は越後製菓」を連発。
「おいゴリン、その髪型、どーなんよwwww」
「正解は越後製菓ッッ!」みたいに。
しかし、あまりの越後製菓連発にだんだん周りも当然の如く飽きてきて、
「正解はっっ」「いや、それがさ〜」と華麗にスルーして、自分たちの会話を進める。
それでも、諦めきれないゴリンは、隙を見ては「正解・・・」「せっ・・」と何とか越後製菓をねじ込もうとする。
だが、全然上手くいかない。
その様子をハンドルキーパーとして、少し離れて俯瞰していた僕は、見るに見かね、必死に越後チャンスを狙うゴリンの後ろから肩を叩き、「・・・もう・・いいんや・・ゴリン、もう、それ・・・正解じゃないんや・・・」と周りに聞こえない声で言う。
「せっ・・・せいかっ・・正解はっっ・・!!」、ゴリンの声が虚しくこだまする。
ってこれ何の話かって、喜怒哀楽で言えば、僕の人生には、「哀」が圧倒的に不足している。
そこで、「哀」を表現しようかと思ったら、クソみたいな話しか出てきませんでしたよ。
長々すいませんでした。ゴリンは今も独身です。
「海炭市叙景」 佐藤泰志著。
これは、以前に映画化されたものを観たことがありまして、そのとき猛烈に原作を読んでみたくなったんですよね。
それで、随分前に購入してはいたのですけど、打ちつづく貧困との戦いに激しく労働していたため、なかなか読めず、この間ようやく読めました。
映画で感じたとおり、素晴らしい原作でした。
「哀」が溢れてます。
生きることの哀しさが、ガンガン響きます。
一発目の兄妹の話など、もう、切なくてどうしようもないです。
善哉。
そう思いました。
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