ムボーは国境を越えて

三十路まっしぐらの今更 留学を決意したムボー者の備忘録。

03ワタクシのムボー2

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どこまでムボーができるかな?〜北アイルランド編 
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20/09/’03 BELFAST(NORTHERN IRELAND)

【Black Taxi Tour総括】
急いでバス停のインフォメーションに向かいチケットを購入する前に再度ルートの確認を。ロンドンデリー経由でゴルウェイまでのチケットがここで買えるか聞いてみると担当のお姉さんは「それならエニスキレン経由の便が良いですよ」。うん、そりゃ〜私も知ってる。でもロンドンデリーが見たいのよ。ロンドンデリーとは北アイルランドではベルファストに次ぐ大きな街。城壁に囲まれた街。そして“ブラッディーサンデー(血の日曜日)”の舞台となってしまった街。“ブラッディーサンデー”とは1972年1月30日の日曜日、公民権デモを行ったカソリック系市民に対しイギリス軍が発砲し25人が死傷した事件。これを機に両者の対立は一気に深刻化し、ダブリンでイギリス大使館が焼き討ちにあうなど事態を重く見たイギリス政府は北アイルランド政府を見限り、直轄統治に乗り出した…という宗教・民族感情だけでなく政治的にも大きな影響を与えた事件なのです。U2(アイルランド出身)やジョン・レノン(アイルランド系イギリス人)はこの事件をモチーフにした曲を作っていますね。本当はここに滞在したいくらいだったのですが日程の問題でどうしても無理。せめて通過するだけでもと無理矢理旅程に組み込んだのに、お姉さんはアッサリ「やめとけ」。でも理論上は行けるんでしょ?昨日の夜確認したもの。行けるならどんなに時間がかかっても構わないからロンドンデリー経由で行かせてよ。ところがお姉さん、頑なにエニスキレンを推してくる。イトー君に相談してみると「(エニスキレン経由で)いいんじゃない?」とのこと。うう〜む。確かに長時間移動は疲れるし、どっかでバスの乗り継ぎに失敗するとゴルウェイまで辿りつけない。仕方ないかな…ここで私はこの旅初めての妥協をしてエニスキレン経由ゴルウェイ行きのバスに乗りこんだ。

最初の内こそ二人並んで座っていたけれど、車中がそれほど混んでいないこともあって私は別の席に移って2席シートを一人占め。他の客同様足をぶん投げて車中でくつろぐ。いつになく天気が良く、こういう日を移動に費やすのはちょっと勿体無いくらい。だからといってウキウキ気分でくつろいでいたわけではない。どっちかっていうと天気とは正反対に気分は悪かった。もちろん予定していたルートではなくなったので残念な気持ちが強かったのも否めないけれど、最大の原因は午前中のタクシー・ツアー。お土産屋でごっそり買ったポストカードはそのほとんどが壁画を写したもので、短いツアーでは見れなかった絵が沢山。まったりとした空気の車中でこれらポストカードの壁画、自分で撮った壁画を見ながらさっきまで見ていた光景を考える…プロテスタント居住区にある絵は赤・青・黒・白といった原色を使ったものが多く、絵やメッセージも暴力的で過激。一見してソレと分かる直接的な表現ばかりで、今となっては見ているものは小さな葉書やデジカメの液晶画面のくせしてものすごい威圧感を与える。反してカソリック居住区にあったものはベージュ系の色を多用し、それ以外でもほとんど暖色を使った一件柔らか味を与える絵が多い。シャンキルで良く見た文字メッセージのみとか、たまに見かけた落書きクオリティーの絵なんていうのは無くほとんど全ての絵がキッチリ描かれているし、紛争そのものをそのまま描くのではなく、そこで頑張ったけれども残念ながら亡くなってしまった人達の生前の笑顔、またさすがカソリックだけあってマリア様信仰を伺える絵などが目立つ。シャンキルで見られた死体を描くという過激さに対抗するならば、こちらでは抗議のハンガーストライキで今にも死にそうなシスターのドアップがあるくらいで、写実的な分その壮絶さは伝わってくるけれど見ていて威圧されるというものではない。

今まで一括りに「プロテスタント系住民とカソリック系住民の争い」と書いてきましたが、全くご存知無い方のために書くと、この両者はまずその人口比率に大きな差があり、北アイルランドは圧倒的にプロテスタント系住民が多い地域なんです。そもそもアイルランドというところはイギリスに長い間支配されてきた国。南のアイルランド共和国がイギリスから独立したのだって1949年ですから…たった55年しか経っていないんです。特に北アイルランドはイギリス統治時代にプロテスタントな人達が原住民カソリックなアイルランド人を統治するために移住させたという歴史があり、人権面・政治的にも完全にプロテスタント(イギリス)>カソリック(アイルランド)という意識が根付いている地域。現在でもカソリック系住民はいわゆる労働者階級の職にしか就けないと言われていますし、警察官がプロテスタント系で占められていたためほとんど職権乱用といえる状況下でカソリックであるというだけで些細な理由をつけて…時にはそんな理由すらなく逮捕され、過酷な尋問(拷問)を受けた、なんて話も聞きました。

このへんの歴史経過や双方の宗教的背景が理由なのでしょうか。
紛争は1つ。プロテスタント、カソリック双方ともその当事者なわけです。
現状ではどっちが勝ったとか負けたとかいう状況にはなっていません。
描いているのは同じ壁画。
でも「何を描くか」「どう描くか」という点が決定的に違っている。
それがタクシーツアーで最も印象に残った点でした。
またガイドのおじいさんが何度も口にした「かつてはこの街でもなんの罪も無い人々があらぬ罪を着せられて投獄されたり、不当な暴力によって多くの罪の無い人々が殺された。でも現在は大丈夫。私達は自由にこの両者を行き来できるし、肌の色が違おうが信じるものが違おうが、あなた達のような日本人だって自由に歩くことが出来る」という言葉。だからこそこの街でかつてあった悲惨なこと、現在までどう変わってきたかを実際に見てもらいたいとのことでしたが、個人的には納得できない点が。だって本当に「大丈夫」なんであればあんな壁いらないんでね。居住区を壁で隔て、いくつもゲートを作っている時点で全然「自由に行き来」できてない。確かに以前に比べりゃ随分平和になったのでしょう。たとえ貸し切りタクシーでも観光できるようになったんだから。でもこのタクシーツアーだって、そもそもは「間違えられやすい西洋人観光客を守るため」に街の風景に馴染みやすいタクシーにしているのです。プロローグに書いた通りこのツアーに対する住民感情だって複雑です。その意味で「大丈夫」という言葉の意味が当事者である住民と私達部外者の間でものすごく違っているということを実感しました。

将来的に和平交渉がうまくいって北アイルランドに本当の平和が訪れた時、あの壁画やシャンキルに放置されている拘置所は一体どうするつもりなのでしょう。あの国民性からするとそのままに保存していくような気がしないでもないです。

当初「せっかく行くのだから…」という軽い気持ちで決めたツアーでしたが、本当に良い経験をさせてもらいました。現在でも世界各地で起こっている様々な紛争報道を見るにつけ、私はベルファストでのこのツアーのことを考えます。特にイスラエル・パレスチナでのことは北アイルランド紛争とも似ている部分がありますし。このツアーを体験した後は報道を見るスタンスが随分変わりました。報道によっては偏ったものもあるので以前は何が真実なのかを見極めることに躍起になる傾向があったように思いますが、今は自分なりに報道を解釈して客観的に状況を見極めようとしようとしており、またそれがごく自然にできるようになりました。結局この手の紛争は日本が直接関わっていない限り私達は部外者なんですよね。部外者だからこそ双方の言い分に耳を傾ける必要がある。全てを理解できなくたって良い。あって当然なんです。そのへんを踏まえて部外者は部外者なりの見方をすればよろしい、ということです。…あたりまえのことなんですけどね。これまでもそうしているつもりだったけれど今思うと以前は違っていました。それが分かっただけでもこのツアーに参加した意義がありました。

仮にこの手の問題に興味があって今のイスラエル・パレスチナ自治区などに是非行ってみたい、なんて思っている人がいたら…私はオススメしません。興味本位の割にはリスクが高すぎること、今現在おお揉めしているところでは、そんなところへ興味本位で行くこと自体が住民感情を逆撫ですることになるからです。が、北アイルランドは現状一定の和平が保たれている分、言い方は悪いかもしれませんが「絶好の場」であると思います。

北アイルランド・ベルファストに行かれる方は、是非その目で確かめて来てください。

○その際にはタクシーの利用をオススメしておきます。
 ムボーと無責任は違いますからね。

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20/09/’03 BELFAST(NORTHERN IRELAND)

【カソリック居住区〜Falls】
ゲートを通ってカソリック居住区、フォールズへ。時間が経過したこともあってかシャンキル地区に比べてこちらはかなり生活感があります。スーパーマーケットで買い物をする人もいるし、通りを行き交う車の数も多い。本当のフツーの街です。でもここにも壁画はあるのです。シャンキルのようにどこにでもあるというわけではなく数は少ないのですが、油断して何気なく角を曲がるといきなり現れるんです。油断している分いきなり絵が目に飛び込んでくるというその衝撃は大きい。しかしここにある絵はシャンキルにある絵と全く違ってそのほとんどが人物画。それも穏やかな笑顔。聞けば描かれた人物は紛争で亡くなった方々だそうで、言ってみれば「遺影」なわけです。一見40歳くらいに見えてしまうおじさんの遺影の前でおじいさんは彼について教えてくれました。「彼は30歳で政治犯として捕まって獄中死した。彼にはフィアンセがいて、捕まった時にはお腹に彼の子供がいたんだ。彼が死んだ後、成長した子供は父親と同じ運命を辿るように政治犯として捕らえられ、殺されてしまったんだよ…」…重い…。一つ一つの絵すべてがこの調子。どれも一見穏やかな笑顔だけれどもそれぞれの絵の裏にはここに描かれるだけの悲しい背景があったのです。

タクシーはメインストリートを外れて小道へ。普通の住宅地が並ぶ中、突如現れたのは記念碑でした。ここはベルファストでの紛争の発端となった場所。最初の犠牲者が出たところなんだそうで、大理石で作られた立派なアイルランド独特のハイクロス(十字に輪がかかっている)が建てられ、その奥にある大理石の板には犠牲となった方々の名前が市民はシルバーで、IRA構成員はゴールドで刻まれていた。その下にはまだ新しい花束の数々。おそらくは遺族もしくは地元住民によって手向けられた花なのでしょう。前日に降った雨がまだ花びらに残りやけに活き活きとした花束を見ていると、それとは逆にこの問題が決して本の上での話ではなく現実であり、かつ今現在まだ解決していないことを実感してどっと気分が落ちこむ。またここで亡くなった最初の犠牲者の遺影が斜め前の家の壁に描かれているのですが、これがまだ少年なのです。くったくのない笑顔が哀しく、胸が締めつけられる思いでした。

ガイドのおじいさんはそれまでずっと「写真が撮りたかったらいつでも言いなさい。車を止めてあげるから外にでて好きなだけ撮りなさい。質問があったら遠慮無くどうぞ」と繰り返し、時には車の外に出て解説してくれていたけれど、ここではひとしきり説明した後「私は車で待っているからあんた達だけで見てきなさい」と急に態度を変えたのが印象的だった。おじいさんがカソリック系なのかプロテスタント系なのかわからないけど、この場所はおそらくそのどちらにとっても暗く重い歴史の跡、ということなのでしょう。

この後IRAの政治団体と言われている(本人達は否定している)シンフェイン党の建物のすぐ隣にあるお土産物屋に立ち寄った。おじいさんとは顔なじみらしい店のおばさんは快く私達を迎え入れてくれた。とても小さな店で土産物屋としては品揃えが豊富とは言い難い。しかもここでもやっぱり置いてあるのはアイルランドに関するものなのです。北アイルランドに関するもの、というと歴史本がある程度。この店がカソリック側にある、というのが理由かしら。このタクシーツアーの記念となるべきものとしては壁画のポストカードくらいしかない。もう時間も無いのでイトー君と手分けして片っ端からほとんど全てのカードを引っこ抜いてレジに持っていった。するとなんとレジ前にポストカード以上にベルファストらしい記念品が売られていたのだ。それは白いプラスチックボディに”WEST BELFAST”と緑の文字で書かれた100円ライター。当然!お買い上げです。

すぐに車に引き帰し、急いでホテルへ戻る。なんとか約束は守られたようで10:50にホテルに到着。おじいさんとツアーの手配をしてくれたコンシェルジェのおじ様に丁重にお礼を言って私達はゴルウェイに向かうべく大荷物を抱えてバス停に急いだのでした。

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20/09/’03 BELFAST(NORTHERN IRELAND)

【この旅初めての「おんぶ」】

久しぶりに朝ゆっくりできる〜!今日の予定は午前中にもう1つの私の念願だった”Black Taxi Tour”を10:00から満喫。戻ってきた後はすぐに共和国側ゴルウェイへバスで移動、というもの。ゆっくり起きてゆっくり支度してゆっくりご飯食べて…とうとうこのゴージャスホテルともお別れ。チェックアウトして、荷物を預けてから、いざ”Black Taxi Tour”へ。

「プロローグ」にある通り、この旅における様々な事柄…航空券、ホテル、観劇、ツアー等の選択と手配、自力で行く場合にはその行程・料金・所用時間に至るまで出来ることは全部自分で調べて、自分で手配することを1つの目標としていた私にとって最大の難関となったのはこの”Black Taxi Tour”だった。ネットでやっと見つけた業者に日本からメールを送っても返事は無し。ロンドンから電話しても途中で切れる。仕方ない、ベルファストに着いて時間が出来たらツーリストインフォメーションにでも寄って情報貰ってまた電話するか…もしくは諦めてお手ごろな市内バス観光にでも乗ってしまうか…なんて思っていたんだけれど、ベルファストへの到着は夜だったし、ツアー希望の前の日、すなわち昨日は丸1日コーズウェイコーストツアーに費やすことが予め分かっていたし。そんな簡単な手段さえ難しいんじゃないかとホテルに到着してからも1人途方に暮れていた。イトー君がスヤスヤ眠るその隣で部屋に置かれたホテルの総合情報ファイルを何気なく見ていてハタと気がついた。おバカでしたね〜ワタクシ。せっかくゴージャスホテルに泊まっているのにこれを利用しない手はないじゃないの!コンシェルジェがいるじゃない!早速翌朝(昨日の朝)、朝食の後フロントに立ち寄り、コンシェルジェのおじ様を捕まえてお願いしてみることに。おじ様によるとこのツアーはプロテスタント居住区とカソリック居住区、両者を隔てるピースラインを中心にその他客のリクエストに応じて観光スポットに立ち寄ってくれるもので、基本コース3ヶ所回って所用時間約50分。本当は3人からでL24なんだけど2人でも1人当たりの料金が高くなってしまうことだけ了承すればツアー催行してくれる、とのことだったのでその場で即依頼。夕方コーズウェイコーストツアーから帰ってきたときにおじ様は目ざとく私を見つけて「ツアー予約とれましたよ。10:00にこのエントランスでドライバーと待ち合わせですから、遅れずに来てくださいね」と教えてくれた。わぁい♪楽チンだぁ!自分で行き先を決めて、自分で手配することが可能な土地ならば何もこんなゴージャスなホテルに泊まる必要はないけれど、特に目的も無い、もしくは今回のように手配に困った時には”ゴージャス”が物を言うのだな。さすがタダ高いだけない。

というわけで、私達は約束の時間にエントランスに下りると再びコンシェルジェのおじ様が目ざとく見つけて「もうドライバー来てるから。このあとバスに乗るんでしょ?時間が無いんだから早く行っておいで」と私達をドライバーに引き合わせ、笑顔で見送ってくれた。

“Black Taxi Tour”ってくらいで、黒塗りオースティンが出てくるものと思っていた私達はホテル入り口に横付けされた真っ赤なオースティンにちょっとガッカリ。これはこれでカワイイし、確かに今のロンドンでは赤どころかいろんな色のタクシーが走っているけど、やっぱり「正しいタクシー」は黒塗りでしょう。でもそんなワガママも言っていられないので素直に乗り込む。ドライバーのおじさんは…おじさんというより立派なおじいさん。かなりご高齢なおじいさんでした。「11:00発のバスに乗れるように戻ってきたい」という大事な約束だけしてタクシーは西へ向けて走り出した。

【プロテスタント居住区】
思えばこのホテルより西って行ったことがなかったわ〜なんて思いながら車窓から見える景色を眺めていると、ものの2分と経たない内に街の雰囲気が変わり始め、5分経たない内に例の壁画がお目見えした。なるほど。西に来なくて正解だったわけだ。運ちゃんはタクシーの後部座席に座った私達によく聞こえるよう、また一見して英語話者ではない私達を気遣ってかかなりゆっくり丁寧な英語でガイドしてくれる。「停めて欲しい時は遠慮無く言ってね。写真も撮って構わないから」と何度も繰り返しつつ、タクシーはプロテスタント居住区、シャンキル地区に入っていった。

土曜の朝10:00ということでそれほど多くの人通りは期待していなかったけれど、私の期待なんか全然お構いなしってくらい通りには人影が全くなかった。通りに並ぶ家々をよく見ると確かに生活感はあるんだけど、あまりに閑散としたこの街全体の雰囲気としては生活感が無くて、ちょっとしたゴーストタウンのよう。おまけに似たような家々が立ち並ぶ中で所々破壊されたままの家が放置されていてその雰囲気を増徴している。分譲住宅と思われるこの一帯では古すぎて倒壊なんてありえないし、こんだけの数の家が火事にあったとは思えない。これってやっぱり…?

かつて政治犯として捕らえられていた人々が収容されていた拘置所で一旦ストップ。政治犯として捕らえられたのは何も本物の政治犯に限らず、ちょっとした噂やタレコミなどで実際には何ら罪の無い人々もバンバカ収容されたそうで、相当に悪名高い施設であったとのこと。もちろん現在は閉鎖されていますが、閉鎖しっぱなしなだけで味気ないコンクリうちっぱなしの建物はさびれるばかり…といった風体。和平交渉を進めているとはいえ完全に締結されているわけではない微妙な状況だし、仮に将来そうなったとしても住民感情がすぐにそれに対応するとは思えない。そのくらいかつてこの街で起こっていたことというのは悲惨なことであったことは、目の前の建物を見ているだけでヒシヒシと伝わってきた。この建物、将来的にどうするのでしょうね。

暫く行くとちょっと開けたところに出た。今まで道路沿いに並んで建っていた家並みが消え、やたら芝生の空き地が目立つところ。そんなところに今まで見た家よりはちょっと大きめの家がポツリポツリと建っていた。何かの跡地に最近家を建て始めたかのような感じ。かといって建物が新しいわけでもないし、大き目の家といっても決してゴージャスという意味ではなく、フラットのような作りになっているだけでいたって質素。ちょっとヘンな雰囲気です。そして何が気になるってここにあるほとんど全ての家の壁には今まで見た以上に過激な絵が描かれていたことだった。建物が大きいから壁も大きい。比例して絵も大きいんです。ボイン川の戦いを描いたものはこの戦いのあった年代が古いこともあって正直この戦いの詳細を知る人でないとその意味を把握するのは難しいでしょう。その意味で言えばこれは比較的フツーの絵。でもこれ以外となると…今まで見たどの壁画よりもメッセージ色の強いものがズラリと並んでいた。「1600年、カソリック教徒によるプロテスタント教徒弾圧があった。民族浄化は現在もまだ終わっていない」というキャプションと共に描かれているのは馬に繋がれて引きずられている人、焼き討ちにされている家、縛り首にされたプロテスタント教徒。アルスターの血塗られた握りこぶしを中央に、ユニオンジャックとアルスター旗を掲げたマークの両脇にいるのは黒いジャンパーにジーンズといった軽装の男性…なんだけど目だし帽を被って銃を携行している。この紛争で亡くなった方々を弔うつもりで描かれたと思われる墓の絵にはその横で弔っているのはやはり黒ずくめの男性も一緒に描かれていた。そしてやっぱり手には銃が…。一見して明らかにここには紛争というくらい歴史があった、ということが分かる絵ばかり。ガイドのおじいさんは一つ一つの絵について説明をしてくれる。絵を単体で見ている分にはおじいさんの話を聞きながら都度考えさせられるけれども、美術館の絵を見ているかのように絵ごとに頭を切り替えながら見ていってしまう。…ということに気付いたのはカメラのファインダーから目を離し、風景全般を視野に入れたときのこと。建物がポツリポツリと建っている、ということは漏れなく描かれた壁画がいっぺんに複数目に飛び込んでくる、ということなんです。その迫力たるや。絵そのものの完成度が高いのはもちろんですが、その完成度ゆえの迫力ではなく、絵がもつメッセージに圧倒されるのです。目に飛び込んできた絵とそれまでにおじいさんから聞いた話が一気に頭の中を駆け巡りものすごい威圧感を覚えます。空間は有り余っているはずなのにものすごい閉塞感。こんな体験は初めてでした。

【ベルファスト版ベルリンの壁 〜Peace Line】
シャンキルを抜け、カソリック居住区を目指していると高い鉄塔が見えてきた。おじいさんによるとこれは警察のもの。鉄塔には24時間作動しているカメラが設置されており両居住区を監視しているとのことだった。。かつてはヘリもよく監視のために飛んでいたそうですが、このヘリ、その目的が監視の割にかなり高いところを飛んでいたとのこと。理由は…「撃墜されるから」。さすがに現在はそこまでではないそうですが、カメラだけは現在も常時動いているんだそうです。そうこうしている内に目の前にゲートが見えてきた。しかし閉まっている。曜日、時間帯、交通手段などにより使えるゲートが限られているそうで、この時はちょっと遠回りをしていかないとならないとのことだった。右折して進むと左手には高い壁が。そう、これが「ピースライン」といわれるベルファスト版ベルリンの壁。コンクリの壁の上には鉄製の柵が、さらにその上に継足されたフェンスがあり、その高さ…確か20mとか言っていたような。ゴルフの打ちっぱなし場と同じくらいと思ってもらえればよいかと思います。もしかするとあれよりは低いかもしれないけど、実際に目の前に立つとそのくらい高く感じます。それだけ両者の溝が深い、ってことですね。そしてこの壁、なにやらゴチャゴチャと描かれています。今まで見た壁画とはちょっと違う。するとおじいさん、車を止めて後を振り向き私達にこう言った。「せっかくだからあんたたちも何かメッセージを残していきなさい」油性マジックが2本差し出された。そして更に「カメラはあるよな」。見るとマジックを取り出したダッシュボードには使い捨てカメラまで仕込んであった。なるほど、これがここでの定番思い出作りなわけですね。(^^;

タクシーを降りた私達は…この頃にはもう壁画でお腹一杯になっており、上手い言葉が浮かんでこない状態。とりあえず他の人がなんと書いたかを見て回った。でも結局書いたのは”NO WALL” “LOVE & PEACE”なんていう、言ってみればありきたりな言葉。するとおじいさんから「せっかくだから日本語で書いていきなさい」というリクエスト(?)が。仕方ない。リクエストにゃ応えなくては(?)。ほとんどのメッセージが英語で、当然横書きされている上から堂々と書いてやりましたよ。「仲良きことは美しきかな」。本当は茄子も描きたかったんだけど、メッセージは日本語でおじいさんを始め地元住民には意味がわからないもの。そんな意味不明な言葉の横に彼らからすればもっと意味不明な茄子を描いてしまうと「おちょくっとんのか」と怒られそうな気がしたので描くのを止めました。誰か現地で私のメッセージを見つけたらその隣に茄子を書き足しておいてください。<他力本願 

おじいさんは私達のカメラでそれぞれ壁に向かって描いているところを写してくれました。ダッシュボードに用意されたペンとカメラといい、おじいさんのカメラマンサービスといい、それまで紛争地域巡りをしていたとは思えぬご立派なサービス精神であまりにかけ離れたこのギャップに思わず苦笑いな瞬間でした。(^^;

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19/09/'03 CAUSEWAY COAST TOUR (NORTHERN IRELAND)

【世界の酔っ払い〜The Old Bushmills Distillery】
再びバスに戻り今度こそブッシュミルズ酒造所へ。ここで他の乗客を待つ間、約15分間のショッピングタイムを貰えた。早速売店に向かおうとバスを降りると、イトー君が一言「酒くせぇっ!」。えっ?そうかなぁ…酒飲みには分からないなぁ。(^^; 売店には様々な大きさのボトルに詰められたブッシュミルズやブッシュミルズ入りのチョコレート等のお菓子、ブッシュミルズのロゴ入りシャツなどさまざまなものが。テキトーに買い物しながらも、酒飲みとしてはさりげなく人の流れに逆行して売店の奥にあったパブへ入ってみる。ここでちょっと疑問だったのは同じバスの乗客達が見られなかったこと。あれ?そういえば売店にもいなかったわ。みんなどこにいるんだろう?なにしろ15分しかないので、パブで一杯も諦めて一旦バスへ戻ることに。すると全然人がいない。わはは、誰も戻って来てないじゃん。運ちゃんすら戻ってこないよ。外の酒臭い空気に気分が悪くなってきていたイトー君を車中に残し、一人様子を見に再度売店へ行ってみると(確かにこの時にはバスを降りた瞬間ウィスキーの香りがした/鈍感?)運ちゃんが店内をウロウロしながら、顔見知りと思われる店員さんと話しこんでいた。ちょっとお邪魔して「もう15分経ったよね?あとどのくらいかかるのかな〜」と聞いてみると「さぁねぇ。随分調子よく飲んじゃってるみたいだからねぇ」と笑いながら返された。飲みたくなる気持ちが分からないではない酒飲みとしては一緒に笑うより無い。このあと予定があるわけではない私は急いで帰る必要も無いし…と再度店内を一周してついでだからこの建物の外観を見て回ることに。…といってもたいしたことないです。(^^; それでもまだ帰ってこないもんだから、とうとう他の客達もバスから出てきて芝生の上にお菓子を広げてピクニック状態でくつろぎ始めた。

予定より30分以上待たされたところでポツリポツリと人が帰ってき始めたので、外をウロウロしていた私も車中へ戻る。一番奥に座っていたイトー君のずっと手前には昼食をとったパブで1人で食事していたガタイの良い兄ちゃんが他の客と談笑していた。この兄ちゃん、一見すっごく酒好きに見えるのに意外にも崖組だったようだ。ちょっと興味があったので声をかけてみると「アイルランド系アメリカ人で、こっちに親戚が一杯いるんで彼らを訪ねて来たんだけど…親戚づきあいに疲れちゃって一人でこのツアーに申しこんだんだよ。まさかここでこんなに長いこと待たされるとはね〜。オレ、酒ダメなんだよ」へぇ〜意外。すると「酒飲みってさぁ…ほら、飲みすぎるとバカしでかすだろ。それもちょっと限度を越えたような…。昔ちょっと問題をかかえたこともあって、今は1滴も飲まないんだ」嗚呼、アル中でしたか…。先にこんな告白をされてしまっては「いやぁ、実は私も酒飲みなんで飲みたかったんだけどね〜」なんて言えなくなってきてしまって、その後は他愛も無い話をしてイトー君の待つ車中後部へ戻った。「こんなところで何説教くらってんだ」とイトー君は笑ったけど…私にとっては説教というより一種の社会化見学のような会話でした。昔から洋楽、それもロック系を聴いてきたこともあり、メディアの上ではアル中の方々を多く見てきました。酒が原因で暴力事件を起こしたり、止めようとしたけどやっぱり止められなくて体を壊したり、酒が原因で亡くなったミュージシャンというのも数多く見てきました。でも身近にアル中がいなかったんです。そういう人とこんなところで、しかも酒臭い空気を否応なく吸わされる環境に不必要に長居しているところで話を聞くというのは私にとっては興味深い体験でした。

【用意しておくと便利なもの】
戻ってきた酒造所観光組は例外無く真っ赤な顔でゴキゲン。しかもこのツアーが始まる前に運ちゃんに「このツアー後予定のある人」と聞かれて唯一観劇の予定があるので18:00までにベルファストに戻らないと困る、と答えた老夫婦が最後に戻ってきたのには唖然。もう17:00なんですけど…まぁ困るのはあなた達だからいいけど。 ようやく全員戻ってきたところでバスは全ての観光を終えて一路ベルファストへ。なにしろ車中は酔っ払いの巣窟な上、酒を飲んでいない私達も(もちろん酔っ払いも)目一杯観光した後だったので、バスの心地よい揺れにあっさり眠気を誘われてグッスリ熟睡。気付いた時にはベルファストまであとちょっと、ってところまで来ていた。運ちゃんったら、老夫婦との約束を大真面目に守るつもり満々でハイウェイを文字通り「ぶっ飛ばして」いたらしい。この調子なら18:00ベルファストは楽勝雰囲気…だけどこりゃコワイなぁ。(^^; 30人程度乗っているミニバスが高速道路でビシバシ追いぬき、またほとんど追いぬかれることも無く走行していたんだから。すなわち私達のバスはあの高速道路で最も早い車であった、ということです。

ベルファストに着くとまずヒルトンホテルの前で数人を降ろし、出発地のユース・ホステル以外で降ろして欲しい人はリクエストするように、とのアナウンスが。私達も自分たちの泊まっているホテルまで連れて行ってくれるようお願いした。ポツポツと人を降ろしながら辿りついた私達のホテルの入り口にはなんと白いリムジンがドーンと横付けされており、ドレスアップした方々が見えた。おおおっ、さすがゴージャスホテル!一体なんのイベントだろう。そういえば1F奥のボール・ルームで朝準備している人がいたっけ。ホステルまで行く乗客達も何事かと興味津々、身をのりだして眺めていた。バスを降りて、2人で何だろうねぇとワクワクしながらホテルに戻ると、ドレスアップした人達はやったら若い。香水のつけすぎでエントランス中になんともいえない匂いが充満し、クラクラする。おまけにどうやら女の子が主導権を握っているようで同行した男の子にドレスの後ろを向けて着付けを直させているような子までいる。この光景は映画で見たことあるなぁ…プロムってこんなんじゃなぁい?と預けていた貴重品を受け取る時にクラークに聞いてみると「プロムではありませんが、今日は若者のパーティーなんですよ。騒々しくてすみません」とのことだった。

部屋に戻った私は明日のバスの確認のために隣接する中央バスステーションへ行ってみることに。疲れたというイトー君を部屋に残し、1人再び出かけた。ホテル脇の通路はバスステーションへ直通していてるし荷物持ちを想定して作られているので段差が無いのでとっても便利。しかしこの時間もう人はまばらで、1人で来たのはちょっとマズかったかな〜。インフォメーションも既に閉まっており、とりあえず乗り場だけでも確認したいな、と歩きまわっていると係員を発見したのですかさず捕まえて相談してみた。この時に大助かりだったのは自作の旅程表。そもそもは調査のしすぎだった自分の頭を整理するために、それと自宅・会社への提出用に作ったものだったので当初は英語と日本語のごちゃ混ぜで書かれていたのを出発直前に完全に英語版と日本語版の2タイプ作っていたのだ。この時持っていたのは英語版。というわけでイチイチ自分たちの行きたいところを説明することなく、この紙1枚見せれば事足りてしまったのだ。我ながらナイス!旅程表を見た係員にも誉められた。で、逆に聞かれたのは「ゴルウェイに行くのになんでこんな遠回りするの?」それは私がロンドンデリーを見たいからなんだけど、確かに時間はかかりそうだ。到着も遅くなる。だからこの行程に間違いが無いかだけ今のうちに確認したかった、というと事務所に残っていたほかの係員も呼び出して2人で旅程表片手に確認してくれた。結果「まぁ行けると思うよ。でも随分な長旅になるよ」とのことだった。結構。行ければ良いのよ。

【チョコレートとカップ麺は日本が1番!】
係員にお礼を言った後私が向かったのはホテルの向かいに2軒ある有名なパブ。どっちでも良いからどっちかで軽く一杯引っ掛けて…なんて思ったんだけど、甘かった。この日は金曜でどちらの店も大混雑。おまけに入り口には屈強な黒服が貼りつき街行く人に睨みをきかせていた。さすがに怖かったし、こんな混んだ店内ではゆっくりすることも出来なかろうと早々に諦め、隣のコンビニで夕食を調達することに。コレ以上歩きまわってご飯食べれるところを探すのも面倒くさいほど疲れていたしね。でも日本のようにコンビニ弁当は充実していません。食文化の違いもあるけれど、こっちにあるのは冷製パスタやサンドウィッチばかり。朝晩冷えるこの地でのことだし、まして昼間サンドウィッチを食べたばかりでもうパンはいいわ〜って気分だったこともあり、他のめぼしいものを探して店内をグルグル回っていると、目に飛び込んできたのは「特売品!」のポップと懐かしの形状。嗚呼、カップラーメンってこっちにもあるのね!早速購入して部屋へ帰った。

イトー君の分も買って帰ってみると、彼女は既に風呂に入りおやすみモードに入っていた。早速1人カップラーメンを食べてみると…マズイ。なんだこりゃ。シーフード味を買ったんだけど日本のカップラーメンのような塩味ではない。スープは茶色。おまけに後入れ用の醤油のパックまで入っていた。その上醤油というよりソースのようにドロドロ。そしてしょっぱい!麺も完全にやる気を失ったようなコシの無さで、もうどこをどうとってもマズイ代物だった。何より奇妙だったのは容器の内側にある明らかに違うだろ、という大量のグリンピース。パッケージの青と、容器の内側にあるコゲ茶色のスープ、その中に浮かぶ黄色い麺と鮮やかなグリンピース…色彩感覚を疑いたくなる取り合わせです。何せ特売品、安かったこともあってちょっと食べただけでアッサリ断念してゴミ箱行きとなった。

既に寝ていたイトー君の横でお風呂に入りようやく私も就寝。あまりご飯を食べれなかったこともあり、ちょっと空腹気味だったけれど、昼間目一杯運動(観光)したこともあってあっという間に寝れた。

#そういえば部屋に帰ってきた時、朝頼んでいた洗濯物がベッドの上に
 ちゃんと置かれていたのは嬉しかった〜。
 おかげでこの日の洗濯は下着だけで済んだ♪

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19/09/'03 CAUSEWAY COAST TOUR (NORTHERN IRELAND)

【天国に一番近いバス】
再びバスに戻り次に向かうは念願のジャイアンツ・コーズウェイ!これが見たいがためにここまで来たのよ!ドライバーによると「ブッシュミルズ酒造所に行きたい人は生きていれば1時間で戻ってくること。それ以外の人はもう1時間見てて下さい。生きていれば2時間後に戻ってくること」とのこと。…どこへ行くにも「生きていれば」の一言がつく命懸けの断崖絶壁ツアーだわ。(^^; 車内の客のほとんどはどうやら酒飲みらしくブッシュミルズに行くらしい。この酒造所、日本でもそうですが内部を見学した後は試飲ができるとあって人気が高いのですよ。行かないのはお子様と私達くらい?そりゃ〜酒飲みの端くれとしては私も飲んでみたいけれど、試飲だけなら酒買って飲めば良いのであってね。酒には興味があるけれど酒を造る行程にはあまり興味がないため試飲までの道のりがかったるいのと、イトー君が完全下戸だったこともあり崖に残ることにしたのです。何よりこのジャイアンツ・コーズウェイが私にとっては念願の地だったんだから!

ジャイアンツ・コーズウェイとはアイルランド島北の突端にある世界遺産にも登録されている奇怪な海岸線。何が奇怪って、その岩の形状。見事に六角形なのです。写真を見るととても自然の造形物とは思えぬきれいな六角形。地学の観点から言えばこれは大昔の火山活動&地殻変動により隆起したもので柱状節理と言われているそう。日本でも稀に見ることはできますが、規模はこれよりずっと小さいです。ここはそんな六角形の柱状岩が駐車場、インフォメーションから約1km坂を下ったところにゴロゴロしてるんです。この坂がまたハンパじゃない角度で。ここは歩くものだと思いこんでいたけれど、実際にはバスがありました。キャリック・ア・リード同様ここもナショナルトラストの管理下にあり、彼らが坂の上のインフォメーションから坂の下の海岸線までバスを運行しているんです。まだまだ若いと自負する私らは当然バスに乗る気は無し。歩きますとも!転げ落ちそうな坂を下っていくと…あり?意外とフツーの海岸です。ちょっと丸っこい岩が多いかな〜?と思わせる程度で、この後見えるであろう六角形の岩の雰囲気は無し。白い砂の広がる浜辺より岩がゴロゴロした波の荒い海が好きな私にはたとえ六角形が無くても十分楽しめる景色ですが、あんまりそれっぽい雰囲気のなさに、「まさかコレのことじゃないよな〜」と少々不安を覚え始めたところで例のバスが私達を追い越していった。バスの後姿を見てビックリ。乗客、文字通り『鮨詰め』。語弊があるのを覚悟で言えば、まるでアウシュビッツ。しかもこの鮨詰めされた乗客は例外無く老人なのです。まぁ1kmの道のりを歩かずバスに乗ろうとするのは年輩者が多いのは当然のことですが。そんな年輩者を乗れるだけ突っ込んで運行するのも高齢者に優しいのか何なのか…定員オーバーとかないのかね?あまりの酷い光景に思わず口をついて出た言葉が「天国に一番近いバス」。これにイトー君が大ウケ。ちょっとした問題発言ではありますが、この言葉がしっくりくるほど、バスの状況は異常でした。

【Giant's Causeway】
暫く歩くと例の「天国バス」が停まっているのが見えた。あそこが終点なのね…と思っていると確かにバスの向こうには写真で見たような光景が…嗚呼まさにあれこそ私が見たかったもの、来たかったところ!さっきまでの不安がウソのようにここからいきなり岩が六角形なのです。

まずあるのは岩が積みあげられたような小高い山。ここがいわゆるGiant’s Causewayの入り口。この山を形成するほとんどすべての岩がキレイな六角形。正確にいえば六角形の岩が積み上げられたのではなく、あくまで隆起なんですが、この山を見る限りはあまりそう感じない。隆起した岩々は一見荒々しく見えるけれど、実際のところていの良い階段。足場もガッチリしていて非常に歩きやすい。一段一段上っていくとそのさきに見えたのは海。それも半端なく波の荒い海。大昔、ここに住む巨人がスコットランドに住んでいた女性に恋をして彼女に海を渡ってもらおうとしたがために作った道だ、という謂れも残っているくらいで(だから”Giant’s Causeway”)、この柱状節理はスコットランドまでの海底にずっと続いていて、調子こいて歩を進めれば海へ入っちゃう。実際入れちゃうんですよ。この海岸線に辿りつくまでの遊歩道にはロープが1本張られた簡単な柵があったけれど、肝心のこーゆーところには柵を設けない。崖とか海とか本当に危険なところにほどこの国は柵を設けないらしい。(^^; バスの運ちゃんが毎度言う「生きていれば」はそういう意味で正しい表現なわけです。でもおかげで素晴らしい景色を柵ごしではなく生で見られるのです。この景色を見つづけるためには興味本位でリスクの高いムボーな試みはするものではないし、ゴミも捨てちゃいけません。観光客にお仕着せでなくそういう風に思わせるだけの力を本来自然は持っているのですね。それでもムボーな2人は行ける所まで行ってみようと海を目指して歩き出した。(^^; 行くのは簡単なんだけど、道を阻むのは波。ドッペンザッパンと打ち寄せる波はこの山に直接当たっている上、六角形の岩に当たった波は各方面へ飛び散るし、岩の隙間を縫ってかなり遠いところまで海水がやってくる。早々に諦めて一通り写真を撮ったところで乾いた岩に座りこんで一服。落ちついて見渡してみれば左側にはこことは全く違った普通の(それでも絶景)の崖、右には柱状節理の影響を多分に受けている崖がある。この六角形の岩、「隆起」という言葉と私が座っていた海岸にある岩を見る限りは下から上方向に上がってきたものを想像するし、実際そうなのでしょうが、ちょっと離れた右側の崖にあるのはこれが横を向いたものだったのだ。崖の地層の中に一部ちょっと違う層が見えるな…と望遠カメラで見てみると六角形がこちらを向いているのだ。地殻変動の激しさを思わせる光景でした。そして後ろにあるのは聳え立つ緑の山。岩だらけの灰色な海岸線と緑の山が渾然一体としている。緑の山といっても草木の生い茂る山…どころか樹木は1本も見ませんでした。緑に見せているものはそのほとんどが雑草等背丈15cmにも満たない下草のようなもの。そんな緑に覆われた山のところどころ、岩肌の見えているところには大抵この六角形が様々な方向を向いてその姿を晒していた。素人目に見てこれだけ面白いんだから、地学を勉強している人には本当に面白いところだと思います。

ここでみつけたちょっとヘンなもの。それが消火器…?岩の上にいきなりポツンの設置された小さな縦長の箱はまさに日本では消火器サイズ。ところがこの箱、書いてあるのは「DANGER」といった注意書きで箱の中に何があるのかは良く分かりませんでした。これだけ海に近い上、岩だらけのこの場所で火事が起こるとはちょっと考えにくいので、消火器ではないんだろうけど…ご存知な方、教えてください。

【Dunluce Castle】
移動の時間が近づいたことから、私達は後ろ髪を引かれる思いでこの奇怪な海岸線を後にした。来る時はひたすら海を見ながら歩いていたこともあったし、海岸から崖の素晴らしさを見たこともあって、帰りは遊歩道のすぐそばから聳え立つ山を見ながら歩き出した。するとこの山…というか崖、垂直以上なんです。角度にして95度なんてイキオイでせり出していて、良く見れば落石注意の看板もありました。あら、遊歩道も危ないわ。(^^; しかもこれだけ危なく見えてもあるのはロープ1本の柵とこの看板だけ。落石防止のネットなんてありませんことよ。あくまで自然を自然のまま守る、見る人はown risk。この精神は大事ですね。

まだちょっと時間があるようなので坂の上にあるインフォメーションとお土産屋でお買い物。持ち手部分に透明なオイル(?)を入れてその中で各地の有名なものを動かすボールペンって世界各地で見られますよね。ロンドンではダブルデッカーが走ったり、パリではセーヌ川を航行する船とか。ここ、ジャイアンツ・コーズウェイではアイルランドの有名人、妖精のおじさんが六角形の岩を行ったり来たりします。アイルランドは今でも妖精伝説の息づく国で、その妖精の大半がアニメなんかで良く見る可愛らしい小さな女の子とかじゃなくてオッサン、おじいさんの姿をしている、なんてこともイチイチ説明しないとこのボールペンはなかなか理解してもらえないでしょう。面白いのでごっそり購入。(^^; しかしここで見られたおみやげ物はもちろんジャイアンツ・コーズウェイに関係するものもあったけれど、ギネス社のノベルティグッズやコネマラで採れたというラウンドストーン(楕円に切り取られた大理石。持っていると平穏な気持ちを保てるという)、モロに”IRELAND”と書かれた様々な雑貨…その大半は「アイルランド」のものでした。「北アイルランド」を記念するものとしてはポストカードくらいかな。まして「イギリス」を示すものは皆無でした。ここも国としてはイギリスなはずなんだけどな…。民族としてのIRELANDを意味しているのか、それともこんなところでENGLANDを売ったところで売れやしない、という意味なのか。どっちにしてもNORTHERN IRELANDはアリだと思うんだけど、それが少ないのは何でなのか気になるところ。

バスに乗りこみ、向かうはほとんどの人が先に行っているブッシュミルズ酒造所。車で20分程度の道のりの途中には有名なダンルース城がある。運チャンのはからいでここで一旦ストップ。内部に入ることは出来ないけれど、「5分程度なら外に出て写真撮ってきても良いよ」とのことで私達も外へ出た。崖の上に立つこのお城、その昔この地域を治めていたマクドネル家の居城だったもの。その規模は崖の上とは思えぬ大きさで、なんとこの城の下には海に繋がる洞窟があり、脱出用の船を格納出来るようになっているんだそう。何しろ歴史あるお城なんでその外観は廃墟に近いですが、内部は当時のままに再現した部屋があるほど修復されているんだそうです。車で回れる人は立ち寄るべきスポットでしょう。このツアーではあくまでオプションなので眺めるだけなのが残念でした。でも午後4時を回り、傾き始めた陽に照らされたお城はその陰影が素晴らしい。1歩離れて眺めるには最高の時間帯だったのかもしれません。

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