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20/09/’03 BELFAST(NORTHERN IRELAND)
【Black Taxi Tour総括】
急いでバス停のインフォメーションに向かいチケットを購入する前に再度ルートの確認を。ロンドンデリー経由でゴルウェイまでのチケットがここで買えるか聞いてみると担当のお姉さんは「それならエニスキレン経由の便が良いですよ」。うん、そりゃ〜私も知ってる。でもロンドンデリーが見たいのよ。ロンドンデリーとは北アイルランドではベルファストに次ぐ大きな街。城壁に囲まれた街。そして“ブラッディーサンデー(血の日曜日)”の舞台となってしまった街。“ブラッディーサンデー”とは1972年1月30日の日曜日、公民権デモを行ったカソリック系市民に対しイギリス軍が発砲し25人が死傷した事件。これを機に両者の対立は一気に深刻化し、ダブリンでイギリス大使館が焼き討ちにあうなど事態を重く見たイギリス政府は北アイルランド政府を見限り、直轄統治に乗り出した…という宗教・民族感情だけでなく政治的にも大きな影響を与えた事件なのです。U2(アイルランド出身)やジョン・レノン(アイルランド系イギリス人)はこの事件をモチーフにした曲を作っていますね。本当はここに滞在したいくらいだったのですが日程の問題でどうしても無理。せめて通過するだけでもと無理矢理旅程に組み込んだのに、お姉さんはアッサリ「やめとけ」。でも理論上は行けるんでしょ?昨日の夜確認したもの。行けるならどんなに時間がかかっても構わないからロンドンデリー経由で行かせてよ。ところがお姉さん、頑なにエニスキレンを推してくる。イトー君に相談してみると「(エニスキレン経由で)いいんじゃない?」とのこと。うう〜む。確かに長時間移動は疲れるし、どっかでバスの乗り継ぎに失敗するとゴルウェイまで辿りつけない。仕方ないかな…ここで私はこの旅初めての妥協をしてエニスキレン経由ゴルウェイ行きのバスに乗りこんだ。
最初の内こそ二人並んで座っていたけれど、車中がそれほど混んでいないこともあって私は別の席に移って2席シートを一人占め。他の客同様足をぶん投げて車中でくつろぐ。いつになく天気が良く、こういう日を移動に費やすのはちょっと勿体無いくらい。だからといってウキウキ気分でくつろいでいたわけではない。どっちかっていうと天気とは正反対に気分は悪かった。もちろん予定していたルートではなくなったので残念な気持ちが強かったのも否めないけれど、最大の原因は午前中のタクシー・ツアー。お土産屋でごっそり買ったポストカードはそのほとんどが壁画を写したもので、短いツアーでは見れなかった絵が沢山。まったりとした空気の車中でこれらポストカードの壁画、自分で撮った壁画を見ながらさっきまで見ていた光景を考える…プロテスタント居住区にある絵は赤・青・黒・白といった原色を使ったものが多く、絵やメッセージも暴力的で過激。一見してソレと分かる直接的な表現ばかりで、今となっては見ているものは小さな葉書やデジカメの液晶画面のくせしてものすごい威圧感を与える。反してカソリック居住区にあったものはベージュ系の色を多用し、それ以外でもほとんど暖色を使った一件柔らか味を与える絵が多い。シャンキルで良く見た文字メッセージのみとか、たまに見かけた落書きクオリティーの絵なんていうのは無くほとんど全ての絵がキッチリ描かれているし、紛争そのものをそのまま描くのではなく、そこで頑張ったけれども残念ながら亡くなってしまった人達の生前の笑顔、またさすがカソリックだけあってマリア様信仰を伺える絵などが目立つ。シャンキルで見られた死体を描くという過激さに対抗するならば、こちらでは抗議のハンガーストライキで今にも死にそうなシスターのドアップがあるくらいで、写実的な分その壮絶さは伝わってくるけれど見ていて威圧されるというものではない。
今まで一括りに「プロテスタント系住民とカソリック系住民の争い」と書いてきましたが、全くご存知無い方のために書くと、この両者はまずその人口比率に大きな差があり、北アイルランドは圧倒的にプロテスタント系住民が多い地域なんです。そもそもアイルランドというところはイギリスに長い間支配されてきた国。南のアイルランド共和国がイギリスから独立したのだって1949年ですから…たった55年しか経っていないんです。特に北アイルランドはイギリス統治時代にプロテスタントな人達が原住民カソリックなアイルランド人を統治するために移住させたという歴史があり、人権面・政治的にも完全にプロテスタント(イギリス)>カソリック(アイルランド)という意識が根付いている地域。現在でもカソリック系住民はいわゆる労働者階級の職にしか就けないと言われていますし、警察官がプロテスタント系で占められていたためほとんど職権乱用といえる状況下でカソリックであるというだけで些細な理由をつけて…時にはそんな理由すらなく逮捕され、過酷な尋問(拷問)を受けた、なんて話も聞きました。
このへんの歴史経過や双方の宗教的背景が理由なのでしょうか。
紛争は1つ。プロテスタント、カソリック双方ともその当事者なわけです。
現状ではどっちが勝ったとか負けたとかいう状況にはなっていません。
描いているのは同じ壁画。
でも「何を描くか」「どう描くか」という点が決定的に違っている。
それがタクシーツアーで最も印象に残った点でした。
またガイドのおじいさんが何度も口にした「かつてはこの街でもなんの罪も無い人々があらぬ罪を着せられて投獄されたり、不当な暴力によって多くの罪の無い人々が殺された。でも現在は大丈夫。私達は自由にこの両者を行き来できるし、肌の色が違おうが信じるものが違おうが、あなた達のような日本人だって自由に歩くことが出来る」という言葉。だからこそこの街でかつてあった悲惨なこと、現在までどう変わってきたかを実際に見てもらいたいとのことでしたが、個人的には納得できない点が。だって本当に「大丈夫」なんであればあんな壁いらないんでね。居住区を壁で隔て、いくつもゲートを作っている時点で全然「自由に行き来」できてない。確かに以前に比べりゃ随分平和になったのでしょう。たとえ貸し切りタクシーでも観光できるようになったんだから。でもこのタクシーツアーだって、そもそもは「間違えられやすい西洋人観光客を守るため」に街の風景に馴染みやすいタクシーにしているのです。プロローグに書いた通りこのツアーに対する住民感情だって複雑です。その意味で「大丈夫」という言葉の意味が当事者である住民と私達部外者の間でものすごく違っているということを実感しました。
将来的に和平交渉がうまくいって北アイルランドに本当の平和が訪れた時、あの壁画やシャンキルに放置されている拘置所は一体どうするつもりなのでしょう。あの国民性からするとそのままに保存していくような気がしないでもないです。
当初「せっかく行くのだから…」という軽い気持ちで決めたツアーでしたが、本当に良い経験をさせてもらいました。現在でも世界各地で起こっている様々な紛争報道を見るにつけ、私はベルファストでのこのツアーのことを考えます。特にイスラエル・パレスチナでのことは北アイルランド紛争とも似ている部分がありますし。このツアーを体験した後は報道を見るスタンスが随分変わりました。報道によっては偏ったものもあるので以前は何が真実なのかを見極めることに躍起になる傾向があったように思いますが、今は自分なりに報道を解釈して客観的に状況を見極めようとしようとしており、またそれがごく自然にできるようになりました。結局この手の紛争は日本が直接関わっていない限り私達は部外者なんですよね。部外者だからこそ双方の言い分に耳を傾ける必要がある。全てを理解できなくたって良い。あって当然なんです。そのへんを踏まえて部外者は部外者なりの見方をすればよろしい、ということです。…あたりまえのことなんですけどね。これまでもそうしているつもりだったけれど今思うと以前は違っていました。それが分かっただけでもこのツアーに参加した意義がありました。
仮にこの手の問題に興味があって今のイスラエル・パレスチナ自治区などに是非行ってみたい、なんて思っている人がいたら…私はオススメしません。興味本位の割にはリスクが高すぎること、今現在おお揉めしているところでは、そんなところへ興味本位で行くこと自体が住民感情を逆撫ですることになるからです。が、北アイルランドは現状一定の和平が保たれている分、言い方は悪いかもしれませんが「絶好の場」であると思います。
北アイルランド・ベルファストに行かれる方は、是非その目で確かめて来てください。
○その際にはタクシーの利用をオススメしておきます。
ムボーと無責任は違いますからね。
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