大家さん&小生日記

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心配事

南米のチリの鉱山の落盤事故で地下700メートルの穴に閉じ込められている33人の作業者は元気なようで食糧なども届けられて無事に救出されれば英雄として讃えられるだろう。
 
だが、小生には心配なことがある。
涼しい快適な地下で食糧もあれば大丈夫だろうが、問題は排泄物である。
狭くて暗い空間で33種類の香りが漂うなかでこれから4ヵ月、うんこにまみれた生活に耐えていけるか・・・
 
NASAの宇宙の専門家も応援にかけつけるようだが、宇宙では排泄物は宇宙にばら撒いているのだろうから、参考にならないだろう。
 
うんちに詳しい著名な某ブロガーの復帰が待たれる。


次期米大統領はオバマ氏に決まったやうだ。

歴史も浅く様々な人種で構成されているアメリカという国にとって大統領は国家、国旗と共に国の団結の象徴でありその権限も絶大である。

更に今の世界にとって政治、経済、軍事で国連よりも強い影響力を持つアメリカは中東への軍事行使や経済混乱などにも見られる通り、その政策はアメリカ国民だけでなく世界中の人々の生活に大きな影響を及ぼすことからアメリカ国民のリーダーの選択は日本の首相が誰となるかとの比ではなく、世界中が注目している。

オバマ氏の力は未知数であるが、世界の抱える様々な問題をより良き方へ向けてリーダーシップを発揮してもらいたいものだ。

アメリカ国民の選択は予想される日本の総選挙での有権者にも少なからぬ心理的影響を与えるかも知れない。


グルメの国

日中友好のために中国からの技術研修生を受け入れて、代わりに日本から中国語の語学研修生を派遣するという殊勝な仕事に携わっていたことがあった。

その間小生は2泊3日で数回北京を訪れた。
道路をチャリの大群が我が物顔に溢れてた時代である。
飛行場からホテルと天安門広場の前を通って相手の公司を往復するだけで長城も故宮博物館にも残念ながら行っていない。

行く度に盛大な宴席で会食となるが、酒に弱い小生にとってこういう席でのマオタイでの乾杯は苦行である。
10回も乾杯を向けられると意識を保つのがやっとで、せっかくの料理もトイレでもどしてしまうことも度々であった。

日本からの中国語の研修生の成果を見るために高官に随行したこともあった。
中国語の分からない高官は研修生の成果を見るのに自分の挨拶のスピーチを研修生に通訳させて、自分が喋った日本語の時間と中国語での通訳の時間で判断したり、冗談を云って通訳で中国人が笑うかどうかなどで○×を決めていた。

ある研修生は高官が喋った時間分の通訳をして、いよいよ冗談となった。
中国人は皆大声でゲラゲラ笑って無事合格である。
小生には高官の冗談は面白くもないものだったのにどうして中国人にあんなに受けたのか不思議だった。
後で中国人の通詞が「彼は通訳する時にこれから冗談を云いますから皆さん大声で笑って下さいと云ったのだ」と小生にこっそり教えてくれた。

中国はグルメの国である。
空を飛んでるのは飛行機以外は全て、二本足の物は下駄以外は全て、四本足の物は椅子と机以外は全て食べると云う。
中国の街で犬や猫は見かけないがウロチョロしてて全部食べられてしまうからだろう。

竜虎料理が名物とか。
竜とはヘビ、虎とは猫らしい。

最大のもてなしは生きた猿の脳みそだとか。
嘘か本当かは知らないが檻の中にいる猿から好みの猿を指定すると食事のテーブルの上にその猿が出てきて、その猿の頭をガッンとぶん殴ると怒った猿の血が頭に上ったところを頭をスパッと切って脳みそを食べるとか・・・
幸い小生は自分に似た猿の脳みそなど食べさせられる目には遭わずに済んだが・・・

ある時小生は広州でのあるセミナーで品質管理の講演を依頼されて香港から広州へ行った。
2時間ほど(小生は1時間、通訳1時間)適当に喋って質問は一切受け付けず無事講演も終えた後、中国の人が3日間あちこち案内してくれた。

その案内人はなかなかのグルメで熊の手とかスッポン、米しか食べないすずめなどの珍味を食べた。
小生はヘビだけは食べたくないと思っていたが、案内人が「皆さんは昨夜ヘビを食べた」と云った。
スープに入ってた肉はヘビだったそうな・・・ゲゲッ。。。

その案内人は動物に詳しいので聞いたら動物愛護協会の役員してるとのこと。
彼の論理では「生物は人間に食べてもらうために生きているのだから美味しく食べてあげなければならない。ただ殺す時に残虐な殺し方をするのは動物愛護に反する」と。
良く理解できないがさすがグルメの国だ。

帰りは香港で本国の香港諜報員の案内で上海蟹をたらふく食べたが美味しかった。
中国は北京と南では言葉も料理の味も違うが小生には広東の方が合っているようだ。

小生的にはあの国にはもう行きたいとは思わない。
中華料理は日本で食べる方が安心だ。

買い物下見

買い物の下見にトルコへ行った。

お目当ての買い物は工場で、数人の専門家と一緒にイスタンブール、アンカラ、イズミールの近辺の工場を下見して回った。

トルコの人々は大変親日的である。
何よりも日本が日露戦争でトルコを苛めてきた宿敵ロシアをやっつけたことで日本を尊敬してるらしい。
それよりも話によると明治時代に日本人が和歌山県の沖で難破したトルコの船の救助にあたったことがトルコの学校の教科書に書かれていてそのことを皆知っているからだとか。

トルコ語も文法的に日本語に似てるらしい。

トルコの料理はオリーブを使ったものが多く小生の口には合わなかった。

トルコはボスポラス海峡を挟んでヨーロッパとアジアの接点であることに加えて、歴史的にキリスト教とイスラム教が重なり合ってきたので文化的にも興味深いものがある。
博物館にも日本や中国の古い陶器があったり、イスラム教のモスクもかってはキリスト教の教会だったり。

トルコの首都はアンカラだが、やはりトルコと云えばオスマン帝国のあったイスタンブールである。
オスマン帝国の遺跡やハーレムの跡など見所も多い。
オスマン帝国が征服した国々から持ち帰った様々な物もある。

トルコ人はその容姿は様々で特に女性は美人も多く、金髪で色白でヨーロッパの女性かと思う女性も見かける。
これも戦争で各国の美女を連れて来たからだろう。

オスマン帝国は戦争ばかりして戦利品で富を築いていたみたいで、近くの国を征服して遠方に戦争に行くようになって戦利品の調達コストが高くなってきて滅びたのではないかと思う。

ヨーロッパとアジアを結ぶボスポラス橋は日本の技術で造ったらしいが、この橋からの眺めは素晴らしい。
眼下に見える小さな島がウシュクダラとか。

トルコの国内便は自由席で、満杯で席が無くて立ったままの人もいた。
チェックインした手荷物は飛行機に乗る前にタラップのところに並べてあって搭乗する時に自分の荷物を指差すとその手荷物を中に入れてくれる。
誰も指差さずに残っている手荷物には時限爆弾が入ってるのだろう。

さて、買い物は小生はイスタンブールの工場が気に入ったので本国で報告したが、モタモタしてたので他所に買われてしまった。

結局、小生のトルコでの買い物は最後のイズミールで買った大きなペルシャ絨毯だった。

バイバイ。

イラクその後

戦争が起きてはもう無理である。
だがイラクはこのプロジェクトは戦争でも続行すると云う。

日本としては技術仕様ドキュメントを郵送して契約解除することを申し入れた。
イラクは完成したドキュメントを持って来ればこれまでの対価を払ってそれ以降の契約の解除に応じると云う。

財務担当は対価をもらわないと困ると云い、法務担当は契約をきちんとしておかないと後で面倒なことにもなりかねないからイラクに派遣すべきだと云うが、自分達は行く気は全くない。

ヤバそうなので小生は不整脈で自宅で安静にすることにした。
担当の高官が商社の人と行くことになったと聞いて安心して出勤した。
商社の情報では今のところはバクダッドは普段と変わりないそうだ。

ところが、商社は受注側なので発注者の席には同席できないとのことで、バクダッドには行くが交渉には同席できないということで、小生を高官に随行させると云う。
とんでもない! 小生でなくてもあいつがいるではないか!

ところがそいつは不整脈とかで休んだままだそうだ。
不整脈だなんて仮病に決まってる! 小生も仮病だったのだから。

バクダッド空港は閉鎖されて民間機の乗り入れはできなく、バクダッドへはアンマンからのルートしかなく、イラクの日本人も国外へ退去している。
旅行保険も効かない。

爆撃されるかも知れない。
盗賊に襲われるかも知れない。
人質にされるかも知れない。

無責任な連中は万が一の事があれば社葬にしてやるとか、香典ははずんでやるとか、昔2ヶ月もサボッて皆に迷惑掛けた償いと思えとか・・・

イラクに行くなら離婚すると云うカミさんを離婚したら小生が死んでもお金もらえないよと説得して・・

一流料亭での盛大な壮行会に送られて、高官と商社の人と小生の3人でアンマンからタクシーで荒地の中を1日走ってバクダッドへ。
万が一車が故障した時のために2台に分乗した。
タクシーには食料と水と盗賊に襲われた時の命代を積んで。

バクダッドに向かう車はなかったが、バクダッドからアンマンに向かう車とは行き会って、途中の町の警備も厳しく盗賊には襲われる心配はなかった。

バクダッドの市内は至るところに装甲車みたいな車や武装兵士が警戒していたが街の中は平穏だった。
交渉を素早く終えて、またタクシー2台でアンマンへ引き返して無事に帰国した。

契約も解除になりこれまでの対価も入金確認された。

その後のイラクを思うと、もしあのままイ・イ戦争がなく工場が稼動するまで小生を含め十数人の技術者が駐在していたらどうなっていただろう。

最近のイラク情勢を見ながら25年前にイラクで出会ったイラクの人達はどうしているだろうかと思う。

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