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先ずは、日本と西欧の民主主義の違い

欧米は、思想として民主主義を見出だしたが
日本は、慣習として民主主義を利用してきた

欧米は、全ての国民が多数決に参加することを是としたが
日本は、役割分担の中で専門家による多数決を是としてきた

欧米の民主主義は、参加資格に 知識も理解 も求めないが
日本の民主主義は、参加資格に 知識と理解 を求めた

欧米の民主主義は、各閣議決定で 構造と機能 を重視しないが
日本の民主主義は、各閣議決定が 構造と機能 に基づいていた

欧米の民主主義は、他の要素を抑制し 多数決 に重きを置いた
日本の民主主義は、他の要素も利用し 多数決 も最終手段に過 ぎなかった

大方、此のような違いがあります。



さて、アカの民主主義とはいったいどういうことなのか?



それは、マイノリティー(極々少数意見)が勝つ民主主義なんですね。
何故にマイノリティーが勝つのでしょうか?
民主主義は、多数決を絶対としますから 極々少数意見など聞き入れられるはずがないのです。
アカの民主主義は、不可思議な民主主義なんですね。

ところが、西欧の民主主義の研究では 75%を超えて80%以上の賛成多数であるとき 正しいのは 少数意見の方であることが往々にしてあることがわかっているのです。
何故にそうなるのかは、民主主義の比較でご理解頂けるかと思います。

アカの民主主義は、それを逆手に取って プロパガンダを用いて強引に誘導するのです。
人権、差別、平等、偏見、自由、命、の何れかを持ち出せば大体OKです。

例えば、「同性愛」などは勝手に同性愛を楽しんでいたらいいんです。 結婚したとて、子供は埋めないのですからその代で途絶える運命ですし、その後財産を継承させる こともできないのですから、婚姻や遺産相続に関しては、完全に法外にあるのです。
勝手に同性愛を全うしていればいいものを「結婚できないのは差別!」「人権侵害!」「平等に扱え !」「偏見は赦せない!」ですな。

元々、法外にあるのですから 放っておいた方が自由なんですが、彼らはなぜか法を欲しがるのです 。
法を制定しますと、今度は「自由がない!」「束縛するな!」となっていくことは想像に難くありません。
何故なら、西欧の法は規制法へ向かう様に出来ているからです。

つまり、彼らの大勢は単に我が儘なだけなんです。
その我が儘が何をもたらすかを理解できないのです。
一部の極左が破壊工作として利用しているです。
そのアカの民主主義が今 日本でも蔓延しているのです。




外国人参政権

各自治体で次々条例が制定されている「外国人住民投票権」は投票することが選挙であるにも拘わらず、地方参政権とは仕組みも投票対象も違うとの「理由」をつけて、投票権を外国人に与えるだ けでなく、社会的責任を負わない未成年にまで与えるに至っています。

日本の有権者でこれを指示している者がどれ程おりましょうか。
それこそ、住民投票で決めたらいいのです。
それを、議会での強行決議に持ち込むのです。 そりゃあもう、民主党陣営が多い昨今ではそれでなんぼでも決定できますわな。

極左の連中は、充分に承知しているのですがそもそも破壊を目論んでいますから、手段を選びませ ん。
マイノリティーを弱者や被差別者に仕立てては、それを繰り返す訳です。
その内に、大衆は訳がわからなくなり 愚衆と化してしまうのでしょう。

被差別部落に在日にアイヌに男女に障害者に同性愛者に沖縄に福島にエイズに癩病にエレファント マンに奇形に原爆症にとにかく 弱者に仕立てては 擁護に回り 声を荒げ 武力行使も辞さない構えで のぞんで 嫌がらせを繰り返し 捏造し と 何十年が何百年でも破壊工作として アカの民主主義を利用 しているのです。

つまり、アカの民主主義の性格を理解しなければ 亦 西欧の民主主義の性格を理解しなければ 真の 民主主義を理解することができないのです。

日本は、役割分担の民主主義で 確り解っている者同士が寄り合い 話し合い 最後まで意見が別れて 決着の着かない場合に多数決で決着を着けていましたから、不都合があれば やはりそぐわぬと判断 して破棄することも容易だったのです。

現在之日本の民主主義は、わからぬ者と破壊を目論む者による民主主義ですので、そぐわぬとなっ ても何が原因なのかが理解されません。
そのもの自体に問題があるとは先ず気付かない方が多いのです。

後は、どんどん法を被せていくだけのお粗末さ。

BY柳虫
教育の目的が恣意的に捻じ曲げられています。 そして、教育の目的を見失っている者がいます。

教育の本質は

法(慣習・慣例・ルール)
道徳(モラル・マナー)
言語(敬語・文法・識字)
その他社会生活に必要な 知識 教養 知恵 等々

物事の本質的な部分にスポットを当てた教育がなされているのかどうか が 日本の教育の問題点と して核心部分ではないでしょうか?

歴史は、国家の成立は年代と神武天皇の名前を覚えるだけで 神武天皇の詔勅 勅令 勅語 などは 置き 去りにされています。 神代の内容も 単に 伊邪那岐命と伊邪那彌命が棒で掻き混ぜて 落ちた滴が島になり云々 だけであり 盛り込まれている法 には言及されません。

公民に至っても、各々が 相互に関連しているということが解りづらく 個々各々の単語と意味を覚え るだけ。意味も内容に拠っては捻じ曲げられていることもしばしばだが、気付かずに教える教員も います。

連続性がなく、断続的であり、年譜 名称 単語を覚えるだけです。

国語は、漢字の読み書き 文法 単語 の記憶だけが求められ 意味は教えても意味合いは教えない。 また、幾つか盛り込まれている意味も全てを教えようとしない。 教える者の主観が優先されています。 敬語には 尊敬語 謙譲語 丁寧語 とありますが、立場により使い分けられないばかりか、尊敬語を知 らない者が大勢を占めています。

道徳は、もはや終わっています。 差別と平等が全くの対義語として扱われています。 権利と義務・責任が、全く別個に語られます。 自由と自己責任が、全く別個に語られます。 国家と国民が全く敵対するかのように教えられます。 民主主義が如何なる性質のものであるかを理解している教員が極限られています。 法を理解している教員がおりません。

どうしたら解決できるか。

修身教育の復活が一つ
記紀の中から「当然」と「慣例」を教えることが一つ
皇室の正統性を正しく教えることが一つ
勅語を教えることが一つ
抽象的な言語の意味合いを正しく教えることが一つ

数学は、最低限の計算と応用 理論 を修得することが目的であることを理解して、より高度な学習 は得手不得手の個人差を認めること。
理科も、数学と同様。
その上で ある学年以上は斉一的な評価とせず 特長を伸ばす指標とすること。
その他学科も基本的に同様。

見掛けの評価ではなく 中身の評価に重きを置くこと。






日本の問題は多岐にわたりますが、偏に「言葉」と「観念」に問題があるのではないでしょうかね 。

憲法問題然り
皇室典範問題然り
主権問題然り
差別問題然り
人権問題然り
自由問題然り
教育問題然り
防衛問題然り
外交問題然り

あらゆる問題が「言葉」と「観念」の崩壊に収斂されます。

経済 にも弱いようですね。

つまり、「理屈」に弱いと言えそうですね。

皆、屁理屈は得意のようですが。





例えば、友達の家に呼ばれて 「自由にしといで」と言われても 自由 の範囲があるものです。 勝手に冷蔵庫を開けて 自由 に取り出して飲み食いしてもいいと言うとるわけではありません。

例えば、囚人が刑期を終えて「自由になった」という時と 脱走して「自由になった」という時とで は 意味合いが違います。

例えば、「法の下の自由」というのは 対象者の限定と自由の範囲が 当然 込められています。

例えば、自由奔放 という時の 自由 には範囲の括りはありません。
治外法権 での 自由 にも法の外での自由でありますから 範囲に括りはありません。
しかしながら、ニュアンスは全く違います。

人権なんかは 何が人権なのかさっぱりわからないことになっていますし そもそも 基本的人権 なんてのは 生きる権利 ですからな。
こんな妙な言葉が何故存在するのかも 意味不明 なんですねよね。
飲食店で飲食の権利と対価を払う義務 という様にた総体的な説明なら分かりやすいのですが、生きる権利に総体的に発生する対価など何に求めるのか?対立概念が存在しないのです。
育ちの権利や睡眠の権利 なども同様ですが、これが基本的人権 とするなら 人権侵害無しにはこの 世に生存を許されなくなるのですから、いったいどちらが侵害しているのか もはや この言葉自体 が人権を脅かしているとしか言えなくなるわけです。

平等という言葉もご存知 均すところを履き違えて教えてしまっています。
差別もご存知 の 通りです。
差別無き世に平等は無し 平等無き世に差別無し
差別則ち平等 平等則ち差別
と、教えなければならぬを 差別無き世に平等が有り と教えているのですから、延々と 差別問題が 無くならないのです。

これらは、法 内政 外交 の 全てに影響を及ぼします。
交渉が弱いのも これらが理解されていないことにも因ります。

根本的な見直しは、言葉と観念 そして 理屈 によるのではないかとする所以です。
あらゆる矛盾を解消せしめるのは これらの教育からではないでしょうかね。

この訳の解らない世にあって子供らに「自分で考えて」というのですから、無責任にも程があると いうものです。
教育者自らが、説明をようせんだけなんです。
一部は、それを諮意的に誘導しているのですがね。

BY柳虫

道義国家日本再生

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霊峰「富士山」


道義とは、国語辞書において人のふみ行うべき正しい道。道理をいいます。
また、道義心とは、道義を大切にする心。道徳心をいいます。
かって我国は世界に誇れる「道義国家」でした。
しかしながら、3月11日
東京都千代田区の国立劇場で行われた東日本大震災1周年追悼式典で、昨年震災発生後、一早く支援を表明し、多額の義援金をいただいた真の友人「台湾」に道義を欠き、非礼な事態となりました。
これが、
「道義国家」と世界から賞賛された我国の姿でしょうか? 誠に情けない限りです。

「歴史と伝統文化を否定すれば、その民族と国家は滅びてしまう」。このことは世界の多くの歴史が教えてくれています。
 我国は先の大東亜戦争での敗戦後、占領軍による「日本人の骨抜き政策」や「洗脳教育」により国民意識なき国民、国家観なき政府が誕生し今日に至っています。

崇高な精神、天皇陛下の下に一致団結する「奉公の精神」を恐れた、占領軍による骨抜き政策とコミンテルンの策略が残念ながら、ものの見事に成功し、今日なお「日本人の心」を蝕んでいるということであります。
 しかし、これを覆すには占領軍やコミンテルンのしたたかさを我々も学び、ピンチをチャンスにしていかなければなりません。共産党の国会議員であった志賀義雄は、「日本には武力革命はふさわしくない、武力革命の代わりに教科書で子供たちの考え方を社会主義的に変えてしまえば、やがてその子供たちが大人となり、社会のリーダーになった時、日本は自然と社会主義化される」と、その計画を実行しました。彼らのシンパが教科書を執筆し、邪悪な日教組に洗脳された純真でまじめな教師が熱心に教育をしました。その成果として、今日、「国家観なき日本人」、「志の欠如した日本人」が大量に排出されることになりました。
残念ながら、この世代が現在、国の中核を為している世代なのです。
 多くの
社会主義が崩壊しました。
ソビエトが崩壊した時に、ゴルバチョフがジャーナリストに語った言葉に、「社会主義が成功した国が一カ国ある、それは日本だ」があります。この言葉は今日の日本の姿を如実に物語っています。



イメージ 2



上図をご覧いただければお解りいただけますが、日本人としての誇りを持っている人の割合が著しく低いのが実情です。
安倍政権時に改正された教育基本法を成立させた保守系の議員が、「愛国心」、「家族の絆」、「公共の精神」を殆ど取り入れていない教科書を熱心に推薦している姿も見られます。彼らは政治家を忘れて政治屋であり、国家・国民のことより自分の票と組織を意識してポピュリズムにおもねるようになっているのです。
国会議員として、日本人としての気骨があった明治の愛国精神はどこへ行ってしまったのかと、保守政党を支持してきた者としては残念です。


教育基本法が改正されたのにも拘らず、それを無視した教科書が検定に合格し、採択されている現実の裏には、採択に関わる教育委員の方々の多くは、教科書採択の重要性を、一部の熱心な識者を除き理解していないことが有るということです。
また国旗・国歌法が制定されたにも拘わらず、それに従わない一部の心無い教職者・・・
国家あってこそ会社経営の安定があり、家庭生活の安定が確保されているのですが、有力な国際企業が労働組合を経由して、左翼陣営に資金も票も流しています。国家の存続と繁栄を目指す組織には賛同も資金も出ては来ないのです。ですから国家観並びに国益なき会社経営が行われています。
 自分の会社の眼の前の利益追求を優先しているので、中国、韓国、その他の諸外国へ、国益を無視した技術移転が行われています。

民族としての誇りを持たせるための歴史教育は大切です。歴史というのは祖先の生き様のことであり、文化であり、歴史教育とはそれを子供たちに伝えることです。愛国心と民族愛を持った教師、教科書を育成して、誇り高き日本人の再生を急がなければなりません。
 しかしながら、国家と国民の在り方を明確に記した歴史と公民の教科書が無視されているのが現状です。私たちは深く反省しなくてはならないのです。私たちを取り巻く社会環境が、赤く染まり始め着々と社会主義化され、お国柄、祖先の生き様さえも否定しているのです。このような憂慮される事態に対し、国家の指導者たちは深く認識してはいないのが現状であり、現政権は国を亡国に導く意図を明確にしています。だから国会でもあの様な場当たり的な答弁を繰り返しているのだと思います。
 我国は一国で一文明、一王朝を成しています。

子供たちに、日本民族の「いのち」を吹き込み「誇り」と「自信」を持たせることが必要です。
 日本の伝統文化を正しく伝え、青少年に夢を与えるために、私たちは、もう一度立ち上がらなければなりません。


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京都御所



余談になりますが、筆者は京都で数年間丁稚奉公をしていました。
当時、師匠が「京都御所は日本の誇り」と仰っていました。
諸外国の国王は、立派な壕(ほり)を廻らせ贅(ぜい)の限りを尽くした城郭に住んでいるが、御所は有事に対する城郭でもない・・・
「お国柄が京都御所を見ればわかる」と・・・・




転載元転載元: 美しい国

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