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人権派弁護士が振りかざす「人権」という言葉に対して、
強烈な違和感を覚えていたのは私だけではないと思う。
よく言われているケース1
Aさんは
月に23.5万円分の仕事をしました。会社は保険料と年金で35000円を差し引きました。
給料は20万円です。
そこから源泉徴収として35000円を差し引き、
手取りは16万5000円です。
家賃と公共料金(NHKなど)を支払うと、毎月、ギリギリの生活です。
Bさんは
月に18万円の生活保護をもらって、毎日パチンコに出掛けて行きます。
朝から酒を飲んで、周囲の人間を怒鳴りつけ、
病院に行って精神安定剤をくれよ、と騒ぎたてます。
「Bさんは基本的人権を守られていて素晴らしい」という。
その返す刀で、Aさんのことは「自助努力が足りない」という。
よく言われているケース2
80歳以上の高齢者でも、病院に行ったり食料を買い込むために車の運転をする必要があるという。
その運転のために、児童が死んでしまっても、高齢者の人権を守るためだったから、それは避けようのない事故だったという。
そうだろうか。
長生き出来ることは素晴らしい事。祝うべき事。だった筈なのに、
長生きした事で、その者が生きながらえた事で、希望あふれる未来を奪われる子供がいる。それは仕方のない事だという。
皆に考えて欲しいケース
貧しい国があったとする。例えば、国民の多くが栄養のない薄い粥しか食べられない様な国。
その国で、栄養失調で次々と子供、若者が死んでいく。
人権派弁護士が1人の貧しい者を見つけ、その者だけに手厚い施しを与える。
その1人は綺麗な洋服を着て、清潔な家に住み、栄養価の高い食事ができる様になった。
この人物の人権は守られた。
・・・どうだろうか。
「人権」は、必ずしも最優先しなければならないものだろうか?本当に「人命」よりも優先されるべきものなのだろうか?
高度成長期、日本には余裕があった。
全ての人を豊かにしても、不足しないだけの資金力があった。誰か、出遅れた1人、貧しい者がいれば、みんなで助けて一緒に人間らしい生活を目指すことが出来た。
しかし、皆が貧しくなって来て、(この自覚が日本人には足りない。諸外国と初任給と比べてみて欲しい)誰かを過分に助ければ、1人を助ければ、50人の人権を奪う、そんな時代になった。間も無く、1人を助ければ30人が犠牲になる、そんな状態になる。
「人権派弁護士」は声の大きな、貧しい者を救うに過ぎない。
「助けて!」と叫び、役所に申請に行く人間、弁護士、議員のところに駆け込む人間しか助けない。
その1人を助けたことにより、その1人を養うためのお金は、
他の50人の市民・・・「助けて!」と声を上げることを恥だと思ってしまう、気の小さな人間達・・・その人達の「人権」を蹂躙して、差し押さえまでして税金や保険、受信料を巻き上げて、賄っている。
本当に私たちが守るべきなのは「人権」ではなく
「差別のない社会」なのではないだろうか?
例えば、18歳になるまでは車の運転はさせない。
これは、国民全員に与えられる権利が18歳から発生することを意味する。誰もが同じ条件、ここに「差別」はない。
同じ様にして、80歳で免許は失効する。これも全国民同じ条件であれば、「差別」はない。これを「人権問題」にすり替え、あろう事か「ヒトラーみたいだ!」などと、「禁句を言ったな!」みたいな糾弾を行い、議論を辞めさせてしまう。
生活保護にしても、
住む家がなければ、空いている公営住宅に住ませてあげれば良い。いくらでも余っている。
「住みたいところに住む権利がある!」と人権派弁護士は叫ぶが、
過酷な税率の税金を払っている、生活保護を受けていない人間は、
遠くから、これまた過酷な通勤電車に乗って、
毎日会社に通い、働いて、その金を巻き上げられているのだ。
結局、「人権」を叫びすぎるあまり、
叫んでいる人間のみが優遇され、
おとなしく、真面目に、声を上げずに静かに必死に働いている人達が蹂躙されている。
これを「差別」と言わず、なんと言おう。
国民すべてが同じルールに則り、差別のない社会
これを目指すべきではないだろうか。
もし、生活保護を受けないといけなくなった人がいれば、
誰でもその申請を出来る。必要であれば、保護を受けることができる。しかし、
働けるのに働かないという人間に対しては厳しくする。これを人を選ばずにやる。
議員の紹介だからとか、弁護士が脅して来たから生活保護の申請を受け付ける、ではなく、「本当に必要かどうか」を客観的に評価をして受け付ける。職員の意思で拒否をしてはならない。
「人権」を叫び、そのために「不正」も覆い隠してしまっている。
今の情報化社会、ネット社会、洗いざらい透明化して、不正をなくし、差別をなくすべきだと思う。
この国をダメにしている、衰退させているのは
諸々の「思い込み」、何者かに刷り込まれた「常識」だと思う。
「人権」は絶対ではない。「差別のない社会」が大事なのだ。
と・・・皆に気付いて欲しい。
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2016年11月13日
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