武川蔓緒(つる緒)の頁

細胞の8割は昭和でできています。
<当時20代の原節子主演。吉村監督とのタッグは他にも『安城家の舞踏會』等があった。DVD化されている>

父を亡くし天涯孤独となった医大生(原節子)に父の教え子であった代議士(佐分利信)が声をかけ、子供達のいる自宅に住まわせる。妻は肺を病み施設で療養しており……その後の展開は想像がつきましょう。

タイトルほど扇情的なムードは皆無に等しいながら。優等生な原節子が時折見せる、イエスともノーともつかぬ困った風なやや甘えた風な微笑み(色っぽいとも可愛いとも違うんだけど。珍しく女の生臭さがある)をまともに喰らえば、そりゃあ佐分利も堕ちましょう。

しかしそちらよりも私的に白眉だったのは妻役・杉村春子。他では見たことのない病弱な佇まいを顕し(ちょっと痩せてた?)且つ裏切りに牙をむくシーンもしっかりと。

話はわりあい端的で画的な捻りも少ないが、不意にカメラが斜めになったり、暗い中で眼にだけ光がさす場面などにドキリ。

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8月某日

むかしけっこう売れていた男性歌手のコンサートに誘われ観に行く。

いつからなのか知らないが、公演は本番だけではなく、リハーサルから客を入れ見せる、という妙な趣向をしているらしかった。

私たちがホールに来てみるとリハは既にはじまっていたが、ステージ上、左端には、寝台……鉄柵のセミダブルベッドが置かれており、歌手が寝ていた。自身がどこかを病んでいるというのでも、コンサート上の演出というのでもなさげで、ただダルく機嫌の悪さも露に横たわる、という様子だった。そのままでマイクを手にもち歌い、バックバンドの演奏で気に入らないところがあると文句を言った。たまに羽毛布団を蹴りとばし起きあがってはガウン姿を客に見せながらミュージシャン一人一人のそばに寄り楽譜をばしばし叩きながらそこはああだこれは違う、とか説教みたいにまくしたてる。メンバーたちは全員よく似た生気を奪われた奴隷みたいなほそい顔と躯で黙って聞いている。言いたいだけ言い横になっているからか肌の艶々した歌手はまたベッドに帰り布団をかぶる。布団のうごき、ベッドの軋み、歌とおなじに腹から出す彼の文句をずっと離さないマイクが拾う。私たちは2階席から観ていたが、無意味に彼との距離を近しく感じた。

本番の時刻がいよいよ迫るなか、ひとつの曲だけいつまでも完成しきれず難航していた。……が、6度めか7度めかのテイクで、急にすとん、とうまく終った。歌手本人もきょとんとした顔で、あれ、いけたじゃん、と。どうもこれまで聴いた印象では、楽譜を理解していなかったのは実は歌手の方で、バンドの面々が歌手の言うことに合わせて巧みにアレンジを変えていたようだった。
それにまるきり気づいていなさげな歌手はベッドにマイクを放って起き上がり、衣裳に着替えるのか舞台袖の闇に消えた。おおきなホールをけっこう埋めている観客たちは、目当ての人物が出てきていたにもかかわらず騒ぐでもなく、と言っていじらしく見守るでもなく、いつものこと、仕方ない人ね、と肩をすくめる鷹揚な親戚みたいに、それぞれ持ち込みOKのドリンク菓子などを手に歌手とまるで無関係な雑談もしつつ眺めていた。


©️2018TSURUOMUKAWA

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8月某日

今日は結婚詐欺師の噂を聞く。こちらは夢でなく現の話。

女を惑わす……などという言葉からはもっともイメージの遠い、まるで昔話で日々畑を耕したり木を刈ったりしている青年とも中年ともつかぬ人物がくすんだ絵本からくすんだままに出てきた……そんな風体で、しかし現に両手でも数えられない女たちがその毒牙にかけられた。且つ誰ひとり、最後に金を盗られ姿を消すまで、その男から悪意のカケラも感じとれなかったとのこと。

そしてもうひとつ、被害者全員に共通するのは、男との出会い。初めて会ったのは人により概ね年が異なっていたにもかかわらず、必ず真夏の、それも天気雨の日であったという。さらには、雷。あまりにも青くあかるく晴れているため稲光が見えず、地を壊すような音だけが前触れなく響くのが却ってこわく感じられ、歩みをとめ軒下などで動けずにいた、そんな時目前に、昔の人みたいにやや小柄で眼に澱みのない男が濡れた髪もシャツもそのままに、みすぼらしく、しかしどこかしら雄々しく眩しく、立っていた、と。

男は今も捕まっていない。


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<麻見和史の小説『警視庁捜査一課十一係』シリーズからWOWOWで連続ドラマ化されたもの>

主人公の新米刑事(木村文乃)とその母(神野三鈴)以外、メインキャストは男だらけの刑事大会。老いも若きも取り揃え、ダークな猟奇殺人事件がおとした影をそのまま纏うかのようなライティングがとても映える(輝くべき女優さんには不似合いだけれども、例外なく影を負った木村文乃はちょっと少年ぽさも垣間見え愛らしい)。個人的には『水晶〜』で公安のポーカーフェイスな管理官を演じた前川泰之が印象的だった。モデル出身の外見に加えお声がよろしい。チンピラ相手でも丁寧語で尋問する場面とかに鳥肌。
他の役者も、バリエーションありながら「俺だ!」と前のめりなのはおらず、設定においても性根の腐ったキャラとかほぼ出てこず品すら薫る。犯人とかの如何ともしようのなさげなダークサイドでさえ、ほんの僅かな光を与えるところは原作者またはドラマ製作陣の人柄なのか。所謂イヤミスと異なり後味比較的爽やか。

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<スキャンダル捏造で芸能界から追放された元女優の復讐劇。山口紗弥加の意外にも初主演ドラマ>

かなりヘビーな設定と役柄をきっちりこなしている山口に対して、周囲はどこかしら湿度が軽めと言うか、コメディの空気さえも端々に。
このギャップ既視感があると思ったら、かの中森明菜『冷たい月』('98)だ。いずれも読売テレビ製作。まさか当時と同じスタッフはいないだろうが、20年前とのスタンスの変わりなさにはノスタルジーすら覚える。

しかし主人公が総てを喰ってしまった印象の『冷〜』(だからこその名作だったと思うけどねあれは)とは違いこちらは脇役陣も匂いたつ個性で翻弄し返し辛うじてバランスを保っている。復讐譚と考えず燻しのきいたバイプレイヤーたちの饗宴と捉えれば興味深い。個人的にEテレのイメージが強かった片桐仁(週刊誌記者役)とかファブリーズの奥さん等の控えめな印象だった平岩紙(鬼マネージャー役)とかが、ちょっと笑えるぐらいにメーター振り切ってくれていて痛快。途中から変貌する人たち(誰とは言えない)も各々個性が活きていて良かった。

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8月某日

「夢スリ」というのがいると噂に聞く。

誰彼かまわず夢、またはそれに近い精神状態のなかに「夢スリ」は現れ、そこにあるたとえば金品や美味しい食べ物、建物や明媚な景色などもまるごと盗む。「夢スリ」に物理的または心理的なおおきさは関係なく、その指ひとつで、技は一瞬の出来事であると。
「夢スリ」はあらゆる種の技術者や学者、芸術家たちのアイディアなんかも盗んだりするらしい。いずれにせよ目覚めてすぐに夢を忘れる傾向がある人は、盗まれている可能性が高いのだとか。

果たして「夢スリ」が夢の住人なのか、現実世界より侵入する人物なのか、捜査する刑事もいないので知る術もないが。ターゲットとなる対象が実在のものでなく、かつてない新参あるいはカオス、前述の設計図段階のようなアイディアやイメージ等である場合は、もし現実に姿を見せればつよい影響力で世を悪しき方角へと乱すと推測されるもののみを巧みに嗅ぎわけ、盗むと言うよりは没収している、ある種空港ゲートの検査官に近い役目も奴は果たしているのでないか? という説もあると。


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8月某日

十数年ぶりぐらいに、名前も忘れた男性と真昼の地下街でばったり会った。十数年ぶん彼はきっちり老いてはいたが、やたらと豊かで長さもある睫毛はそのままですぐにわかり、声をかけた。
あちらは、気まずさを覚えたか私を根っから忘れているのか困った顔で、さほど混んでもいない道で恰幅のよい躯が人々の往来を妨げないか気にかけているフリ?できょろきょろとしながら去って行った。

彼とは知人に強引に紹介されて出会った。いくつか年上だった彼の方が私を妙に気に入り、週末にはデート、またはこちらの与り知らぬ彼の仲間たちの集まりにも呼んでくれたりしたが、二、三ヶ月ほどで私への熱は流行病だったみたいに態度も肌も冷めてゆき、最後の朝彼の部屋のドアを閉めた瞬間に、鈍い私でも最後だろうと察知した。別れ話もなく連絡は途絶えた。

明瞭な男だったと思うけれど、彼の不似合いに厚く長くおりた天然の睫毛は只でさえちいさな眼をいつも遮光していて、どんなに近づいてもそこに光らしい光は無かった。その有り様は、愉しげな場面においても落ちついた時間にあっても、たとえばその場でいきなり首を絞めてきたりだとか、歩いて高みの窓から身を投げてもなんら不思議でないような、黒のカーテンに隠された何かがある気がしてならなかった。人々の漣からぬっと現れた、図体のわりに気のちいさな魚みたいだった今日においても。


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8月某日

日曜、青天。知人がDJをするイベントに赴く。

会場は密な空間ではなく屋外、それも名は聞いたことのある程度のちいさな、これと言って何もない町で真っ昼間から。

ちょっと幅のある道に布張り屋根のテントを据え、知人はレコードをさほどおおきくはない音で回している。電子音のパーセンテージ高いポップスが未確認飛行物体さながらに寂れた町をめぐっている(テント周囲のみならず、商店街の電信柱や学校、役所等にある連絡用スピーカーから曲は、浸潤してゆくみたいに流れている)。DJはじめ聴きにはるばる訪れた面々、私もふくめ、異星人として見られているかもしれない。時期、時刻にしては涼しさを覚えるのもこのイベントの所為に違いない。見えずして躯に触れ流れゆくものがあるのだ、と今更なことを思う。地元の人間は隠れるか避難したかの如く姿を現さない。子供か老人かちいさな影が時折家の垣根やアパートの端からのぞいては、逃げる。

陽が翳りはじめ、イベントのスタッフからふるまわれた即席ラーメンを皆で啜っていたとき、誰ひとり、病的なポップスマニアですら「知らない」と言う曲が流れだした。DJに問えば、彼は先日ある新人アーティストの楽曲プロデュースを手掛けたのだそうで、これまでの借り物ではなく自身の手ではじめて産んだ曲を、このイベントで披露するのが念願であったと。
演奏のみならず女性による歌声もどこか電子っぽく遊離していて、ますます以てUFOだったけれど。「屋外でかけたかったの。海でも山でもなく、こんなありきたりな町の、あんなどうでもいいようなスピーカーでさ、音を徘徊させたかったの」と彼は今日いちばんの喜悦に満ちた表情を見せ、尖った顎をうすい紫の天に向けた。UFO内に歓声と拍手がおきる。私は麺の湯に浸りきっていない香ばしいところを噛みながらも音を逃すまいと追う。この夏この曲を一生五感で憶えているような気がする。


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来生えつこ・来生たかお姉弟コンビ作詞作曲による現在唯一のシングル曲。
先に阿木燿子や中島みゆきという奇才たちとのタッグ(『愚図』『あばよ』『かもめはかもめ』等々)で名を馳せてしまったが故だろう、他の作家だとちょっと薄味? と思ってしまうところもあるが、この時デビューから10年以上を経ていた研ナオコは、曲にあるいは世間に身構えるような力がぬけたうえ研ぎ澄まされ、もう創り手が誰であろうと逆に包容してしまう、「歌手」だとかいう狭苦しいカテゴリーをも抜け出した陰翳のミューズになっていたと思う。シュールなフランス映画さながらに深更に蒼ざめて(且つ瀟洒に)見せるなどお茶の子である。

この年より以前の彼女のオリジナルアルバムは未だ殆どCD化がされていない。勿体無い限り!

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本人主演の映画『青春ロマンスシート 青草に坐す』主題歌。作曲は映画音楽も手掛けた黛敏郎、作詞は何故か作曲家の木下忠司。

その歌詞の内容もどういう訳か空想のパリが描かれ(映画はドメスティックな青春物と思われるが……)、リュクサンブール〜セーヌ河を経た果てには「見たよな殿御はジェラール・フィリップ」ときたもんだ。黛敏郎のメロと松尾健司アレンジのストリングスは夢想あるいは妄想に拍車をかけ、ひばり16歳による少々場違いな婀娜っぽさと卓越し過ぎた歌唱でどうにも止まらぬ狂い咲き。

ひばりはかしこまった楽曲よりも、こういった遊び心と不条理のまざったナンバー(他にジャズ小唄の名作『車屋さん』だとか)の方が断然好きだ。

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