●Wink“Crescent”(1990)

<88〜96年に活動した女性デュオ。88年に洋楽カバー『愛が止まらない』、89年にオリジナル『淋しい熱帯魚』が大ヒット。
 お人形ぽいルックスと静かなキャラクターが異色のアイドルとして人気を博した>

と、今更説明するまでもない二人。
だが人気だった割に振り返られる機会が少ないように思えるのは何故か。
私は活動当時よりなんだか気になって、今頃はじめて彼女達のオリジナル盤を何枚か入手し聴いているのだけど。

Wink楽曲のパブリックイメージと言えば、
「短調で綴る悲恋(主に道ならぬ恋愛)」「人形的パフォーマンス」「線のほそい歌声とハイなユーロビートとの不思議なバランス」
になるだろうか。私も代表的なシングルしか知らない頃はそう思っていた。

だがアルバムを開いてみると案外、そこまで徹底して、例えば明菜や小林麻美ほどの
統一感や孤高のアーティストを目指していた訳でもなかったのだと判る。
初期の素朴なアイドル時代を思わせる曲もあれば長調で明朗活発な曲もあるし、
洋楽ヒットにまるきり疎い私でも「あ、アレか」と判るベタな曲をカバーしてもきたり。
アルバム毎に数曲入る鈴木・相田各々のソロ曲もまた、時を経るほど主体性を見せてくる。

アルバムにアンケート葉書が入っていたのを見て、「こんなの本当に参考にする?」と疑っていたが、
スタッフ陣はライトなリスナーから固定ファン、更に一見受け身に映るWink二人の志向まで、総てを受けとめようとしていたのでないか?と想像する。
オリジナルアルバムは言わば彼等のサービス精神の塊か。
しかしそうなると逆に「全曲好かれるアルバム作り」は難しく散漫な印象になるし、Winkが特にアルバム単位で語られないのはそこに理由があるのかもしれない。
95年夏まで年最低2枚のペースで計17枚(うちミニが1枚、二人のソロも1枚ずつ)、と言うのもちょっと多作過ぎたか?
だが聴いた限りではクオリティを落とすことなくフルコースを作り続けたのだから凄いこと。

……で、そんなアルバム群の中でいちばん気に入っているのがこれ。
12月のリリース、そして三日月というタイトル(crescentは新月も意味するらしい)に概ね相応しい楽曲群、
冬の吐息か幻覚のような唄声からは、ジャケ写のようなモノクロの夜にいる二人が想像される。きっと衣裳はパフスリーブとコルセット、
パニエスカートのソワレ。そして、踊らされている。ドレスのみならず髪や素肌にも雪の結晶をちりばめた「麗人の武装」といった趣で。
宮殿の豪奢なシャンデリアや、数あるブロンズ像や七宝の壷、大理石の柱が轟音とともに崩れゆく中を、顔色ひとつ変えず、踊りつづける……
門倉聡による金属的なアレンジ、シンセならびにエレキギターやベース、ドラム等による「男の武装」たる重低音が暴れ狂う程に、
舞台はつめたく荘厳なムードを湛え、
二人の現代風ゴシックロマンス(ロリータ度は薄め)が不思議と極まってゆくのだ。

全編がそんなムードという訳にはやはり至らないものの、温度は終始保たれていると思う。
たとえ明るめの曲であっても裏にイワクがあるように感じられて趣深い(小林麻美『アンセリウム』をちょっと思い出す)。
二人のソロ曲もアルバムの領域から離れ過ぎず且つ個性を活かしているし洋楽カバーとオリジナルの境目があまり判ら
ないところも良い。
欲を言えばファンタジックな詞を得意とする石川あゆ子にもう何曲か書いてほしかった。

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<'59年デビュー。ムード歌謡を代表する歌手のひとり。
フランク永井等他のボーカルとの共唱楽曲、ソロでのオリジナル、日本の懐メロカバー、そしてジャズ等のスタンダードと、
カテゴリー別にデビューから平成元年のラストレコーディング迄音源が詰め込まれた5枚組ボックス。
ちあきなおみ等多くの歌手の復刻に尽力している合田道人による監修・選曲>

スタンダードを唄ったCDを家で流していたら、松尾和子と知らずに聴いていた家族が
「この人英語の発音凄く綺麗だけど、感性が日本人ね」と言った。

言われると松尾和子の唄声は、概ね洋風の曲を纏っているにも拘わらずどこか和装の麗人を彷彿とさせる。
着物の形や色合わせは勿論のこと、所作にも一切の無駄がなく、
ちょっと扇情的に項とか裾の裏地、帯の豪奢な刺繍なんかをチラリと見せながらも、他者には永劫暴かれぬ秘密をやわらかな微笑みにおさめる、そんな女の趣。

流行歌やジャズ界に於いて古今東西思い出せるだけ出しても、本国でさえそんな風情をもった歌手は彼女とナンシー梅木の二人しか浮かんでこない。
ナンシー梅木は本場のジャズを追い求め20代でさらっと渡米し以後帰らず、「和装の麗人」の魅力も半ば棄ててしまった感があったが、
松尾和子はスタンダードを時おり吹き込みつつも日本の歌手であることを最後まで貫き、唄い方も殆ど変化させなかった
(にしてもこの二人、唄のルーツは何処だったのだろう。生来の気質に初期のドリス・デイあたりがまざったか?)。

業績のみを言えばヒットした曲はデュエットナンバーが多く、つまり一人の流行歌手としてはパンチに欠けるという評価に終ったのかもしれないが、
それでもよくぞ時の波に呑まれず折れず、慎ましく品のある月のような輝きを護りつづけてくださった、と思わず拝みたい気持ちになる。

…さてデビュー曲もラスト曲も吉田正であった彼女、楽曲に関しても思い切った冒険または迷走をしたイメージが無かったのだが、
流石ボックスだけあって初CD化音源も山ほどで、色々と発見があった。

歌謡曲集では、「悲恋にただ受身」というキャラがやはり多くを占めながらそればかりでなく、
ちょっと外れて蓮っ葉に「あたい」なんて口走る『ひとりでねむる夜はいや』だとか、
サディスティックな『魔女』(石浜恒夫・大野正雄というフランク永井『大阪ぐらし』と同じ作家陣!)、なかにし礼作詞『悪魔が出て来て笛を吹く』、
あとナイトクラブ出身なだけあり洋楽寄りの癖あるメロ或いはコードの『宿命』(灰田勝彦作曲)、ナンシー梅木のカバー『その人の名は言えない』、
山下毅雄作曲『恋のムード』『黒い愛』…
等々が、自身の月たる存在感と軌道を頑なに護りながらも、
元来のフィールドに近いなかでちょっと光の色を変え相好を悩ましくゆるめる様子で頗る、魅惑的だった。

その一方、スタンダード集は、録音物においてはレパートリーがそもそも多くはない事もあり目新しいものが乏しかったのだ、が。
これの為にボックスを入手したと言っても過言でない、彼女が生まれて初めて覚えたジャズ曲から、フランク永井にスカウトされるきっかけとなった曲迄を
繋げた8分間のメドレー(It's Been A Long, Long Time〜ジャニー・ギター〜人の気も知らないで〜メランコリー)、昭和63年録音のものだがこれが何とも、圧巻。
デビューから凡そ30年、その間にあらわした魅力を少しも損なわず寧ろ凝縮し、曲への思い入れゆえか
前田憲男の編曲や録音の良さゆえか、それ迄見え辛かった機微をも立体的に、金駒刺繍か流星群の如くちりばめられながら、肌触りある夢みたいに過ぎていった。
満足感とともに、一度は生のステージに、それも「松尾和子」と知らずふいに出会ってみたかった…と叶いもせぬ希望をぽつり呟く。

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<『翼をください』でお馴染みのフォークグループ・赤い鳥の解散後、メンバーだった女性一人男性二人(山本潤子・山本俊彦・大川茂)で組まれた
 ニューミュージック主体のコーラスグループ。『卒業写真』『フィーリング』等>

74〜94年まで長期に続いたグループの歴史のなかでスポットを浴びるのは、
ユーミンや村井邦彦、さらにはなかにし礼や服部克久、田辺信一といった陣営による、
当時最先端のニューミュージックと旧き良きシャンソン魂の入った歌謡曲との異色の融合が見事なまでに成功した70年代に絞られがちではある。
私も後期(CBSソニー時代)の曲はちょろっと聴いた程度だったが、恋愛を唄い
ながらも「そんな事もあったわねぇ」と
テラスで紅茶など飲みふりかえる有閑ミドルみたいな居住まいが、やや物足りなくはあった。
若い時分から洗練と落ち着きが見えたグ
ループだけに、本気で落ち着かれると困るというか。

しかし。
たまたま出会ったこのアルバム、1曲目から押し倒された。
ある種、往年よりも毒気と色気があって、エッジーで、絢爛。こんなのを創っていたとは。

題のジブラルタルのみならず、ヨーロッパ各地を、一分の隙もないオートクチュールで装いながら、
危うい享楽のみに耽溺し堕落しながら、巡ってゆく……まるで完璧な美をもつ神の背徳的または猟奇的な色恋を描いた風な……
ハイファイがもつ清潔感を巧みに利用した、ナチュラルに共存する高尚と低俗。暢気に紅茶を啜ってなどいなかったのだ。

外部の参加メンバーも杉真理、新川博、楠瀬誠志郎、西本明……とこれまたどちらかと言えば涼風のようなイメージの面々ながら、
初手から悪戯心たっぷりにエッジを研ぎ澄ませ、痛快に裏切ってくれる。殊に前半での暴れっぷりは耳に快楽物質が流
れて溢れて止まらない
(本当のところこのアルバム元PSY・Sの松浦雅也が参加しているから買ったのだけど、
 蓋を開いたら彼を格別に意識することなく盤を聴き終えていたのだった)。
潤子さんのいつもは聖母像の如く崩れないボーカルでさえ、ここでは時折ちょっと着崩して蓮っ葉さを見せているし……みんな、化ける。

1曲もタイアップとか無かったようだし、まるで世間から身をひそめマスカレードで遊ぶかのような盤。

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土曜の夜は京都のカフェバー天Qへ。
ウエムラさんの出られる『レディースナイト』という…文字通り女性アーティスト限定のイベントだったのですが、
御厚意賜り私ちょっと唄わせて戴きました。かなり終盤でふいに現れて変な空気にした気がしますが(汗)温かく観てくださり有難うございました。

イベントはポップス、クラシック、ブルース、歌謡曲等ジャンル豊富。お店のどこか昭和モダンなムードと調和して、新鮮で、和やか。
そう言えば欧米から色んな音楽が怒涛の如く溢れ始めた時代って、日本人がそのまま純粋に演奏するのは勿論だけど
一方で日本のオリジナリティーもすぐさま形にしていた(詞を和訳するとか声楽家が日本調歌うとか芸者がブギ歌うとか)訳で。
その頃のさぞワクワクしていたろう聴衆と、土曜の私のワクワクはちょっと似ていたのでないか? という気がしました。

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「私の為 パパやママが 泣くのね」

こんな詞を平山みきが唄っていたとは、思いもしなかった。

70年のデビューから73年迄、コロムビア在籍時代の筒美京平作曲(当時はアレンジも手掛けていた)・橋本淳作詞のナンバーを集めた盤。
ほぼ時系列で曲が並べられているが。

デビューの『ビューティフル・ヨコハマ』にして既に、港町の夜と朝の享楽、触れれば切れそうな人間模様に溺れ疲弊した
それこそある種ビューティフルなデカダンスを見事な迄にあらわし、
続く代表曲『真夏の出来事』は一見するとありがちな若い恋の終りのようで、
その実髪を「黒く染め」て足を洗った女の、不倫か何か知れぬ過ちを犯した物語なのでないか…と想起させる。

それ以後の曲を殆ど聴いていなかったので、一体どこ迄めくるめくかと思っていたらば。

…これが、如何なる趣旨か、真逆に瑞々しくなっていったのである。まだ「清純派アイドル」というのも数少なかった70年代初頭、
二十歳もそこらの若手歌手達は概ね丈に合わぬ大人の艶っぽさを身に纏い唄っていた訳だが(近い年頃では奥村チヨ、由紀さおり、黛ジュン等)。
平山みきはハマのデカダンスを体現した風な声をそのままに、二十歳そこらの小娘へと還ってゆく。
それは天地真理とか岡崎友紀みたいな「清純」では無論なくて、フランス・ギャルあたりの音・言葉の合わさった世界観と匂いが似た娘の肖像。
訳もなく暴れもすれば誰とも口を聞かなくなったりもする、ひたむきで、投げ遣りで、お洒落で、だらしなく、甘さと毒のある、四十八癖もちながら
すべてを当事者のくせに俯瞰で冷静に見ている娘だ
(この時期のシングルジャケ写も意外性あって趣深い。『月曜日は泣かない』とか好き)。

…そんな路線が2年は続き。大衆受けはしなかったのだろうか、コロムビア期最後のシングル『恋のダウン・タウン』からはまた彼女は夜の街へ
敢えて蓮っ葉に見える振る舞いと、その裏にある凛とした強さと陰翳ある色香を身につけ戻ってゆく。
当人達がどういう思いだったかはわからないが、興味深い変遷である
(移籍後も、筒美から離れて以降も新たな境地を開拓し続けていたようだが…それはまたおいおい)。

ときに『私の場合は…』の「場合」を「ばわい」と唄うのがなんだか格好いい。無論彼女だからだけど。でも真似したい。

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昔から好きではいたのにオリジナル盤を聴くのは今日これが初めてだった。
8枚目のアルバム。アレンジは全曲井上鑑。

あの頃の井上鑑と言えば寺尾聰"Reflections"を思い起こすけれど、あちらは歌詞がどうあっても日暮れ以降の刻を感じさせる(個人の感想です)のに対し、
南佳孝はどうあってもそれよりは早い時間。しかも季節が絶対に夏(個人の感想…でもないか?)。
初夏や盛夏の倒れそうなほど熱いけれどクリーミーで酔いしれる日差し、あるいは晩夏の、己まで一緒に消えてしまいそうな翳り時。

描かれるのが海辺でまたはベッドではしゃいでいる場面だったとしても既に何かを失う或いは終えていて、
でもそれをカッコつけて、またはゾッとするほど冷酷に、達観している夏の男や女の心象風景は、
感情移入出来そうでいて、いくら背伸びしても届かず拒絶される遠くの国であるような…
聴き終えるとカタルシス的なものと共に、ちょっとだけ小憎らしくて「ちっ」と思う
(ミュージシャンも作詞家も皆当時せいぜい30そこらだったのが恐ろしいのだけれど)。
それはたとえば「AOR+ブラジル音楽」みたいな単純な数式から成り立つものでなくて、
南佳孝(と仲間達)だからこそ出てくる口惜しさと小気味よさのまじった「ちっ」なのだ。

音作りは、当時の特徴的なシンセを全体に配していながらも前のめりにはならず、生楽器の遊びも随所にあってすべてが同質で浸透している。
『素足の女』のマリンバは誰が弾いてるのかと見たらバンドメンバー6人全員が触ってるらしい。どんな録音法?(笑)
beraphonとかgundale cantilanという、検索しても出て来ないどうもアジアかアフリカとおぼしき木琴や鐘みたいな楽器が奏でられた曲もあり。
アルバム曲はシングルのなりそこないでは決してなくシングルで出来ない冒険なのだと夏のプロフェッショナル(それとも冒険王?)が教える。

作詞は来生えつこが4曲、松本隆と南本人が共に2曲、小林和子と田口俊が1曲ずつ。
どの詞も「悟った風な男性像」か「男が見つめる女性像」というのは共通しているけれど、
男の書き手は強がりながらもややセンチメンタル寄りで、どちらかと言えば女性陣の方がクールな切れ味を楽しんでいる印象なのが面白い。

ジャケットのイラストは奥村靫正。

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昨年のデビュー30周年記念ライヴツアーから16曲を収録。

うち半分ぐらいは最も新しい音楽パートナーの菅原弘明と組んだもの、
他は種ともこがアコースティック志向に進む上でのキーパーソンであった柳沢二三男、
さらには溝口肇のチェロ、そして初期のプロデューサーであった武部聡志の生ピアノとのタッグも拝める。
選曲も1stから最新作まで満遍なくタイムドライバーしており(『タイムドライバーは仮免』って名曲がありまして。ここには入ってないけど)…

普通ならアルバムとしては詰めすぎで破綻しそうだが、ほぼ生楽器だし何より種ともこ自身が驚くほど変わっていない
(ファルセットをあまり使わなくなった、とは感じたが)ので、
私が彼女の新譜を聴くのは実に20年ぶりぐらいだったが齟齬もなく、あれ昨日聴いたっけ? とこっちの時空が狂わされる。

彼女の作風…「グローバル」「エキゾチック」「極私的なドン底失恋物語」「S気質の女性像(これを音楽で描く人ってなかなかいない)」
「寓話的」「ノスタルジック」…どの側面においても懐かしく、そして瑞々しい。

…と、ここまで書いておいて何だけど。
CDに付属した500頁弱の本、本当はこっちがメインかと思うぐらいすごくって(見た目もどっしりした本にCDが小判鮫みたくくっついた形)。
本人のエッセイ・出生から現在までを語る超ロングインタビュー・武部聡志や周防正行との対談・年譜等が収められているが、
殊にインタビュー、赤裸々ぶりも結構なもんなんだけど、種ともこは曲作りのみならずプロデュースやアレンジをこなし
大手レコード会社・事務所でスタート→完全に独立という業界での経歴もあるが故か、
「えっ、そんな人やあんな人とも関わりが?」「この時にはそんな事が」
と驚く裏事情が多々。
もはや種ともこの棲み処に留まらぬ、80年代以降の日本ポップス史が綴られたとも言っても過言でない名著だ。

プロ(技術だけでなくそれで食べていくという意味で)って本人がある種狂気の沙汰を貫かなければ出来ないのか…と読んで感じ入った次第。

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<「ファッションミュージック」というキャッチコピーを纏いつつ、洗練された主に自作の曲と松任谷正隆らのアレンジで、
 メディア露出は極めて少なかった(ライヴは全くしなかったとか?)ながら人気を博した。
 88年活動を停止したが、02年に発売されたベスト盤に於いて1曲新譜を披露しているそう>

リアルタイムでは彼女を全く知らず、つい最近まで「門あさ美? 演歌歌手?」なんて本気でボケていたのだが。
何故一度として耳に引っ掛からなかったのかな、と。
聴けば一過性の「ファッション」で片づけられぬ、結構アグレッシブなコクがある。

このアルバムあたりから音楽性がニューウェーヴ寄りになっていったらしいが、自作のメロディと惣領泰則のアレンジはさして突飛なことはせず、
シックで聴きやすい。が、松原みきを艶っぽくよろめかせた風な?耳にほどよく粘りつく唄声で紡がれる全編本人による言葉遊びが、
恋と享楽をあらゆる国籍とシチュエーションできらきらと着飾り、それこそが何よりニューウェーヴ的なエナジーを発していて、
洗練された楽曲との不可思議なバランス感覚によるコーディネートが興味深いのだ。

「え? 今何て言った?」と思い歌詞カードで確かめた単語を挙げてみると、
「夜伽伴侶(よとぎはんりょ)」だとか、「コンレーチェ」(蜂蜜の入ったカフェラテだそう)とか、
「オールマイティーフェミニスト」だとか、「珍妙 奇妙 初めてのウィルス」だとか……

舞台も南国のカジノや、船上パーティー海沿いホテルといった典型的な豪奢さもあれば、
オフィスやカフェ、シネマといった日常に、サイバーや超常現象、幻覚や妄想が絡んだりと、
女性らしい流行の重たい足枷と、反して大気圏をも突き抜ける感性の気儘さが同居する(当時のユーミンに近いと言えば近いか?)。

9曲目の『プリンスとジャンパーとプリンセス』って、読み解きにくい歌詞だけれど、
「スポーツジムで出会った男性(インストラクター?)に恋したが、ある日別の可愛い女が彼のジャンパーを着ていた」という内容だろうか。
シンセのピコピコした音造りがトレーニングの規則正しいリズムと同調し?粘りつく唄が疲弊した体と反して執念深い恋情とで遣る瀬なく喘ぐ……
……否、もしかしたらジムって男の部屋の暗喩なのかしらん。何にしてもすごい曲。

あと本作アレンジの惣領泰則、聞いたことない名だったので調べたら海援隊『贈る言葉』編曲や、アニメ『じゃりん子チエ』テーマも作編曲した人らしい。
芸風がグローバルというか……音楽家は女も男も怖い。

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<85年よりおニャン子クラブ初期メンバーとして活躍し翌年元旦にソロ歌手デビュー。
 本作はオリジナルアルバムとしてはラストとなった4枚目>

鼻にかかった、生まれっぱなしの唄声……とだけ言って終るには勿体無い。
快活な曲になるほど幼児性が顕著になるが、リズムの乗り加減の良さはシンセ音の如く無機質でもあり、かと思えば
時折薄紫の霧みたいに掴み所ない色香を
不意打ちで漂わせもする。即物的なエロでなく、地球ですらないかもしれないどこかの、夜明けの余韻めいた香。

本作の最たる収穫は冒頭の“Deja Vu”だっ
たのではなかろうか。楽曲のクールさはかつてない路線で不似合いかと思いきや、電子音主体の流れ
(ブラス3人は生音だが。打ち込みかと思うほどの一体感が面白い)に声質が馴染むのは勿論、「薄紫」の魅力が全編に化粧されている……
もしこの線を突き詰めていれば、真鍋ちえみ『不思議・少女』に並ぶぐらいのテクノポップ名盤が生まれていたかも?しれないが……
時期的にも本人サイドにおいてもこれは「ちょっと遊んでみました」程度のものだったか。
本人選曲によるシングル曲の少ないベスト盤にも入っていただけに惜しい。

それはそれとして。アルバムの製作陣および新田の取り扱い方を改めて見ると面白い。
秋元康不在のなか全作詞(うち2曲は新田との共作)を小林和子
(ときにおニャン子出の歌手は秋元以外の男性作詞家と組んではいけない規範でもあったの?
 工藤静香と渡辺満里奈以外でほとんど見た覚えがないが)、
全作曲を和泉常寛が手がけ、反して編曲は総勢5人と変化をつける。中村哲、小林信吾、山川恵津子、
と、意外や意外萩田光雄(他でおニャン子と関わりあったっけ?)の名も。
そして最も驚くべきはオーケストラを従えた宮川晶。後の宮川彬良(NHK『ゆうがたクインテット』等で顔もお馴染み)だ。当時まだ20代。

ボーカルの乗せ方は鉄壁なものもあれば、詞も曲もしっとりしたナンバーなのにロリータ全開だったりちぐはぐな部分も間々あるのだが、
ラストまで破綻を感じることなく聴けてしまうのはスタッフの力量は当然ながら
やはり新田の地球の価値観を覆す引きの強さが最も大きいのだと思う。
殊に宮川による『シンデレラCASTLE』や1stアルバム収録の『五月の恋人』もそうだが、オーケストラと組んだ時の攻撃力は一度触れたら一生忘れないだろう。
スタジオジ○リに聴かせたい(なぜ?)。

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BGMにしていたら素通りしてゆきそうな慎ましい声ではあるが。
実は歌い手として存外にポテンシャルの高い人だと思う。音域もテクニックもあるし、
何より曲により表情を変える本領「女優」の資質を、自慢気でなく飽くまで慎ましく見せている
(役者なら皆資質が出るというものでもなくて、いざマイクを手にするとあっさりマニュアル通りの歌手になりがちなのだ)。

初期の『花の色』『少年ケニヤ』なんかはまだぎこちないながら、作り手側が求めていただろう少女の怖いような勝気さと脆さを
当人が無意識かあるいは計算ずくか判断のつかぬ絶妙な感じで薫らせるし
(アイドル楽曲なのにも拘わらず比較的低音で歌わせたのも譫言めいて効果的)、

後期の『ここちE』(当時まだ無かった?矯正ブラのCM曲だった)『TOKYOサバンナ』『あなたを知っている』などはうって変わってハイトーンで、
国籍も時空もうねるタケカワユキヒデの世界を艶っぽく何事もなく滑ってゆく。

…でも、どんな役を演じようと一貫して彼女の魅力であるのはやはり「本心の見えぬ慎ましさ」だと思う
(映画やアニメ絡みの曲が多かったせいか被された大仰なコーラスが邪魔に感じるほど)。
歌っている筈なのに口数多く感じられず寧ろ聴かれたいと思っていなさげで、しかし此方は目覚め消えゆく夢の記憶を手繰るみたいに追ってしまう。

歌手としての活動期間は'84〜88の5年弱、シングル10枚アルバム3枚。
もっと長く濃く実験的なぐらい「誰かと冒険し(少年ケニヤの詞より)」て魅せてほしかった。

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