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途中に全日本の予選の記事を書いてしまいましたが、長野紀行?の続きです(*^_^*)
長野で色々と周るにはちょっと1日では無理そうなんで、1泊する事にしました!(^^)!
泊まったのは 「別所温泉」の宿。
この別所温泉の近くには色々なお寺があるそうなので、見て廻りました。
まずは、「安楽寺」。(左から、坐禅堂・本堂・鐘楼)
安楽寺は鎌倉時代中期、すでに相当の規模をもった禅寺であり、鎌倉北条氏の外護によって栄え、多くの学僧を育てたこの寺も、北条氏滅亡(1333)後は寺運も傾いて正確な記録も残らないが、国宝・重要文化財等数多くの鎌倉時代の文化遺産を蔵して、信州最古の禅寺のおもかげを残している。
という事で!国宝があると言うので、見に行きました。
国宝「八角三重塔」
(パッと見、四重塔にみえますが、正確には「裳階付三重塔」というのが正しいそうです)
塔は本堂の裏を登った山腹にあり、建立年代は従来鎌倉末期、または室町初期といわれてきたが、平成16年の調査の結果、三重塔用材の伐採年代は正應二年(1289)と判明、1290年代(鎌倉時代末期)には建立された、わが国最古の禅宗様建築であることが証明された。
そして、「安楽寺」の隣りに 「常楽寺」というお寺もあったんですが、こちらは行きませんでした^_^;
でも翌朝、朝食を食べた後に散歩がてら「北向観音」というのには行きました。
北向観音堂
北向観音堂は天長二年(西暦825年)に慈覚大師によって開創されました。安和二年(969年)平維茂は一山を修理し三楽堂、四院、六十坊を増築したと伝えられます。
寿永元年(1182年)木曽義仲の戦乱により焼失し、安楽寺の八角三重塔、常楽寺の石造多宝塔を残すのみとなり、その後、源頼朝の命により復興、県長四年(1252年)塩田陸奥守北条氏により再々興され現在に至っております。
御本堂が北に向いてるのは全国でも珍しく、これは観音様が「北斗星が世界の、よりどころとなるよう我も又一切民衆のよりどころとなって済度をなさん」という、お告げによるものです。
以来法灯の盛衰はありましたが南向きに建てられている善光寺に詣で「未来往生」を、北向きに建てられてる北向観音にお参りし「現世利益」を願わなければ、片参詣りと言われている霊場です。
温泉薬師瑠璃殿
観音堂の西方崖の上に建てられた薬師堂。はじめて建てられた年代は明らかではありませんが、現在の建物ははじめの建物が焼けた後1809年(文化6年)に地元の薬師講の人たちによって再建されたものです。温泉の効き目にあわせて病気を除き解脱(なおすこと)するという深い温泉薬師信仰によるものです。「瑠璃殿」とは薬師如来を瑠璃光如未と呼ぶところからとった名です。
すべて、<PENTAX K10D+smc PENTAX DA 16-45mm F4 ED AL>
それから、この観音堂の境内には大きなカツラの木があって北向観音の霊木とされているそうなんですが、写真を撮るのを忘れました_| ̄|○
※ このカツラの木と愛染堂を結んで「愛染桂」といって、縁結びの霊木として親しまれているそうで、川口松太郎の名作「愛染桂」はこの木からヒントを得たという説があるそうです。
↑にも書いてありますが、この北向観音と善光寺の両方にお参りしないとイケないらしいので、この後に善光寺にも行きました(本当は行く予定ではありませんでした)が、雨が降って来たので写真は撮りませんでした。
つづく。。。
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