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8月と言えば、決して忘れてはならないこと。そう「終戦の日」・・・。今年も、もうすぐその日がやってきます。 高齢者の皆さんと長くお付き合いをさせていただいていると、皆さんの歴史の中に「戦前」「戦後」「戦時中」「終戦当時」という区切りがあり、それぞれがその区切りで何かしら思い出を持っていらっしゃることに気づきます。 たとえば何かを質問する際に「昭和OO年ごろ」と言っても首を傾げるかたが、「終戦当時」と言い換えるとパッと明るいお顔になって、ああ、それなら知っています!とお答えになることが多々あるのです。それほどに「戦争」は70歳代後半〜90歳100歳にいたる多くにお年寄りの中で、大きな歴史なのだと感じます。 セッションで軍歌を選曲することはタブーと言われた時期がありました。でも、実際に現場でお年寄りと接するうちに、決してタブーではなく、むしろ積極的に取り上げるべきものだという思いが膨らみ、私は毎年終戦記念日近くのセッションでは、あえて軍歌を選曲し、戦争の思い出を語って頂く様になりました。 もちろん、選曲と言葉使いには細心の注意を払います。言ってはいけない単語、避けなければいけない曲。場所により、人により、ずいぶん違います。そういう意味では、とてもデリケートな問題だと感じます。もし、中にひとりでも歌いたくないと仰るかたがいらしたら、絶対に歌うべきではない!事前にそういったアセスメントができないのならば、扱うべきではない!私は、そう思います。 そういった問題を踏まえたうえで、これまでに多くのお年寄りに支持された歌を記しておきます。 【軍歌】 +愛国行進曲(見よ東海の空あけて・・)昭和12年 +愛国の花(真白き富士の気高さを・・)昭和12年 +麦と兵隊(徐州徐州と人馬は進む・・)昭和13年 +若鷲の歌(若い血潮の予科練の・・)昭和18年 【戦時中に流行った歌】 +ラバウル小唄(さらばラバウルよ・・)昭和18年 【戦後すぐに流行った歌】 +リンゴの唄(赤いリンゴに唇よせて・・)昭和21年 +異国の丘(今日も暮れ行く異国の丘に・・)昭和23年 《リンゴの唄》は、高齢者の好きな歌ベスト3に入るのでは?と思うくらい人気の高い歌ですね。また《愛国の花》は、軍歌とは思えないほど美しい詩とメロディーで、ご婦人が好んで歌う曲でもあります。《若鷲の歌》は、土地柄もありましょう。ここ茨城は予科練航空隊のあった霞ヶ浦の地元でもありますから、当時のことをお話くださるお年寄りが多いのです。 軍歌は嫌いだ、、と敬遠する向きもありますが、お年寄りにとっては、戦争そしてそれに纏わる当時の歌は「遺産」でもあるのです。戦争の話をしたがるお爺さんの昔話にしばし耳を傾けるのも、もしかしたら私たちにできる「終戦の日」の過ごし方なのかもしれません。 |

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一般的に軍歌と呼ばれるもののほとんどは戦時歌謡曲ですね。本当の軍歌といえば「戦友」しか知りません。戦時歌謡まで軍歌とされて嫌われるのは悲しいです。
ロシヤ民謡と呼ばれている「カチューシャ」もロシア赤軍の軍歌です。軍歌が嫌いで外国の軍歌「カチューシャ」を楽しそうに歌った戦後の時代もありました。
今も昔もいろいろな考えの方がいらっしゃるということですね。たしかに選曲は難しいですね。
2009/10/12(月) 午後 10:07
Yumejiさん、コメントありがとうございます。
私もこの仕事をするまで「戦時歌謡曲」というのを知りませんでした。
当たり前に考えれば、戦時中に流行っていた歌は「戦時歌謡曲」ということになるのでしょうが、軍の検閲により歌詞が変えられたり、また検閲を免れんがために軍事色の濃い歌詞内容になっていたり、、歴史というのは複雑なものですね。
当時は歌謡曲でありながら内容的には軍事的なものが色濃く、そのためにすべて「軍歌」として括られてしまうようになったのでしょうか。
2009/10/14(水) 午後 2:15