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私が、積極的に「軍歌」と呼ばれるジャンルの歌を、特養で行う音楽療法に取り入れるきっかけとなった曲です。 今から6年前のこと。5月から月2回のペースで始めた音楽療法。レパートリーの少なかった私は、ほとんど唱歌と童謡が中心で、中に1曲か2曲、昭和20年〜30年代の自分でも聞き覚えのあるような歌謡曲を入れる程度の、今にして思えばお粗末なセッションをしていました。 それでも入所者のみなさんは、その時間を楽しみにしてくださって、いつも歓迎されていました。 ・・・と、浅はかにも私はそう思い込んでいたんです。 ある日、一番喜んで歌ってくださっていたお婆ちゃんのお姿が見えなくなりました。そしてその日のカンファレンスのときに、職員さんが申し訳なさそうにこう言ったんです。 「先生、Aさんが、もう音楽の時間は参加したくないって仰ってます」突然のことに驚いた私は「どうかされたんですか?」と尋ねました。 「どうせ行ったって、子供が歌うような歌ばかり歌うんでしょう、、って仰るんです。」そしてこう続けられました。 「そんなことありませんよ。Aさんが好きな歌も先生に言ってやってもらいましょう。って言ったんですが、先生はきっと民謡も演歌も知らないって仰るんです。だから、つまらないからもう行かないって。こんなこと申し上げてすみません」 見抜かれていました。その通りでした。私は民謡も演歌も知らない。それどころか、演歌は大嫌いでした。私は、もともと本職はピアノ教師です。子供の頃からクラシックしか聴かなかったし、クラシックしか勉強しませんでした。大人になって、多少興味を持ったポピュラーやジャズをかじったこともありましたが、民謡や演歌は・・・・ その日のうちにAさんのお部屋へうかがい、どんな歌を唄いたいかお聞きしました。Aさんは力なく笑いながら「先生、無理しなくてもいいよ。知らないから」と仰います。「今度来るまでに勉強してきますから、1曲だけでも教えてください」とお願いしたところ「それじゃぁ《ラバウル小唄》が唄いたいねぇ。若いときねぇ、わたし、喉自慢で一等もらったの。」と。 原曲は昭和15年に発表された《南洋航路》という歌ですが、いくつかの替え歌があり、その中でもっとも人気が集まったのが《ラバウル小唄》でした。歌詞は5番までありますが、みなさんがご存知なのは大抵3番まで。特養では、歌いたいかたが多いので、毎年1番だけをマイク・リレーをしながら何度も繰り返し唄います。 そして、いつも1番手にマイクを持つのがAさん。「この歌ねぇ、わたし、若いとき喉自慢で一等貰ったの」いつもの台詞。そのたびに私は「そうですかぁ〜、思い出の歌ですね!!」とお答えします。きっと、今年も・・・・。 ラバウル小唄
さらばラバウルよ また来るまでは しばし別れの 涙がにじむ 恋しなつかし あの島見れば 椰子の葉かげに 十字星 船は出てゆく 港の沖へ 愛しあのこの うちふるハンカチ 声をしのんで 心で泣いて 両手合わせて ありがとう 波のしびきで 眠れぬ夜は 語りあかそよ デッキの上で 星がまたたく あの空見れば くわえタバコも ほろにがい 作詞/若杉雄三郎(PD) 作曲/島口駒夫(PD) 高齢者の歌いやすい音域に移調しました(オリジナルキー:C)この作品の著作権は消滅しています■印刷してご利用されるかた&最後まで確認したいかたは、下のURLからどうぞ。PDFファイルで閲覧/ダウンロードできます■http://pianeko.music.coocan.jp/gakufu/rabauru.pdf/ |

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