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唱歌の中には、所謂「歴史物」という歌がたくさんあります。この《桜井の訣別》もそんな「歴史物」のなかの一曲。 出来事は、1336年5月16日。後醍醐天皇の信任を得た楠正成は、足利尊氏の大軍を迎え撃つべく兵庫の湊川へ向う。決死の覚悟で京の都を発った楠正成は、桜井の駅に到着した時、息子正行(まさつら)に「自分が討ち死にした後は足利尊氏の世になる。でも、降伏したりすると楠家の長年の奉公が泡と消える。たとえ一兵になろうとも最後まで千早赤坂に籠もり天皇を助けるように」と諭し、河内の国・千早赤坂に帰るように言い渡す。父正成42歳、息子正行(まさつら)11歳だったという。これが「桜井の別れ」。 この別れのシーンを詠ったのが《桜井の訣別》という歌。歌詞が6番まであり、この出来事を物語のように展開しています。驚くことに、70歳代以上のお年寄りの多くは、じつに良くこの歴史的出来事をご存知でいらっしゃいます。もちろんこの曲は、昔良く歌われたということで、みなさんとても懐かしんで歌ってくださいます。中にはこの歌で「お手玉」や「まりつき」をした思い出をお持ちの方もいらっしゃいます。 ところで、5番の歌詞に「行けよ正行故郷へ 老いたる母の待ちまさん」という一節があるのですが、父正成42歳から推測すれば、この母老いたると言えども40歳になったかならないか、というところ。現代人から見たら、なんとも辛く悲しい別れであることか。。 なお《桜井の訣別》は、歌い出しの歌詞から「青葉茂れる桜井の・・」という題名がついていたり、また楠正成の「大楠公」という題名がついていることがあります。余談ですが、皇居前広場には「大楠公像」があることは、あまり知られていないようです。セッションの話題にいかがでしょう? 歌詞とメロディーはこちらのサイトをご参照ください「桜井の訣別 歌詞とメロディー」 |

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