夕焼け小焼け

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寮歌、軍歌

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80歳以上のお年寄りが好んで歌う曲に、旧制高等学校の『寮歌』があります。中でも、旧制第一高等学校(現在の東京大学)の《嗚呼玉杯に花うけて》《アムール河の流血や》旧制第三高等学校(現在の京都大学)の《紅萌ゆる丘の花》《琵琶湖周航の歌》は、75歳以上のほとんどのかたが良くご存知で、懐かしみながら歌ってくださいます。

今回は《紅萌ゆる丘の花》をご紹介したいと思います(ちなみに《琵琶湖周航の歌》は先月ご紹介しました)

この歌は、明治37年(1904)に作られ、1946年には映画「我が青春に悔いなし」の中で歌われたこともあり、全国的に愛唱されたようです。本当にびっくりするくらい、75歳以上〜100歳のかたまでしっかり歌われます。

歌詞は11番までありますが、1番〜4番までが春夏秋冬を歌っており、季節感を意識したリアリティオリエンテーションに結びつけることも可能です(音楽療法は、常に持って行き方)。

この曲もそうですが、明治時代に長調で作曲されたものが、時代を経て短調で歌われるようになったものがあります。高齢者の音楽療法で歌う場合は、その場の雰囲気でどちらでもよろしいかと思います(参考楽譜は、高齢者の歌いやすい音域に移調してあります)

歌詞は5番まで記しておきます。なお《紅萌ゆる岡の花》と表記されている書物が多いのですが(私もどちらが正しいか判りませんが)吉田神社にある歌碑に書かれた《紅萌ゆる丘の花》のほうを使っています(個人的好みで、こちらが好きなんです)

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紅萌ゆる丘の花(三高逍遥の歌)

1.
紅萌ゆる丘の花
早緑匂ふ岸の色
都の花に嘯けば
月こそかかれ吉田山

2.
緑の夏の芝露に
残れる星を仰ぐ時
希望は高く溢れつつ
我等が胸に湧返る

3.
千載 秋の水清く
銀漢 空にさゆる時
通へる夢は崑崙の
高嶺の此方ゴビの原

4.
ラインの城やアルペンの
谷間の氷雨なだれ雪
夕べは辿る北溟の
日の影暗き冬の波

5.
嗚呼故郷よ野よ花よ
ここにも萌ゆる六百の
光も胸も春の戸に
嘯き見ずや古都の月

こちらはYouTubeで見つけた音源です。

紅萌ゆる岡の花

参考楽譜はこちら。pdf.ファイルで開きますので、ご自由に閲覧/お持ち帰りください。
《紅萌ゆる丘の花》参考楽譜

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《ズンドコ節》は、もともとは《海軍小唄》という題名で、1945年ごろ戦地へ赴く兵隊さんの間で流行した「兵隊さんソング」と呼ばれるものでした。誰が作ったか定かではないことから、現在までいろんな人がカバーして、その時その時代で流行してきました。

もっとも新しいのは2002年に流行した《きよしのズンドコ節》。演歌歌手の氷川きよしが歌って、その年の紅白でも唄われましたね。でも、もっとも流行したのは1969年の《ドリフのズンドコ節》ではないでしょうか。

ズンズンズンズン、ズンドコ・・・と軽快なリズムに乗って、当時は子供たちもそこだけは歌ってました。1番加藤茶、2番仲本工事、3番高木ブー、4番荒井注、5番いかりや長介と順番に歌った後「元歌!!」と長さんが叫んで《海軍小唄》が歌われていました。覚えているかた、いらっしゃいますか?

さて、特養でこの歌をやると、面白いことにはっきりと世代が分かれるのです。

昨年ちょうど実習生の指導をしていた時期に、たまたまこの曲を取り上げたのですが、10代の彼等は当然元歌など知りません。なんとドリフが歌っていたことも知らない世代なんですね。30代が多い施設職員は、かろうじてドリフ(ただし、荒井注版ではなく志村けん版)。高齢者の皆さんは、田端義夫派(1947年)と小林旭派(1960年)が混在していました。

それぞれ歌詞が違うので、元歌のあとで《ドリフ》と《きよし》の歌詞で、その世代の方に歌っていただくのも面白いかもしれません。

参考までにYouTubeのURLを貼っておきますので、興味のある方はぜひ一度ごらんください。

《ドリフのズンドコ節》http://www.youtube.com/watch?v=6uYbhxAM4b4&feature=related
《きよしのズンドコ節》http://www.youtube.com/watch?v=Ol6sJL2F7Hk

そして元歌はこちらです。


[ズンドコ節(海軍小唄)]

ズンドコ節(海軍小唄)

汽車の窓から 手をにぎり
送ってくれた 人よりも
ホームの陰で 泣いていた
可愛いあの娘が 忘られぬ
トコズンドコ ズンドコ

花は桜木 人は武士
語ってくれた 人よりも
港のすみで 泣いていた
可愛いあの娘が 目に浮ぶ
トコズンドコ ズンドコ

元気でいるかと 言う便り
送ってくれた 人よりも
涙のにじむ 筆のあと
いとしいあの娘が 忘られぬ
トコズンドコ ズンドコ

作詞作曲者不詳

高齢者の歌いやすい音域に移調しました。この作品の著作権は消滅しています
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私が、積極的に「軍歌」と呼ばれるジャンルの歌を、特養で行う音楽療法に取り入れるきっかけとなった曲です。

今から6年前のこと。5月から月2回のペースで始めた音楽療法。レパートリーの少なかった私は、ほとんど唱歌と童謡が中心で、中に1曲か2曲、昭和20年〜30年代の自分でも聞き覚えのあるような歌謡曲を入れる程度の、今にして思えばお粗末なセッションをしていました。

それでも入所者のみなさんは、その時間を楽しみにしてくださって、いつも歓迎されていました。

・・・と、浅はかにも私はそう思い込んでいたんです。

ある日、一番喜んで歌ってくださっていたお婆ちゃんのお姿が見えなくなりました。そしてその日のカンファレンスのときに、職員さんが申し訳なさそうにこう言ったんです。

「先生、Aさんが、もう音楽の時間は参加したくないって仰ってます」突然のことに驚いた私は「どうかされたんですか?」と尋ねました。

「どうせ行ったって、子供が歌うような歌ばかり歌うんでしょう、、って仰るんです。」そしてこう続けられました。

「そんなことありませんよ。Aさんが好きな歌も先生に言ってやってもらいましょう。って言ったんですが、先生はきっと民謡も演歌も知らないって仰るんです。だから、つまらないからもう行かないって。こんなこと申し上げてすみません」

見抜かれていました。その通りでした。私は民謡も演歌も知らない。それどころか、演歌は大嫌いでした。私は、もともと本職はピアノ教師です。子供の頃からクラシックしか聴かなかったし、クラシックしか勉強しませんでした。大人になって、多少興味を持ったポピュラーやジャズをかじったこともありましたが、民謡や演歌は・・・・

その日のうちにAさんのお部屋へうかがい、どんな歌を唄いたいかお聞きしました。Aさんは力なく笑いながら「先生、無理しなくてもいいよ。知らないから」と仰います。「今度来るまでに勉強してきますから、1曲だけでも教えてください」とお願いしたところ「それじゃぁ《ラバウル小唄》が唄いたいねぇ。若いときねぇ、わたし、喉自慢で一等もらったの。」と。

原曲は昭和15年に発表された《南洋航路》という歌ですが、いくつかの替え歌があり、その中でもっとも人気が集まったのが《ラバウル小唄》でした。歌詞は5番までありますが、みなさんがご存知なのは大抵3番まで。特養では、歌いたいかたが多いので、毎年1番だけをマイク・リレーをしながら何度も繰り返し唄います。

そして、いつも1番手にマイクを持つのがAさん。「この歌ねぇ、わたし、若いとき喉自慢で一等貰ったの」いつもの台詞。そのたびに私は「そうですかぁ〜、思い出の歌ですね!!」とお答えします。きっと、今年も・・・・。

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ラバウル小唄

さらばラバウルよ また来るまでは
しばし別れの 涙がにじむ
恋しなつかし あの島見れば
椰子の葉かげに 十字星

船は出てゆく 港の沖へ
愛しあのこの うちふるハンカチ
声をしのんで 心で泣いて
両手合わせて ありがとう

波のしびきで 眠れぬ夜は
語りあかそよ デッキの上で
星がまたたく あの空見れば
くわえタバコも ほろにがい

作詞/若杉雄三郎(PD) 作曲/島口駒夫(PD)
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8月と言えば、決して忘れてはならないこと。そう「終戦の日」・・・。今年も、もうすぐその日がやってきます。

高齢者の皆さんと長くお付き合いをさせていただいていると、皆さんの歴史の中に「戦前」「戦後」「戦時中」「終戦当時」という区切りがあり、それぞれがその区切りで何かしら思い出を持っていらっしゃることに気づきます。

たとえば何かを質問する際に「昭和OO年ごろ」と言っても首を傾げるかたが、「終戦当時」と言い換えるとパッと明るいお顔になって、ああ、それなら知っています!とお答えになることが多々あるのです。それほどに「戦争」は70歳代後半〜90歳100歳にいたる多くにお年寄りの中で、大きな歴史なのだと感じます。

セッションで軍歌を選曲することはタブーと言われた時期がありました。でも、実際に現場でお年寄りと接するうちに、決してタブーではなく、むしろ積極的に取り上げるべきものだという思いが膨らみ、私は毎年終戦記念日近くのセッションでは、あえて軍歌を選曲し、戦争の思い出を語って頂く様になりました。

もちろん、選曲と言葉使いには細心の注意を払います。言ってはいけない単語、避けなければいけない曲。場所により、人により、ずいぶん違います。そういう意味では、とてもデリケートな問題だと感じます。もし、中にひとりでも歌いたくないと仰るかたがいらしたら、絶対に歌うべきではない!事前にそういったアセスメントができないのならば、扱うべきではない!私は、そう思います。

そういった問題を踏まえたうえで、これまでに多くのお年寄りに支持された歌を記しておきます。

【軍歌】
+愛国行進曲(見よ東海の空あけて・・)昭和12年
+愛国の花(真白き富士の気高さを・・)昭和12年
+麦と兵隊(徐州徐州と人馬は進む・・)昭和13年
+若鷲の歌(若い血潮の予科練の・・)昭和18年
【戦時中に流行った歌】
+ラバウル小唄(さらばラバウルよ・・)昭和18年
【戦後すぐに流行った歌】
+リンゴの唄(赤いリンゴに唇よせて・・)昭和21年
+異国の丘(今日も暮れ行く異国の丘に・・)昭和23年

《リンゴの唄》は、高齢者の好きな歌ベスト3に入るのでは?と思うくらい人気の高い歌ですね。また《愛国の花》は、軍歌とは思えないほど美しい詩とメロディーで、ご婦人が好んで歌う曲でもあります。《若鷲の歌》は、土地柄もありましょう。ここ茨城は予科練航空隊のあった霞ヶ浦の地元でもありますから、当時のことをお話くださるお年寄りが多いのです。

軍歌は嫌いだ、、と敬遠する向きもありますが、お年寄りにとっては、戦争そしてそれに纏わる当時の歌は「遺産」でもあるのです。戦争の話をしたがるお爺さんの昔話にしばし耳を傾けるのも、もしかしたら私たちにできる「終戦の日」の過ごし方なのかもしれません。

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我は湖(うみ)の子・・・という歌い出しで始まる曲と言えば《われは海の子》ですよね。あら漢字が違ってる、、って思われた方、こちらは同じ歌い出しで始まる別の歌。《琵琶湖周航の歌》です。お年寄り、とりわけ男性にたいへん人気の高い曲。

この歌は、旧制第三高等学校(現在の京都大学)ボート部の部員であった小口太郎さんという人が、当時、三高の慣例行事として行われていた「琵琶湖周航」(漕手6人、舵手1人、他1〜2人でチームを組んで、二泊三日〜三泊四日で行われていたそうです)の際に、作ったと言われています。

楽譜(出版社)によって、作詞作曲が小口太郎さんになっていたり、三高ボート部になっていたり、作詞小口太郎、作曲吉田千秋になっていたり・・・なんだか不思議な作品ですが、これ、いわゆる「替え歌」なんですよね。じつは、吉田千秋さんが作曲した「ひつじ草」のメロディーに乗せて歌っているうちに、こっちのほうが有名になってしまったようで・・・。三高ボート部の寮歌として歌い継がれ、のちに加藤登紀子さんが歌って大ヒットしました。で、昭和になってからできた歌と勘違いしやすいのですが、大正6年に作詞された歌なんですね。

三高ボード部の琵琶湖周航は、明治26年から昭和15年ぐらいまで毎年6月〜7月に行われていたそうですから、この季節に合わせてぜひ歌いたい曲です。6番までありますが、私はいつも3番まで歌うことにしています。

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琵琶湖周航の歌

われは湖の子 さすらいの
旅にしあれば しみじみと
のぼる狭霧や さざなみの
志賀の都よ いざさらば

松は緑に 砂白き
雄松が里の 乙女子は
赤い椿の 森蔭に
はかない恋に 泣くとかや

浪のまにまに 漂えば
赤い泊火 なつかしみ
行方定めぬ 浪枕
今日は今津か 長浜か

瑠璃の花園 珊瑚の宮
古い伝えの 竹生島
仏の御手に いだかれて
ねむれ乙女子 やすらけく

矢の根は 深く埋もれて
夏草しげき 堀のあと
古城にひとり 佇めば
比良も伊吹も 夢のごと

西国十番 長命寺
汚れ(けがれ)の現世(うつしよ)遠く去りて
黄金の波に いざ漕がん
語れ我が友 熱き心

作詞:小口 太郎(PD)/原曲:吉田 千秋(PD)

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