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吉田玉男さんがなくなりました。人形の真に迫った演技に人形使いの存在を忘れて引き込まれます。人形浄瑠璃の主役は人形である。誰が見てもこれは変わらないことと思います。人形使いが人形の前にしゃしゃり出て自分を売ろうとするとどうなるでしょうか。まして黒子が人形使いはおろか人形おもさしおいて目立ちたがったらどんなことになるのでしょう。
人形浄瑠璃の世界では足十年、左手二十年、かしらと右手は一生というそうですが、十年、二十年の年期を経て懸命にその世界を支え手いる人がいます。
歌謡ショウで森進一の向こうを張って歌手より派手な衣装で登場するアナウンサー、アナウンサー大喜利と称して素人芸を押し売りする放送局。
こういうことはそれを生きがいにしている人をないがしろにしていないでしょうか。厳しい修行を経て芸を身に付けた落語家と、1〜2年前にアナウンサーに採用した人を一緒に舞台に上げて噺家まねをさせるという風潮は、中身はどうでも有名にさえすれば、或いはなればいいという風潮に見えます。
力のある人がそれなりに評価され、それなりに遇されるのは当然と思いますが、黒子は重要な役割をはたしていても黒子は黒子です。自分がしゃしゃり出ては終わりです。わたしはアナウンサーというのは出演者支え、引き立てるのが仕事と思いますが、自分自身を売るというのはイカガなものかと思います。
自分の解説の名調子に酔っている音楽担当の女性、料理番組で駄洒落を飛ばして心ある出演者からそれとなくたしなめられてもたしなめられたことすら気づかないアナウンサー、つまらない試合はアナウンサーが引き立てるものと思い込みやたらに怒鳴りまくる人、自分の考えを解説者に押し付けているスポーツアナウンサー。先日は相撲の中継で解説者からそんなことを言うものではないとたしなめられていました。見苦しい限りです。
世の中は大部分は縁の下の力で支えられています。新幹線が無事故で走るのも毎日の保守担当の人たちが深夜なめるようにしてレールを保守し、鉄橋の錆をふせぎ、橋脚のひびを見回っているおかげです。こういう人たちのことを考えたことがあるのでしょうか。
日本の物づくりが世界一となって現在があるのも、名も無き人がミクロンのごみを1/10,1/100,1/1000
と減らして作り上げたものです。石油危機のときに石油の消費量を減らしながら世界一の品質の鉄を作りながら、石油のエネルギー効率をアメリカの4倍、中国の10倍にしたのも皆名も無き人たちです。
黒子には黒子の役割があり、脇役には脇役の役割がある。名人芸の黒子や脇役がいなくなったとき、はじめてその偉大さを知るということがあまりにも少ないと思いませんか。これからの教育に自分の分を守るということを教え、分を守って生活していく中にも生きる喜びは沢山あることを事例を引いて教えることが大切ではないかと思います。
むかし末は博士か大臣かという言葉がありました。立身出世でなければ、無気力なニートということでは、極端です。その間に、分を守り社会を支えていく大切な世界があります。分を守るにも血のにじむような日々の努力は欠かせません。そしてそれは苦しいがやりがいのある、生きがいのある世界です。こういう価値観を持った子どもを育てたいものです。
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