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さらに著者は言う。これまでの文明論は、現世的秩序の維持のため生贄をささげる多神教が野蛮であり、超越的秩序の維持のため自らの主義主張と大義名分をふりかざして殺人を正当化する一神教こそが文明であるとしてきた。しかしそれが明らかな誤りであることは、もはや誰の目にも明らかになりつつある。
マヤ文明やアズテク文明では太陽神に生贄をささげた。太陽は毎日東の空で生まれ西の空で死ぬ。こうしたことを毎日続けていると、ついには太陽に力がなくならると彼らは考えた。そこで太陽の力を復活させたいと、生贄になる人は自然の調和を維持するため、選ばれ、生命をささげることで現世的秩序が維持できると、喜んで死んだ。
同じころキリスト教社会では魔女裁判の嵐が吹き荒れていた。多くの女性が魔女として処刑された。17世紀のヨーロッパは小氷河期と呼ばれる、オランダの運河が凍りつくような非常に寒い時代があった。悪いことそれまでにヨーロッパの森は徹底的に破壊されていた。イギリスでは90%、ドイツ70%、スイスでも90%の森が破壊されていた。
森林がなくなると、薪が高騰する、やむなく麦わらを燃やしてしまう。本来麦わらは翌年の肥料になるものであるので、畑の地力が落ち小麦の生産高が落ちるという悪循環に陥った。パンの価格が上がり栄養失調によって免疫力が落ちたところにペストに見舞われた。その時代に魔女裁判がおこった。
天候不順を魔女のせいにし、多くの女性を処刑しした。それは「法律」によって手続きを踏み、逃げられない状態に女性を追い込むものであったという。この魔女裁判は自分たちが置かれた環境によってもたらさせる苦しみからの開放をもとめて、社会的立場の弱い女性が魔女として大量に殺したというものである。ドイツのトーリアという町では17世紀だけで千人ほどの女性が魔女として処刑されているということである。
イエス、マホメットという男性を神と崇拝し、父性原理を重視する一神教の世界の闇がもたらしたものと、著者は言う。一神教は女性原理を弾圧する闇を持っている。アフガニスタンのタリバン政権下で女性が弾圧されていたのをキリスト教徒の欧米軍が解放したような錯覚は正しくない。キリスト教もかっては魔女裁判という形で弾圧していたのである。
同じ小氷河期の日本でも同じように天明、天保、宝暦の飢饉という危機は襲った。然し日本では魔女は誕生しなかった。なぜか、著者は日本では川を龍に見立て、天気が悪いのは龍があばれているからで、特定の誰かが悪いという考えに立たず、天災なら仕方がないと諦め、「悲しみを抱きしめて生きる」という「心の作法」で対処した。これはアニミズムの神様を信じることによって身に付けたのではないかとしている。
命を生み出す女性は、命の再生と循環の世界観を実感する。拡大と闘争の男性原理ではなく、今必要なの文明原理は再生と循環の女性原理である。女性原理復権にはアニミズムルネッサンスが必要不可欠であると。
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